第61話

 アンデッドの大群がエルフの里に……。

 知らんが?

 だから何って感じだ。そんなんいいから、捕虜と聖剣を差し出せと言いたい。が、我慢する。今はトウカにターンを譲っているからな。


『それで、エルフの方々は聖剣を十全に活かす算段があるのですか?』

『ぐっ、それは……』

『――少しお待ちください』


 トウカが翻訳を外して俺たちに向き直る。


「アンデッドの大群との戦いに加勢して、対価として情報や聖剣を得る、というのはいかがでしょうか?」

「危険じゃねえか?」


 山里が言う。それには同意だ。

 トウカは欲しかったおもちゃを目の前に、いささか浮かれているような気がしなくもない。


「アンデッドの戦力も未知数だ。安易に同意できるもんでもねえし、そもそも今の戦力は大規模戦に向いてねえぞ。やるにしても、一度引き返して装備と増援を得てからだ」


 気楽にボコしてるから勘違いしそうになるが、エルフは決して弱くねえ。

 高い機動力を活かし、3次元での強襲と離脱。遠距離から魔法と弓矢を浴びせては姿を消す。

 完成されたゲリラ戦士みたいなもんだ。


 こいつらの真骨頂は集団戦。1つの里が巨大なゲリラ組織になったときの森は、誰も生きて出られない魔の領域に姿を変える。


 そんなやつらがわらにもすがる思いで聖剣を奪いに来てんだ。あんまり首を突っ込みたくねえのが本音だ。


「応援してやる余地はあるから情報を出せってところだな。で、内容次第では一度地上に戻って、支部長えまちゃん経由で応援を出してもらう。無条件に傭兵の真似事すんのは賛成できねえ。リスクがデカすぎる」


「そう……ですよね。すみません。高揚して考えが浅くなっておりました」


「仕方ねえよ。夢が叶いそうってんなら誰だってそうなる。ともかく、アンデッドの戦力を知りたいところだな」


 トウカがエルフたちに問いかける。


『場合によっては手を貸せるかもしれません。まず、アンデッドの戦力を確認したいのですが、可能でしょうか?』

『確認したいも何も、ちょっと移動すれば見えるのじゃ』


 キーティアが歩き出す。自然と全員でその背中を追った。

 数分ほど歩いた先で、倒れた大樹が別の大樹にもたれかかっている場所に出た。その急斜面をしがみつくように気合で登る。

 ひときわ高い木だったようで、急に見晴らしがよくなった。


 緑の海と呼んでも差し支えない、広大な樹冠。

 その先に「それ」はいた。


 薄紫の巨城。

 その形をわかりやすく例えるならば、コロッセオだろうか。

 あまりにも巨大な建築物が緑をき潰しながら、じわじわと進んでいる。


 あれがアンデッドの大群だと?

 バカを言うな。動く建築物じゃねえか。


『よく見よ。いや、人の目には見えぬかの?』


 うるせえ。

 目を細め、ぐっと力を入れて見据える。


「おいおいおい、やりすぎだろ」


 思わず呟きがこぼれた。背筋を冷たいものが流れ落ちる。

 城じゃない。いや、城ではあるんだ。


 薄紫に見えていたのは。

 白い骨と、紫の鬼火。その個々が塗りつぶされ一色に見えるほどの、無数の塊。

 数多のスケルトンが組み上がり、巨大な城を造り上げていた。


不死の王ノーライフキングの儀式魔法、「還らぬ城」じゃ。命を飲み込みながら進んで進んで彷徨さまよい続ける。土地に縛られ逃げられぬエルフを殺すために存在するような代物じゃの』


 これは戦争どころじゃねえぞ。

 地下に運び込める火力って意味で考えたら、自衛隊でも手に負えないんじゃねえか?


「トウカ~、あれは無理無理」


 ヒルネが情けない顔をしながらトウカに言った。

 流石にトウカも険しい表情をしている。


『あれはノーライフキングってのを倒せば終わるのか?』


 山里が訊いた。


『終わるであろうの。還らぬ城は不死の王ノーライフキングによって生み出された存在。個々のアンデッドに魂は残っておらん』


『過去に倒せたことはあるの?』

『ある。勇者ハルストラが成し遂げたのじゃ。そのときの武器が聖剣よ』


『そう。聖剣に特別な力はあったの?』

『わからぬ。だが、嵐のように斬り込んで、そのまま不死の王ノーライフキングを打ち破ったのは確かじゃ』


 スイはそこまで聞いて満足したのか、俺の方を向く。


「だってさ」

「だってさ、と言われてもな。エルフ殺して聖剣奪って、後から別のエルフの里でも探して情報収集した方がよくねえか? こいつらにこだわる理由もねえだろ」

「それもそうですが……」


 俺はエルフたちに視線を走らせた。

 どいつもこいつも、体を縮こまらせたり、不安そうにびくついたり、人間みたいな仕草をしやがる。


 お前らはモンスターで、不死の王もモンスターで、ただのモンスター同士の縄張り争いだろうが。

 ゴリラと恐竜が喧嘩してんのと、本質は一緒のはず。

 なのに、妙に見捨てづらさがあるのは、こいつらがあまりにも人間に似ているからだ。


 植物のモンスターのくせに。

 そう思うとイラっとする。


「ナガ?」


 そもそも、俺たちは不死の王ノーライフキングについても何も知らねえんだよな。

 エルフについても知識不足で、今回の探索で初めて知ったことばかりだった。

 そして、不死の王ノーライフキングなんてモンスターは、これまで名前どころか断片的な噂すら出てきていない。


 知らなきゃいけないのかもな。

 知ろうとしなければいけない。


「情報が足りねえ。威力偵察でも……」


 そう言いかけたところで、俺のスマートウォッチが振動した。支部長えまちゃんからだ。


「はいよ」

 「すぐに出てくれるのは珍しいですね。緊急の要件でしたので助かります。特定地下探索者協会本部より、指示が出ています。エルフ達には、探索者協会からの支援を確約し、永野職員を始めとする以下探索者たちは即座に帰還すること」


 支部長ちゃんは俺たちの名前を一息に読み上げた。


「あ????」


 何言ってんだコイツは。

 確かに判断に迷う部分もあった。

 どう動くにせよ、一度地上に戻って立て直す必要があるのもわかっている。そして、隼人ら知り合いの探索者にも応援を求めようとも考えた。


 この種族間戦争みてぇなものの扱いが、エルフ寄りの立場になるっつーのも、まぁわかる。


 だが、ここで帰れと上から命令すんのは違うんじゃねえか?


『ぴぇ』


 俺の怒気が伝わったのか、キーティアが震えあがった。


 「永野さん。気持ちはわかりますが、抑えてください。別に梯子はしごを外そうだとか、利益を取り上げようという意図はありません。あくまで、本部は適切な支援を行おうとしているだけです」


 言い方じゃねえのか?


「適切な人員を送りましたー、なので適切に成果を分配しますー、ってなんのが目に見えてんだろうが」


 お上の意向で人を大量に送り込まれて、1個人ではどうにも動かないくらいまでプロジェクトをデカくされて、気づいたら外されている。利益なんて雀の涙。

 そうなるのは想像に難くないだろうがよ。


 「落ち着いてください。そうならないよう、多摩支部が全力で守ります。幾らか不愉快な思いはするでしょうが、今後のためにどうか堪えてください」


 支部長えまちゃんの声は必死だった。

 くそが。舌打ちが漏れる。

 仲間たちの顔を見た。


「帰るしかないんですかねー……」


 ヒルネが残念そうに言う。


「指示に背けば、探索者資格の剥奪はくだつもあり得ますし……」


 トウカの眉間には深いシワが刻まれていた。

 スイは何を考えてんのかわからない顔をしているな。


「ま、お上の指示に従うのが労働者ってもんだ」


 山里が空気を切り替えるように、手を叩きながら言った。

 その辺りの割り切りが早いのが、こいつの凄いところだな。


「一旦、帰還する。支部長えまちゃん、信じてるぞ」

「……ありがとうございます。任せてください」


 トウカとキーティアが幾らかのやり取りを交わし、俺たちは地上に帰還した。

 不本意な帰り道。八つ当たりのようにモンスターを蹴散らす俺に、誰も何も言わなかった。

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