第62話

 地上に帰還した俺たちは、そのまま支部長室に呼び出され直行した。

 デスクの前に10席2列が向かい合う形で、応接テーブルが置かれている。

 勧められるがまま、汚い恰好でブラウンの革張りソファーに腰かけた。


 温かいお茶の入った湯呑がそれぞれの前に出される。なんか魚の名前が漢字でずらっと書いてあるが、すし屋から盗んできたのか?


「おしゃれだね」

「ええ、とても良いものを使っていらっしゃいますね」


 スイとトウカがすし屋湯呑を絶賛した。

 マジで? 25年間でそんなところの価値観が変わるもんなのか?


「レトロって感じだな」


 山里までそんなことを言う。

 時代の流れで一度姿を消したものを、若者がレトロと喜ぶのはよくあること。なのか?

 理解に苦しむ。25年前もインスタントカメラの再流行なんてのがあったが、俺は理解できなかった。


「お待たせいたしました。まずは、永野さんの快復喜び申し上げます」

「ありがとな。堅苦しいのは無しにしよう。まずは、俺たちに関わることを話したい」


 支部長えまちゃんが対面のソファに腰かけた。


「まず最初に申し上げますと、レヒの氏族のエルフは、特定地下探索者協会で保護することが決定されました」


 「保護」ねぇ。植民地支配や、宣戦布告の大義名分で使い果たされ、すすけて血の手形がべったりとついた言葉だな。

 利権がっちり掴むのと、魔法言語解読の成果を他組織に渡さないってところか。


「エルフと敵対しているアンデッド、不死の王ノーライフキングについてですが、協会で調査したところ、過去に発見例がありました」

「ほー。あれが」

「規模感は全然違いますが、動画を見てもらうのが早いでしょう。中国北部、吉林省長春の地下で撮影されたものです」


 支部長えまちゃんのスマートウォッチからホログラムが展開され、動画が流された。


 映っている背景は浅い階層の墓地エリア。それこそ、俺がトレインに巻き込まれた階層のような風景だ。

 画面中央で、一軒家ほどのスケルトンの塊がうごめいている。

 頂点に当たる部分には骨の玉座があり、女性のようなシルエットが腰かけていた。


「撮影した現地の探索者は、この後すぐに撤退したそうです。なので、残された映像はこれだけですね」

「賢いやつだ。だが、俺たちが目にしたものより相当小さいぞ」


 支部長ちゃんは頷いた。


「協会は、このモンスターを……正確にはこのモンスターが使役するアンデッドの構造物を、放置すれば成長するものと認識しております」


 どんどんデカくなるっつーことか。


「既に対処できる範囲なのかは不明ですが、とにかく、時間をかければ軍でも手に負えないものになると予想されています。ですから、エルフ関係なしに不死の王ノーライフキングの討伐は急務と言えます」


「なるほどな。それは良い、納得した。で、俺たちはそこにどう絡むんだ?」


「とあるクランと合同で討伐に当たっていただきます」


 合同作戦か。って、クランとかいう初めての言葉が出てきたな。


「スイ、クランって何だ?」

「パーティーよりも大きいくくりだね。大きな団体で、その中で仕事を回し合ったり、メンバーを組み合わせてパーティーを作って、依頼に当たったりする感じ。互助会みたいな感じかな?」


 なるほどな。

 話を詳しく聞いてみたところ、ほぼ人材派遣会社みたいなもんだな。協会を1次受けとして、2次受けの派遣会社を作ることで、仕事を受ける競争力を高めた集団って感じだ。

 派遣会社ではなく、あくまでフリーランス集団ですよ~って体裁をとっているのが激キショポイント1追加な。


「そのクラン『牡羊の会』は、在籍400人を数え、下部団体まである超大型クランとなります。今回の大規模な作戦に適任だとして、本部より指名が入りました」

「400人か。とんでもない規模だな。俺らの仕事、なくならねえか?」


 支部長ちゃんがメガネをくいっと持ち上げた。


「本来は、そうされるところでした。本部は『牡羊の会』だけにさせたいようです。しかし、山里さんがエルフから聖剣の勇者と認知されていることを利用し、合同という形で捻じ込みました」


「利権といいますか、本部と『牡羊の会』に深い関係の方がいらっしゃるのでしょうか?」


 トウカの質問に、支部長ちゃんは口をきゅっと引き結んだ。

 訊いてはいけない質問ってことか。これはキナ臭ぇな。


「多摩支部といたしましては、エルフとのコミュニケーション、聖剣の確保、そして不死の王ノーライフキングの全てにおいて、貴方達が格別の存在感を示してくださると期待しています。狼の王ロボを倒した貴方達ならば、不可能ではないはずです」


 俺は背もたれに体を預け、足を前に投げ出した。


「混ぜてはやったから、後は力でなんとかしろと。9人で400人を超える戦果を出せってことは、不死の王ノーライフキングの親玉退治は確実に俺らの手でやれっつーことか」

「厳しいですか?」


 嫌な聞き方するじゃねえか。

 正直、その400人を殺す方が楽そうだ。だが。


「このままじゃ良いとこ無しだからな。それくらいはするか。で、報酬は?」

「予算だけは確定しております。1億4000万円です。成果に応じて分配されるとのことで、その基準は明瞭にされておりません」

「話にならねえな」


 何がなんでも俺たちを排除したい本部の意向を感じる。これで依頼を受けたらバカじゃねえか。

 ここまで来ると、何やら疑わしさが勝るぞ。

 牡羊の会とやらの優遇や実績作り程度じゃない、何かしらの理由がありそうだ。


「なあ。聖剣って、もしかして過去に記録残ってたりしねえか?」


 支部長ちゃんの喉がこくりと上下した。


「公式には……公式には残されていません」


 ビンゴ。


「噂では?」

「噂レベルの話ですと、過去にイギリスで得られたと……。手にした者は永遠の若さを得る、などという与太話があるようですね。おそらくは、エルフから連想されたものでしょうが」


 もう答えみたいなもんじゃねえか。

 あのギラギラ剣にそんな効果があるかは謎だがな。エルフ自体が長命で、かつ死んでも復活する種族。そんな奴らが聖剣とあがめる代物に、長命の効果があるとは思えない。


「それと、申し上げづらいのですが、永野さんの若さの理由が、先の噂と結びついたみたいで」

「やめようぜ、この話」


 なーんだ。俺が原因じゃねえか。

 クソがよぉ。


「ねえ。今回の依頼って、もう公的な手続き終わってますか?」

「いえ、秘匿するために水面下で進められている最中ですね」

「そう。じゃあ、こうしよっか」


 スイがスマートウォッチを開き、なにやらメッセージを送信した。すぐに返事が返って来たらしく、にこりと微笑む。


「何したんだ?」

「うちのお母さん、ダンジョン関連の魔法機械製造企業の代表取締役なの。多摩支部に、聖剣確保の依頼を正規の手続きで出してもらうから、受理してもらえますか?」

「そ、それは……!」


 ドヤ顔が輝いている。

 スイのお袋さん、そんな立場の人間だったんだな。どうりでサラっと入会金だの支払って、ダンジョンに入り込んでいるわけだ。


 正規の手続きを経て依頼が出された場合、俺たちの手で聖剣を確保すれば、協会の本部は正当な理由なしに聖剣を奪えなくなる。

 もちろん探索者の俺たちの手からは取り上げられるが、いつまでも依頼主の手に渡らなければ、普通に訴訟でボコされる。


「可能、ですね」


 支部長ちゃんは絞り出すように言った。

 これで俺らの陣営が、法的に正当に聖剣を所持してしまえば、強烈な外交カードとなる。

 報酬の不当な引き下げへの牽制けんせいにもなるだろうな。


「じゃあ、後は現地次第か。うちには聖剣の勇者がいるから余裕だな」

「なんかまたデケェことに巻き込まれた感じだ」


 山里は放心気味だ。勇者なんだからしっかりしろよ。


 あと数点のことを話し合い、俺たちは支部長室を後にした。

 各々が帰ろうとする最中、スイがこんなことを言い出す。


「ナガ、うちに寄らない? お母さんが話してみたいって」

「マジ? いつか必要だとは思っていたが……」


 未成年を危険な場所に引き連れている以上、メンバー全員の親に挨拶は必要だと思っていた。だが、今か。


「流石にもうちょい身綺麗にしてからだな。待てるか?」

「そんなに気にしなくていいけどね。この施設内にお風呂もあるし買い物もできるから、お願いするね」


 スイが俺を見上げながら言った。

 現代社会に帰ってきて、初めて人間としての常識を問われる。


 見せてやろうじゃねえか。俺だってちゃんと出来る大人ってところをな!

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