第69話

 背中に食い込む切っ先を感じているのか、冷汗を流すせき。だが、それでも口と表情は強気を崩さない。


『刺したければ刺せ。俺を殺しても牡羊の会は崩れないぞ』

『はい!』

『うぐっ!?』


 関が体を揺らしながら呻いた。ヒルネ刺したのか!? すげえ奴だな、おい!

 思わずといった様子で、メガネが笑う。


『かははっ、ナガァ、とんでもねェ狂犬飼ってるじゃねェかァ』

『いや、マジで知らん。本当に知らん』


 いきなり人を刺す子に育てた覚えはないぞ。

 たぶん、刺したければ刺せと言ったもんだから、言葉通りに刺しただけだ。アホにそういうことを言ってはいけない。

 ワスプナイフのガスは吹き込んでいないようで、関の腹は爆散していない。


『いやぁ、ナガも迷わず首獲りにいってたじゃん……』


 スイがなんか言ってんな。


『だがなァ、関はもちろん俺を殺しても状況は好転しねェ。お前らにアレをどうにかできんのかァ?』


 メガネが視線を向けた先、木の葉の隙間の奥に、帰らぬ城の天辺が見えた。もうこんな近くまで来ていたか。


『お前らこそどうにか出来るっつーのかよ』

『あれを見ろ』


 ダンジョン、さらにいうなら深層の森に似つかわしくない、エンジンの重低音がした。目線をそちらにやり、思わず絶句した。


『四脚歩行ユンボだァ。協会が快く貸してくれてなァ』


 なんだありゃ。

 蜘蛛のように広げられた、4本の鋼鉄の足。その先端にパワーショベルの腕とバケットがついている。

 見た目からして、悪路の走破性をめちゃくちゃ高めたユンボってことかよ。


『所詮は骨、油圧と鋼にゃ勝てねェさァ。はははは!』


 メガネが勝ち誇る。

 3台の四脚歩行ユンボに、携行缶から燃料を注ぎ入れる男たち。まさにこれから、骨の牙城を崩そうといわんばかりの様子だ。


『わかったかァ? こちとら準備は万全、モンスター討伐の手もある。エルフのもバッチリだァ。あとは聖剣手に入れてェ、そいつで不死の王ノーライフキングを倒せば終わりなんだよ』


 詰みか?


 権力は相手の味方。

 ルールの運用すらも捻じ曲げてきやがる。


 財力も違う。

 個人の探索者が用意できる装備の範疇はんちゅうにない。


 頭数も違う。

 こっちは9人、向こうは400人以上。


 普通に考えて、喧嘩が成立する相手じゃねぇ。

 これまで経験してきた戦いと違う。

 情報を練って、仲間と協力し、敵味方互いに対策をぶつけ合うような、そんな戦いじゃない。


 相手を圧する、ただの理不尽な暴力だ。俺らがしているのは、高波に斬りかかるようなもの。目の前の一瞬を切り崩せても、それでも波に飲まれる運命は変わらない。


『わかったかァ、ナガ。これが暴力なんだよ』


 ヤクザと変わんねえ。

 一人一人は良い人だの、義理と人情がーだの。喧嘩して勝っただの、仲良くなっただの言うやつらは昔からいた。


 違う。


 ヤクザの本質は、倒しても倒しても湧いてくる、暴力の頭数で相手の心を折ることにある。

 被害者が引かないと、致命的な痛手を食らうと思わせて、従わせることがヤクザの振るう暴力。


『引け、ナガァ。ちょっとくらいはァ、スケルトンと遊ばせてやる。小銭と命だけ拾って帰れ』


 だが。

 それがどうした。


『なっ!?』


 噛み合う刃に、さらに力を込める。

 ククリナイフとマチェットが同時に砕け、メガネは尻餅しりもちをついた。

 老いた男を見下ろす。


 飛んできた矢をシャベルマンが斬り払った。別方向から飛んできたものを山里が打ち落とす。


 腹の奥で怒りが渦巻いていた。炎のように、身の内を焦がしながら大きくなる。


 今ここで、こいつの首をへし折るのは容易い。だが、それじゃあこいつが作り出した牡羊の会が残る。

 頭を殺された暴力組織は、統制が取れないまま暴れ続ける。それじゃあ厄介だ。


『いったん聖剣はくれてやる。


 俺はメガネから視線を外した。

 あうあう言っているキーティアに言う。


『聖剣、こいつにくれてやれ。大事なら生命の木から目ぇ離すんじゃねえよ』


 ドローンからツヴァイハンダーを取った。

 配信を流していないせいで、コメントが一切表示されていない。ダンジョンの中で、のっぺりと静まり返ったドローンを見るのは初めてかもしれないな。


 俺は切っ先を、迫りくる巨城に向けた。


『牡羊の会よりも先に、殺る』


 まずは格の違いを示す。

 冒険者同士なら、このまま殺し合ってもいいのかもしれねえ。

 だが、俺たちは探索者だ。

 モンスターを倒すことは、正しく、俺たち探索者にとっての戦果である。


 ついでに、どさくさ紛れでこいつらを殺そう。

 やっぱそこも外せねえよな!


『面倒くせえなァ。行け、てめえら。解体工事の時間だァ』


 メガネもスマートウォッチ越しに、牡羊の会に指示を出した。

 頭上のキャットウォークみたいな通路を男たちがぞろぞろと移動していく。地上でも、四脚歩行ユンボを盾にするように、鈍器を持った男たちが移動を開始した。


 俺はキーティアを片手で拾い上げ、メガネに放り投げた。


『ぎゃん!』


 威厳の欠片もない声が出た。


「よーし、もうエルフ語はいいだろ。山里、聖剣はねえが大丈夫か?」

「要らないんだって」

「大丈夫。勇者の本質は剣なんかじゃない」

「勇者でもないんだってば」

「そうですね。その生き様こそが勇者と呼べるのかもしれません」

「そんな生き方してないの!」


 メガネもキーティアも無視して、俺たちは歩き出す。

 ヒルネはするりと森の中に姿を消した。なんかマジで別方面に仕上がってないか?

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