第58話
濁った緑の水を
青いんだよな、これ。
「えぇ……なんで青くなったの?」
「粒子の細かい青色の成分が残って、粒子の大きい黄色の成分が
絵具の3原色みたいなアレだ。黄色と青が混ざって緑になっていたんだ。
つまり植物プランクトン由来の緑じゃなくて、もっと変な成分の緑だったってことでもある。
「青色とか、化学の授業で習った硫酸銅みたい」
なんか聞いたことのある名前だが、とっくに記憶の彼方だ。なんか鮮やかな青い水溶液だったか。体に悪そうだな。
「で、こいつを煮沸する」
沸く寸前に、なぜか鮮やかな青色から、ピンク色に変色した。
「えぇぇ……」
これには全員ドン引きしているし、なんなら俺だって引いている。以前も飲んだとはいえ、かなり見た目がキツイ。
ふわっと鍋の中心から上がった湯気が、
「……ナガ、やめない?」
「そうですよー! やめましょう!」
左右がうるさい。
俺だってこんなもん飲みたくねえよ。毒とか毒じゃないとか、そういう問題超えてるもん。
だが、これで生き延びてしまった経験がある。
未知ばかりのダンジョンに対抗できるのは、リスクを冒して得た経験のみ。
「……クソが」
弱気を呟きに乗せ、吐き捨てた。
激やば汁をシェラカップで掬い、一気に喉の奥に流し込む。反射で胃がきゅっと締まり吐き出そうとするが、喉に力を入れて耐えた。
公衆便所で浮浪者のカブトムシがサンバを踊っているような激臭が、鼻の裏側から襲い掛かって来る。涙目になりながら奥歯を噛み締めた。
ああ、こんなものでも飲めたんだから、飢えや渇きってすげえよ。
普通の食事と普通の水を知ってしまった今だと、世界を恨みそうなくらいキツい。
空を見上げながら、「あ~~~~~~~」と細く声を出した。こうしてると少し楽になる。吐きそうなときの、俺流ライフハック。他の人に効果があるかは知らない。
少しして楽になると、今度はエルフの串焼きを齧った。
なんの捻りもない焼き鳥って感じだ。つーか、エルフも鳥系の味がするんだな。進化の過程が哺乳類とはやっぱ違うぞ。
いや、待て。
エルフ肉を齧りながら、死体をひっくり返す。予想通りだ。
「何してんだ?」
「おい、山里。こいつら、生殖器も乳首もねえぞ。ついでにケツ穴もない」
「喰いながらする発言ではないな。うん」
消化器官が無いことから、なんとなく分かってはいたが。
つーことは、こいつらの口は呼吸と詠唱のためだけにあるってことか?
齧った肉に不思議な触感の場所があり、口から引っ張り出す。細いチューブみてえな器官だ。
血管によく似ているが、枝分かれの仕方がなんだか不自然だ。
焼いていない部分の皮膚を慎重に剥がした。ビンゴ。
「こいつら、気門と気管があるぞ!」
「昆虫と同じということでしょうか?」
「いや、肺もある。2種類の方法で同時に呼吸してやがる」
虫は体の表面にあいた穴から空気を取り込み、それを管で体に循環させて、酸素と二酸化炭素を交換している。
「つーか肺もなんかおかしいな。捌くか」
切り開いてみれば、空気の流れが一方通行になるように弁や管が走っていた。
鳥や恐竜なんかの、超効率的に酸素を得るためのシステムだな。肺に管を通し、前後のポンプで空気を流す器官。
「生存性とかエネルギー効率ガン無視で、とにかく素早く動くことだけ考えたような体だな」
そうこう話していると、さっそく心臓の痛みが和らいできたような気がする。
見た目と臭いがヤバいだけあって、効果は高いようだ。製薬会社用に、原液と加工したもの両方を瓶に詰めた。ついでにエルフ肉も。
「どこからエネルギーとってるんだろ」
「縄張りが狭いんだから、巣からあまり離れられないんですよね?」
スイの疑問に、ヒルネが間接的に答えた。
おそらく、集落――もとい巣で何かしらエネルギーを補給して、それを使って縄張りで活動をし、また巣に戻るんだろうな。
だから、巣を守ることに命懸けで固執する。そう考えれば説明がつくな。
「もう一休みしたら、エルフの巣探して襲撃すっか?」
「人間みたいであんまり気が進まないけど、聖剣を奪われっぱなしってのも間抜けだしなぁ」
山里は頭をがりがり搔いた。
俺は頷く。
「山里がそう言うなら、本当は嫌だけどしゃーなし焼き討ちすっか。ごめんな、スイ。山里がやれって言うからさ」
「いいよ。山里さんが言うんだもんね」
「お前らぁぁぁあ!」
山里を無視し、焚火等の後片付けをする。森林で自分の目が届かない場所に火気があるのはちょっとばかり怖いからな。
普通の水を飲んで一息ついてから、軽く跳ねたりサイドステップみたいなことをしてみる。
ちゃんと思い通りに体が動いた。
「完全回復、か?」
「もう少し安静にするべきとは思いますが……」
トウカの目が、「どうせお前は動くんだろ」と物語っている。大正解。安静って言葉は俺の辞書にはねえんだ。
ドローンからツヴァイハンダーを下ろす。
長さ3メートルの大剣。先端の1メートル程度にしか刃がなく、槍と剣の間の子、といった総金属製のデカブツだ。重さは6キロってとこか。
6キロの武器と表現すれば、誰でも使えそうに感じるだろうが、当然そんなことはない。
小学校とかに、フッサフサの黄色いモップあっただろ。あれの端っこを掴んだら、とうてい振り回せないような重さだったはずだ。あれで2キロくらい。
それよりも長く、よりテコの原理で力が必要になるのが、長物の武器ということになる。
あれだよ。とにかくテコの原理が悪い。
片手でツヴァイハンダーをゆっくりと振る。
重いとか扱いづらいと感じることはない。
やはり、ロボとの戦いの後にも力が伸びているような気がする。
少しばかり戦いの勘が鈍っていたが、十分に動く。
「よし、そんじゃあエルフ狩り、始めるか」
首を傾けごきりと鳴らしながら、そう言った。
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エルフの巣を特定する手順は簡単だ。
ここいらにモンスターがいないのは、エルフが狩っているからだと仮定する。
適当にピンを打ちながら散策し、モンスターと遭遇したら引き返す。これを繰り返せば、大量にピンの打たれた円形の範囲が出来上がった。
「1日かからなかったな」
直径だいたい2キロくらいの範囲の円がマップに表示されている。
オマケといったらなんだが、ヒルネが捕まえてきたエルフが足元に転がされていた。
おかっぱみたいな髪型で、後ろ髪だけ伸ばし結んでいる。金髪碧眼の薄っぺらい体形の美人さんだ。後ろ手に縄を打たれており、足首にダーツのようなものが刺さっていた。
いつの間にやら、ヒルネは新しい
「ミシア リ アウラ!」
エルフが叫ぶ。
「こいつ喋ってるのか?」
山里が興味深そうに眺める。
「あんまり正面に立たねえ方がいいぞ。魔法を使う可能性がある」
「というか、魔法言語だよね、これ」
響きとしてはそれっぽいが、いかんせん俺は魔法についてはさっぱりだ。よくわからん。
魔法の呪文を幾つか教わったことがあるが、1つも発動しなかったんだよな。
「すみません。少し考えたことがあるのですが、時間をいただけますか?」
トウカがずどんと手を挙げる。
いや、仕草は可愛らしいんだが、巨大な重機が一緒に動いてるせいで、客観的にはバカデカく手を挙げている。
特に反対する理由もなく、俺たちは頷く。
スマートウォッチで何やらメッセージのやり取りをしていたトウカが、視線を上げた。
「お待たせいたしました。支部長さんと連絡をし、私たちの配信を停止していただきました」
「配信停止? 法的に良いのか?」
「特例事項の適応ですね。ダンジョン内で自衛隊と合流したときなど、機密に触れる可能性がある場合に適応されます」
ごくりと喉が動く。つまり、それだけの情報に関する発言をするってことだ。
「現状判明している魔法言語の組み合わせでコミュニケーションを試みることで、魔法言語の単語と文法を解析できるかもしれません。この捕虜にしたエルフの扱い、私に任せていただけませんか?」
なるほど。そりゃあ、配信も止められるわけだ。
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