第68話
キーティアが語るところによれば、牡羊の会の第一陣は、俺たちが去ってすぐに来たらしい。
その「すぐ」がどれくらいの時間なのかはハッキリしない。
これだから時間間隔が違うモンスターは役に立たねえ。
彼らは俺たち同様に話が通じるらしく、
音声入りの配信映像を協会から提供されて、しかも、トウカが作った翻訳用データまで引っこ抜かれている、とな。
『ぴぃ、怒らないで欲しいのじゃ。我らは悪くないのじゃ』
わかってるわ、んなこと。
そもそも牡羊の会でなければ、協会本部が変な動きをしなければ、俺らだって探索者同士で対立なんかしねえ。
牡羊の会は最初に階段に通じる道を整備し、次々と物資を搬入。人数を増やしながら工事を進めていった、と。
木にワイヤーロープを固定している杭を見た。
そんなに頑丈そうではない。シンプルに釘みたいなのを打ち込んでいるだけのようだ。大型モンスターの衝突なんか受ければ、簡単に外れてしまうだろう。
もしかすると、深層ではない階層に、フィールド上の拠点を設営しようとしていたのかもな。
『で、あいつらはこんなもん作ってどうするって?』
『こ、ここに
『で、肝心の生命の木は?』
キーティアは案内しようと立ち上がったが、すぐによろめいて転んだ。
『アッ、痺れ……!』
思わずなんとも言えない顔になった。
キーティアは足に触れるか触れないかのところで、手をわなわなと震わせている。
ヒルネがそっと足の裏に触れた。
『あうっ!? や、やめるのじゃ!』
悲鳴がうるせえ。
エルフは循環器系がやたら強い。大量の酸素を消費する体の作りをしているってことは、血流を止められるのに弱いのか。
『まあいい、なんとなく場所はわかる。一度行ったことあるしな』
俺はじたばたもがくキーティアを抱え、生命の木のところに向かった。
白銀の森。生命の木の群生地を一言で言い表すなら、それになる。
カエデのような深く切れ込みの入った葉が、風もないのにさわさわと揺れていた。
「これは……壮観ですね」
「綺麗」
トウカとスイが褒めた。地面に放り捨てられたキーティアは、転がったまま胸を張る。
確かに見た目はクリスマスの飾りみたいで綺麗なんだが、エルフの本体と思うと、ちょっとな。
「おう、遅かったじゃねえかァ」
生命の木の間から、えんじ色のプロテクターを身に着けたメガネがのそりと出てきた。隣には
関は消防士のような分厚い耐火服を着込み、口元にはガスマスクを着けている。背中にはタンク、そこから伸びたホースが腰に提げられた銃器のようなものに繋がっていた。
メガネが手に持っているのは、刀身60センチほどの、黒塗りのマチェット。
草やツルを斬り払うのによく使われる、薄刃の
「いやがったか。やけに到着が早いな。猫型ロボットでも仲間にしたか?」
こいつら機動力高すぎだろ。独自の道でも整備してんのか?
「これが例のあいつらか?」
山里がふわっふわな聞き方をしてくる。
「そうだ。あれがそれだ」
合わせて俺もふわっふわ。
「ロボットの仲間はいねェが、もっと使える仲間はたくさんいるもんでなァ。そうだそうだ、準備が整ったから、エルフの姫さんに挨拶をしたかったんだァ。ちょうどいい」
メガネはマチェットの先で白銀の森を指し示した。
その口元が歪む。
『姫さん。森に燃料を仕掛け終えました、ってなァ。生命の木はいつでも焼き払える。嫌だったら、さっさと聖剣を差し出せ』
こいつ――。
キーティアは何を言われたのかわかっていない様子で、きょとんとした。
『ど、どういうことじゃ? 味方ではないのかの?』
『燃料がわかんねェのか、エルフは』
拍子抜けしたようにメガネは肩をすくめた。
それから、なんてこともない様子で言う。
『関、適当にィ1本焼け。それで理解すんだろォ?』
『うす』
関が持ち上げた銃部の先端から、ちらりと炎が漏れた。
こいつら、火炎放射器なんて持ち込んでやがる。
『させねぇよ、阿呆が』
腰から抜き放ったククリナイフで、関の首を狙う。割り込んだメガネのマチェットとぶつかり、甲高い音を立てる。
勢いに押されたメガネの体がずるずると滑り、関にぶつかった。
『ちィ、馬鹿力め』
カンッ。耳元で軽い音がした。
見れば、俺に当たるギリギリのところで、シャベルの刃に突き刺さる矢があった。差し伸べられたシャベルが、俺守る盾になっている。
プラスチックの羽と、柔らかくしなるシャフト。ご丁寧に、端から端まで黒塗りだ。
樹上に渡された足場の上には、アーチェリーのような機械弓を構えた、牡羊の会構成員がいた。
なるほどな?
この御大層な設備は、アンデッドよりむしろ俺たちを
『ナガァ、お前と遊んでる場合じゃねェんだ。お前も戦果ゼロで帰りたくはねェだろ? 姫様守りたけりゃ、大人しくしとけェ』
舌打ちが漏れる。
仲間たちは人間と戦ったことがないのか、動きが
『させねぇよ、阿呆が。です!』
関の背後をとり、背中にワスプナイフを突きつけるヒルネ、か。
『あわ、あわわ』
マジでエルフは役に立たねえな!
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