第70話
還らぬ城は相当近くまで接近していると思っていた。
その大きさはコロッセオのような巨大建築に似ていると感じていた。
だが、全ては錯覚だった。
あまりにもスケールが違い過ぎたせいで、錯覚させられていた。
たかだか直径200メートルのコロッセオなんかとは比較にならない。まるで都市の駅前丸ごとが動いているかのような規模感。
直径でいえば1キロ、高さでいえば60メートルはあるんじゃないか。
集まる最中だったのか、あるいは剥がれ落ちたのか。森の中をうろつくスケルトンが数を増してきた。
「オラぁ!」
山里パーティーの斧使い、
トウカに良いところを見せたいのか、やけに張り切っていた。
スケルトン相手に重量武器は相性がいい。防御する腕ごと粉砕し、背骨も骨盤もバラバラだ。
その真横で、体当たりだけでスケルトンを粉砕したトウカの姿は気にしないでおこう。
周囲では牡羊の会のやつらが、散発的に戦闘を繰り広げていた。
1人1人の質は決して高いとは言えない。が、スケルトン1体を3人で囲んでボコしている。数で押すことに慣れている様子だ。
「流石にこの辺りまでは余裕か?」
思わず呟いた。
「んー、どうだろ」
「はよアレに突っ込んでもらおうぜ」
山里がロングソードを向けた先には、4脚歩行ユンボ。
数人の鈍器持ちが、ユンボの後ろ側にしがみつくように乗っている。
昔なんかで見た、ソ連の兵士が戦車の上に生身で乗って突撃する映像を思い出した。タンクデサント、だっけな。今回はユンボデサントってところか。
4脚と衝突したスケルトンは、その巨大な質量によって地面ごと耕される。左右をうろついてるのは、振り回されるアームとバケット部分で粉砕された。
なお、デサントしている奴はゲロ吐きそうな顔をしている。すげえ酔うんだろうな。
ガチャガチャと走るそれは、時速40キロ以上は出ていそうだ。戦いながら追いつくのはちょっと無理そうだ。
「1度の衝突で決定打にはならないでしょう。ゆっくり崩している間に追いつければ良いかと」
肩にツヴァイハンダーを担ぐような姿勢で突進してきたスケルトンチャンピオン。それにカウンターのパイルバンカーをぶち込んで、一撃で吹っ飛ばしたトウカが言った。
心なしか、ユンボの奴らがトウカを気にしている感じがする。
ふと思い付きで、落ちたツヴァイハンダ―を拾った。
3メートルの大剣での二刀流。バカみたいだが、今なら扱える確信があった。
試しに前方から寄せてくるスケルトンの集団に斬り込む。
「よっと」
ミキサーのように回転しながら突入すれば、あっという間にスケルトン達は砕け散った。
「もうお前がユンボでいいよ」
山里が適当なことを言い出した。
対抗心を燃やしたのか知らんが、シャベルマンもシャベル二刀流で暴れ出した。
還らぬ城まで、残り100メートル。巨木の間から視界が通った!
城壁になっている骨の手前に、ファランクスを組んだスケルトンチャンピオン達が見えた。
真っ当に戦ったら死を覚悟するような、過剰で堅牢な陣形。そこに、デサントしていた奴らを下ろした四脚歩行ユンボが、平然と突っ込んでいく。
バリバリバリ、と乾いた音が響いた。
人間を寄せ付けないファランクスが、紙細工のように引き千切られる。無数の白い骨片が舞い散った。
「すっごい威力だね」
「かがくのちからって、すげー」
思わず気の抜けた声でスイに返事してしまう。
うちにも科学の力代表みたいな女がいるが、やっぱ重機はちげえや。
木の上からするすると降りてくる人影。
「ヒルネか」
「大変です、向こうでロボット1機やられました」
「は?」
まさか。
スケルトンであの金属を突破できるはずがない。
そう言いかけたとき、急に辺りが暗くなったような気がした。
思わず空を見上げれば、塔が立っていた。
還らぬ城からそびえ立つ、白の塔。
細いのか高いのか、あるいはその両方か。電柱みたいなシルエットのそれは、段々と高さを増していき――。
ぐらり。
こちらに向け、倒れてきた。
「退避ぃいいいいいいいい!」
あらん限りの声で叫んだ。
「持て!」
動きの遅いトウカにツヴァイハンダーを持たせ、その手を引く。くっそ重いが、力技で引きずった。
どんどん、地面の影が濃くなる。
ようやく光の下に飛び出た。トウカを放り投げつつ、一緒に地面に転がる。
地面から突き上げる強烈な衝撃、体中を駆け抜ける轟音。ほとんど爆風と化したそれらが、骨の破片と一緒に吹き荒れた。
倒れ伏した誰もが、大なり小なり破片で傷を負っている。
まだロクな戦闘もしていないっていうのに、土埃と血に塗れていた。
「回復魔法をかけます、異物を取り除いてください」
自身もふらふらとしながらトウカが言った。
俺は後回しだ。
最後に治療を受けている最中に、ようやく土埃が収まった。
遠くに細くたなびく黒煙が見える。
操縦席が見るも無残に叩き潰された、四脚歩行ユンボの姿があった。
おそらく、生存者はいない。
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