第60話

 まさに阿鼻叫喚。

 樹上にいたエルフも悲鳴を上げて逃げ出した。慌て過ぎたのか、足を滑らせて転落死するようなやつまでいる。

 情報が伝わっていくのが、連鎖的に森の奥へ広がっていく悲鳴でわかった。


「災厄の悪魔?」


 なんだそりゃ。


「ナガ、何したの?」

「いや、違うぞ?」


 何が違うとは言えないが、とりあえず否定する。


「どーせ殺して食べたとか、そういう話ですよね?」

「ヒルネ、それは違う。ちゃんと族滅したから、目撃者も残ってないはずだ」

「絶対それだろ。生き残りがいたんだよ」


 山里がそう言って大きくため息をついた。


「じゃあ、顔を見てわかったこいつが生き残りってことか?」


 俺は気絶しているエルフの胸倉を掴んで持ち上げた。

 力が抜けてぷらぷらと揺れている。


「そうなるんじゃないか?」

「聖剣の勇者様がそう言うならそうか」


 エルフの顔に水をかけて叩き起こした。


『――はっ』

『起きたか』

『ぎゃあああああああああ、食べられるうううううううう』


 まーた気絶したよ。面倒くせえ。

 もう一度起こす。


『むにゃ……ひぃぃぃぇぇ、おたすけ、おたすけぇ!?』


 そして気絶した。

 首がガクガク動き過ぎて折れそうだ。

 なんだこのビビりバカ。こんなんでよくダンジョン生活出来てるな。


「あの、起こすところから別の人がやった方が良いのではありませんか?」


 チベットスナギツネみたいな表情をしたトウカが言った。

 俺は比嘉ひがにエルフの軽い体を放り投げる。比嘉は難なく片手でキャッチした。

 俺は木の裏に姿を隠す。俺を見たら気絶する、という摩訶不思議まかふしぎな生態をしているようだからな。


「おい、起きな」


 比嘉の声がした。


『ひぇ』

『大丈夫ですよ。ここに災厄の悪魔はおりません』

『ほ、本当か?』

『ええ』


 トウカが優しい声音で大嘘をつく。

 嘘だよー、いるよおおんと言いながら登場してやりたいが、ここはぐっと我慢だ。


『なぜあの者を恐れるのですか?』

『あ、あいつは少し前に、我らの集落でそれはもうひどい悪逆を働いたのだ』


『少し前とは?』

『芽吹いた苗が若木になり、実をつけるようになるくらいの期間だ』


『抽象的ですね。暦の概念は無いようです。悪逆とはどのようなことを。あなたはそれを直接目にしたのですか?』

『目にしたもなにも、私だって焼いて食べられたんだぞ!? 幸い、生命の木には手出しされなかったが、きっとそれだって我々をまた食べるために違いないんだ!』


 そう言うと、エルフは泣き崩れたようだ。

 生命の木か。なんとなく心当たりがある。

 エルフの集落の中心部に、銀色の葉をつけた小さな木が数十本立ち並んでいた。日の光に輝いて綺麗だったから、そこは焼き討ちしないでおいた。


 泣き叫んで話にならないエルフに、トウカは困り果てたようだ。

 こいつを説得して、伝言役にでもできればと考えていたのだろう。


『大丈夫だよ』

『え?』


 スイがエルフに話しかける。


『私たちには聖剣の勇者、山里がついてる。災厄の悪魔ナガは、勇者山里には逆らえない』

『勇者、ヤマザト。悪魔、ナーガ……』

『勇者山里の聖剣がエルフに取られた。私たちは話がしたい。じゃないと、災厄の悪魔を抑えられなくなるかもしれない』


 すらすらと流れるように嘘をついている。

 それにナーガじゃねえよ。蛇神にいつなったんだよ。


『さ、里長に伝えなければ』

『そうして。私たちはここで待ってるから』

『は、はい!』


 遠ざかる足音。

 どうやら去ったようだ。俺は木の裏から出た。


「スイの機転でどうにかなりそうだな」

「機転というか大嘘じゃねーか! 俺が勇者って定着させないで!?」


「でも、これで話が進んだよ」

「それはそうだな」


 進んでしまったせいで、俺が悪魔ナーガなのも定着した。

 俺に関しては自分の行動の結果だから仕方ないとも言えるか。


「んで、気になること言ってたな。あいつら、再生か復活でもすんのか?」

「生命の木と言っていましたね。そこで蘇生なりするのでしょうか?」


「俺のイメージが正しければ、かなりの本数があったな。もしかすると、こいつらの本体は人型の体じゃなくて、木なのかもしれねえ」


 生命体としては木の部分が主で、動き回る体はあくまで付属物。そう考えれば、エネルギー供給なんかの面でも納得がいく。


 例えばだが、トカゲの尻尾は本体から切り離されても動き回り、囮としての役割を果たす。

 エルフというのは、植物が生み出した、独立して動くための1つの器官なのかもしれねえ。


「エルフ自体は皆殺しにしたが、本体の木には手をつけていなかった。だから、記憶を残したやつらが復活した、みたいな感じじゃねえか?」

「理解した。でも、それじゃあエルフはほぼ全員がナガの虐殺を覚えてるってこと?」


「かなりの数を物陰から不意打ちでやったから、姿を見たやつは限られているとは思うが」


 エルフの中でも、戦闘が上手いやつと下手なやつがいた。俺の姿を認識しているのは、比較的に戦闘が上手いやつらだろう。


 森の奥がざわついた。徐々に気配が近づいてくる。


「また姿隠した方がいいか?」

「いえ……むしろ山里さんに抑えられている感じを演出いたしましょう」

「ええ、そういうのやめないか?」


 山里の意見を無視し、あえて山里の前でひざまずくポーズをとった。


「お、おい! やめろって!」

「しー、静かに」


 スイが山里を黙らせる。木立の向こうから、ぞろぞろとエルフの集団が姿を現した。

 先頭にいるのは、枝で出来た冠を被ったエルフだ。他のやつらより背が低く子供のようだ。真っ白な髪の毛を腰くらいまで伸ばしている。


『ひっ、本当にいるのじゃ』


 そいつの声は小さかったが、はっきりと聞こえた。つーか一度スマートウォッチを通すせいで、結構な音量になる。


『お、おほん。我はティコ系レヒの氏族の長、レヒティコ・ナンヌロム・キーティアである。災厄の悪魔ナーガを調伏せし聖剣の勇者ヤマザトが用があると聞き』

『なげぇ』

『ぴぇ』


「ナガ、だめ。我慢して」

「むしろ会話が多い方が翻訳の精度が上がります」


 スイとトウカが囁き、俺は慌てて山里にひれ伏すモードに戻った。


『問いたいことがございます。なぜ、エルフの方々は我々が抜いた聖剣を奪ったのでしょうか?』

『なぜも何も、アレはもともと我々のものじゃ』

『ではなぜ、台座に刺したまま放置していたのでしょうか?』


 トウカの言葉に、エルフの里長キーティアは忌々しそうに顔を歪めた。


『言う必要が無いの』

『そうなると、私たちは災厄の悪魔を抑えきれないかもしれませんね』


 そう言いながら、ちらりと俺に視線を寄越した。よし、心得た。


「ガァァァァァァ!!!」

『ぴぃっ!?』


 猛獣をイメージしながらの咆哮。メンタルクソ雑魚エルフ共は腰を抜かした。

 トウカが呆れた顔で、首を左右に振る。違ったらしい。

 キーティアがガクガク震えながら言う。


『ぬ、抜けなかったのじゃ! かつての勇者レヒティコ・ヤンセン・ハルストラ以来、誰もその剣を使えなかった!』

『それでは、そんな剣を抜けた勇者山里から剣を奪うのは筋違いではございませんか?』


 偉そうに名乗りを上げていたのはどこへやら。トウカに正論をぶつけられたキーティアはがっくりと項垂れた。


『必要だったのじゃ。何が何でも聖剣を使えねば……いや、聖剣にでも頼らねば、エルフは滅びてしまう』

『何か事情が?』


 キーティアの細い指が、足元の草を掴んだ。悔しさや無念を押し殺すように、強く強く握りしめる。


『アンデッドの軍勢が……不死の王ノーライフキングがじきにここまで攻めてくるのじゃ。頼む、勇者の聖剣を使わせておくれ』

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