第59話

 トウカの要望に応えるため、一度階段まで撤退する。

 深層のフィールドで野営は無理だ。どれだけ厳重に設備を整えても、巨体や魔法でぶち壊されてしまう。


 階段の入り口に柵を張り、さらに複数のポールを床と天井に突っ張らせ、間にワイヤーを張り巡らせた。

 さらにビニールのようなもので、下層からの空気の流れをシャットアウトする。魔法的なアプローチや、さらに言うなら風で毒ガスを吹き込むようなことも防ぐ。


 敵に回しているのが知的生命体だからな。毒でいぶすくらいはやられると思った方が良い。

 過剰な警戒かもしれねえが、ロボのことを思い出したら、どれだけ気を付けてもやりすぎってことはない。


 通信用の機材までしっかり設営したトウカが、支部長えまちゃんと何やらやり取りをしながら準備を進めていた。

 何やら量子コンピューターを使用し、仮定を重ねながら語彙ごいを検証していくことで何たら、らしい。わからん!


 ともあれ、魔法言語の解析が一気に進めば、日本が魔法分野において世界トップに躍り出ることは間違いない。

 新技術の先駆者になる。それはかつての原子力のように、国際的に大きな意味合いを持つ。


「なんかすげえことが起きてんな」

「トウカ、楽しそうだね」


 少し離れた場所で見守りながら、スイが言った。

 魔法の知識を貪欲どんよくに求めているトウカにとって、これは願ってもない状況だろう。表情が輝いている。


「エルフ目線で見たらすっごい怖いですけどねー」


 ヒルネの言葉に笑ってしまった。

 重武装の異民族が満面の笑みを浮かべ、カタコトで尋問してくるんだからな。


 機密とか関係なしに、こんな姿が配信されたら好感度ダダ下がりだろう。

 エルフの背後で斧使いが、いつでも首を落とせる構えで見張っているのも、また印象の悪さを加速しているな。


「あいつ、魔法の才能あったんだな」

比嘉ひがさんですか?」


 斧使い、比嘉ひがっていう名前だったのか。

 どうも魔法の発動を感じ取れるとかで、トウカの尋問を手伝ってくれているようだ。

 体格ががっしりしており、ツーブロックの上だけを伸ばして後ろで結ぶマンバンという髪型をしている。


 めっちゃチンピラみたいな感じだが、バギーに相乗りして仲良くなったのか、やけにトウカに鼻の下伸ばしてるんだよな。

 未成年に手を出したら殺すからな。脅しじゃねえ。


「若いほど魔法の才能ある人は多いからね。ナガくらいの歳の人はほとんどが使えないんじゃないかな」

「才能あっても魔法を戦術に組み込まないんだな」

「集中力がいるから、どっちつかずになっちゃうってのはあるかな」


 なるほどな。

 飛び道具はあれば助かるが、扱いの難しい武器と両立させるのは並大抵のことじゃなさそうだ。

 柚子なんかも繊細な動きを苦手としているようだったし、魔法ってのはそこまで便利じゃないのかもしれない。


「そう考えると、お前すごいんだな」

「でしょ?」


 スイが胸を張る。

 トウカがやっていることをイマイチ理解できない俺たちは、ダラダラ喋りながら時間を潰した。



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「死んだな」

「死んでしまいましたね」


 なんかシワシワに萎んだエルフを囲んで見下ろす。

 尋問を開始して、6時間程度か。捕獲前にどれくらい活動していたのかは知らないが、やはりエネルギーの供給を断たれることに弱いようだな。


「そもそも生命体なのかすら怪しいですね。死への忌避はありましたが、多少の楽観性は感じ取れました」

「そんなことわかるくらい、解析進んだのか!?」


 すげえな、おい。

 言語に関しても技術って向上するもんなんだな。


「言語の翻訳はパターン分析のようなものですからね。今のAIにとっては得意分野です。精度は低いですが、自動翻訳も可能になりました」

「マジかよ」


 いや、これは本当にすごいことじゃないのか?

 魔法に革命が起きるってことか?


「魔法言語はエルフが使用する言語と類似しておりますが、かなり古めかしい言葉遣いに当たるようです。エルフ語を日本語だとすれば、魔法言語は古文のようなものに当たると思ってください。これですぐに魔法が発展、というわけにはいかないようです」


 なるほどな。

 言語の系統としては一緒だし、エルフ相手に魔法言語を話せば多少は伝わるが、エルフ語を学んだところでイコール魔法が使えるわけではないと。


「ただ、エルフには魔法言語の知識が多く残されているようですので……」

「皆殺しは避けたい、ってことか?」

「可能でしたら」

「ふむ……」


 正直なところ、聖剣は別に価値がはっきりしているわけじゃねえんだよな。

 なんか手に入れるのに条件があって、やたら飾り付けが豪華な剣ってところしかわかってねえ。

 それよりは、魔法言語の方が、価値があるとハッキリ分かっているだけに重要性が高い。


「俺は構わねえが、問題は聖剣の勇者、山里さんがどう思うかだな」

「どうも思わねえよ!?」

「聖剣の勇者山里さんも良いそうだ」

「その聖剣の勇者ってつけるのやめない!?」


「だが、エルフ側の俺らへの印象が最悪ってところをどうするかだな。殺しも誘拐もやっちまってる」

「ついでに焼いて食べてる野蛮人もいるしね」

「誰だよ、そんなことしやがったやつ。知性のある動物は可哀想だから食べないのが常識だろ!」


 俺は憤慨ふんがいした。

 みんなの目が冷たい。


「どうする? 俺とヒルネで1匹ずつ生け捕りにしてくるか?」

「会話が出来るとなると、これまでのようにモンスターとして見づらい部分もあるのですが……」


 トウカが消極的に反対を表明した。

 言葉を交わした間柄だと、なんとなく人間に見えてしまうのは、わからなくもない。

 ロボと違って、明確に人類の敵ってわけでもないしな。


 俺からすれば、人間じゃないならいいじゃねえか、って感じだが。

 虫を殺す、牛豚を食う、邪魔な草木を刈る、犬猫を飼う。エルフを殺すも食うも捕まえるも、どれも同列の概念にある。


 ダンジョンで出会ったらだいたい殺し合いになるんだ。互いの都合のために命を利用し合うのが自然と思う。


「必要なときに迷いなく殺せるんならそれでも良いと思うぞ。で、じゃあどうやって会話を試みるんだ?」


 俺の価値観は、きっと現代にそぐわない。つーか25年前でも異端だろう。

 人類が200年前にやめた、異民族奴隷を使うような考え方だ。だから、この考え方を押し付けはしない。


「死への捉え方の違いに期待するしかありませんね。ひとまず巣――集落を特定して、敵意がないことを示してみましょう」


 あえて集落と言い換えたのは、「巣」呼ばわりする俺への意思表示かもしれない。しっかりしてんな。


「ナガ、エルフの目の前でエルフ食べたりしちゃ駄目だからね?」

「流石にしねえよ」


 どんな風に思われているのやら。


「向こうから攻撃されたら流石に反撃するぞ?」

「絶対にされるので、少しは待っていただけませんか?」

「ん~~~~わかった。ただ、タイミングの判断はトウカ以外にさせてえな」


 トウカが攻撃許可を握るとなれば、いつまでも反撃できずに削られそうだ。

 エルフの価値は認めるが、それでも相手が深層モンスターの1種であるのには違いない。


「では……ヒルネはいかがでしょうか?」

「賛成」

「賛成だ」

「いい人選だな」


 スイ、俺、山里が一斉に同意した。

 「私はわかってますよ!」って顔でうんうん聞いていたヒルネだが、どうせ何もわかってねえ。この阿呆なら、エルフの価値だなんだに惑わされず、純粋に危険度だけで判断してくれるだろう。


 命にまさるものはない。



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 朝から本格的な集落の捜索が始まった。

 配信は音声だけ切ってある。全く何も流さないと、色んなところからツッコミが入るそうだ。面倒くせえな。


 前日の段階でマップに打ちまくったピンから割り出した地点。その付近で、樹上から偵察していたヒルネが声を上げる。


「エルフ、複数いますー!」

「どこだ?」

「薄目だと見えます!」


 どういうことだよ。

 言われるがままに、薄目にしてみる。すると、巨木の表面にうすらぼんやりとシルエットが浮かび上がってきた。


「あれみてえだ。遠ざけると文字が浮かび上がるのに、近くで見ると文字がわからん画像」

「すっごい迷彩」


 エルフの服装は迷彩効果がなさそうなものなのに、こうも見えないか。魔法的な迷彩かもしれない。


『私たちは人間の探索者です。敵意はありません。対話を望みます!』


 トウカはエルフ語で話しかけた。

 スマートウォッチを口元に当て、自動翻訳した音声を流す感じだな。


 1人のエルフが樹上から降りてくる。どいつもこいつも似たような見た目で、違いがわからん。


『我らの言葉を喋るか、人間。どのように知りえたかは知らぬが、人間ごときが話していい言語ではないぞ。貴賤を知るが良い』


 翻訳のせいなのか知らねえが、くっそ偉そうだなおい。

 俺もスマートウォッチ越しに話しかけてみる。


『敵意ねえって言ってんだから、そんなカリカリすんなよ』


 エルフが俺を見た。そのまま固まる。

 整った顔が青くなり、白くなり、滝のような脂汗が流れた。口をはくはくと魚のように開け閉めする。そして。


『あ、あ、悪魔だーーーーー!!! 災厄の悪魔だーーー!!!』


 悲鳴を上げたかと思えば、ひっくり返って気絶した。

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