第57話

「おかしいだろ! 永野も抜けたんだろ!?」


 山里が降ってわいた勇者の称号に悲鳴を上げる。


「いやぁ、俺は謎の声に拒否されてるから」

「なんなんだよ、それ! どうせ男なら誰でも抜けるとかだろ!?」


 山里は折角抜いた聖剣を台座に刺し直した。勿体ない。


「お前やってみろよ」


 山里がシャベルマンに振ると、シャベルマンは首を左右に振った。


「それ、シャベルじゃない」

「わかってんだよ!」


 こだわりの強いシャベルマンは、検証だとしてもシャベル以外の武器は持ちたくないらしい。いや、そもそもシャベルは武器じゃねえんだが。

 次に振られた斧使いがチャレンジするものの、微動だにしない。槍使いと鈍器使いも試したが、聖剣は全く動かなかった。


「じゃあ、永野がもっかいやれよ」

「いいけど」


 片手ですぽっと抜く。その瞬間、天から厳かな声が振って来た。


『また来たか、悪しき者よ。く失せよ』


 すげえこと言いやがる。

 心臓病抱えた人間にそういうこと言っちゃダメだろ。つーか俺のこと覚えてるのか。


『失せよ』

『失せよ』

『失せよ』


 リフレインすんじゃねえよ。


「やっぱこれ、山里専用っぽいわ」


 雑に山里に放り投げた。その瞬間。

 影が俺たちの間をすり抜けた。

 ギリギリ見えたのは、細身の人型。宙を舞う聖剣を掴み、大木に取り付くとするする登っていった。


 薄い羽衣のような服、細長い手足、そして長い耳。


「くっそ、エルフだ!」


 腰から抜き放ったククリナイフを投げる。縦回転しながら飛んでいったそれは、正確にエルフの頭をカチ割った。

 血、脳、そして聖剣が落下する。が、すかさず飛び出した別のエルフがとっ掴んだ。


「どこから……!」


 探知出来ていなかった!

 俺だけでなく、ヒルネも全く気付いていなかった。エルフ、しかも複数のそれに誰も気付いていなかった!


「追います!」

「いや、いい」


 ヒルネが言うが、止めた。


「森の中のエルフは速い。まともには追えねえ」


 エルフ。

 妖精種のモンスター。標準的な人間とほぼ同じ体型をしている。細身であったり美形であったりするが、それ以上に「消化器官がない」という部分が人間と異なる。

 極限まで軽量化された体と、魔法的な補助の力で、森の中を素早く移動する。魔法と弓矢に優れた種族。


 森の中でエルフを追うのは、海で魚を追いかけるのと同じ。

 飛び道具が機能すれば数匹は倒せるだろうが、まともに相手をしても無駄だ。


「でも、聖剣が!」

「すまん、俺のミスだった。あいつらは集落を作る。縄張りもそう広くない。恐らくこの周辺にあいつらの集落があるはずだ。そこで取り返す」


 守るべきものがあるなら、そうそう逃げられはしない。

 はらわたが煮えくり返る思いだが、怒りに身をゆだねたら心臓がもたねえ。

 冷静に、冷静にだ。


「悪い。油断していた。先に泉に行って、体調を整えてからあいつらの巣を探そう」


 何も握っていないのに、指の骨がパキパキと鳴った。

 キッチリ治して体が動くようになったら――。


 薄暗い想像を浮かべたとき、何かが伝わったのか山里の肩がぴくりと跳ねた。



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 泉は聖剣の台座から30分程度歩いた場所にある。その周囲だけ、さらに樹木の発育が良く、どんよりと薄暗いので、近くまでいけばすぐにわかる。

 直径10メートルほどで、水は重たい緑色に濁っていた。草木の根が水に入り込み、落ち葉や木の枝なんかも浮かんでいる。


「ナガ、これ泉っていうか、沼じゃない?」

「まあ、そうとも言うな」

「そうとしか言わないよ」

「そもそも、清らかな泉だったら有効成分的なサムシングも溶け込んでないだろ」


 これが薬ですと言われたら、苦いけど体にいい薬の筆頭みたいな見た目してるだろうが。


 現実問題、汚そうな沼っていうのは相応に汚い。普通に死に直結する感染症のリスクもあり、飲むのは推奨されない。こんなもの飲むのは自然派ママだけで十分だ。


「まあ、こいつをちゃんと濾過ろかして飲む」


 取り出したのは100均のマイクロファイバータオル。昔はこれが、それ単品で腹を壊しそうな汚い布だったのはご愛嬌あいきょう

 適当に拾った木の枝を揃えて積み重ね、火を付ける。薪の束そのものを燃やすような感じだな。


「そのうち中央の枝が炭になる。それをタオルに詰めて、ざっくり濾過器にする。濾過した水を煮沸したら飲む」

「この泉の水に、さらに副作用がある可能性はございませんか?」

「もちろんある。ということで、前回この泉の水を飲んだ後にとった行動を真似る」


 そう言って、俺はとあるモノをドローンから放り出した。

 それは。


「さっきのエルフの死体……まさか!?」


 スイが息をのんだ。


 ヒルネとトウカは「周辺警戒してきます~」と逃げ出し、鈍器使いはシャベルマンの首根っこを掴んで離脱。斧使いは「コメント返さなきゃ!」とドローンにしがみつき、槍使いは「おっとトイレ休憩失礼する」と木の裏に。


 逃げ遅れた山里の肩をがっしりと掴む。


「そういえば、お前にご馳走するって話だったな」

「嘘だろおい」

「絶対に聖剣を取り返して、お前を勇者にする。だから、ここは俺の作る飯で勘弁してほしい」


 山里の目を真っすぐに見て、情熱的に伝える。山里の瞳が揺れた。が。


「――ってだまされねえぞ!? 勇者もエルフ肉も求めてないが!?」

「ちっ」


 まあ特段に食わせたいわけじゃないし、なんなら俺だって別にエルフは食いたくない。

 当時としては、食料が乏しかったからしゃーなしで食っただけだ。


 飢えていたタイミングでエルフの巣を発見し、どうにもそこのエルフは逃げ出さなかったもんだから、総力戦を繰り広げた挙句、全員食ったってだけで。


 今回も、泉の副作用を防ぐ可能性があるから、仕方なしに食うだけだ。

 折角だから、炭を作るための焚火で調理をする。


 まずは解体。といってもエルフの解体は楽だ。

 こいつら、機動力重視で軽量化されているせいか、骨が滅茶苦茶にもろい。あと、軟骨部分が大きいから、関節に刃を入れるのが簡単だ。

 空を飛ぶ鳥みたいな体の作りなんだよな。


 カーボンファイバーの織物を思い出させる皮膚にナイフを入れ、ぞりぞりと切り開いた。今回使う部位は太ももだな。一番楽に肉をとれる。

 軟骨を切断するように刃を入れて捻れば、膝下があっさり外れた。


「ここで登場すんのが、案件でもらった串焼きセットだ」



:やめろ

:おい

:案件にならないって

:圧倒的な風評被害

:逆PRやめろ



 コメントが必死だ。


「俺に案件回すってことは、こうなるって理解してるだろ、流石に」


 まともな絵が欲しかったら、スイに依頼すりゃいいんだ。


「いやあ、流石にエルフは予想外じゃないですかー?」

「そうか? 割と配信中で亜人系も料理してた気がするが」


 ヒルネが今更なことを言う。

 つーか亜人系って毒持ってるの少ないし、むしろ食料としては優秀な部類になるぞ。


「逆にだ。深層でサバイバル考えるなら、亜人は食えねえと話になんねえぞ。例えばだ」


 俺はエルフからレバーを取り出して配信に映す。



:おえ

:やめろ

:グロ注意くらい言えんのか

:食事中に見てはいけないチャンネル1位



「エルフ含めた亜人系の肝臓は食える。だが、ラプトル含めた竜種の肝臓は食えないし、ムシキ……水色の巨大ゴリラだとかの肝臓も食えねえ。強烈な頭痛、嘔吐おうと眩暈めまい、視界の圧迫なんかが起きる」


「ビタミンの過剰摂取ですか」


 トウカが納得したように頷いた。


「植物で食えるのを見つけんのは難しい。まさに、ブロッコリーみたいな草を食った俺が、こうやって心臓の痛みを抱えているようにな。極力は植物に頼らない食事をすんのが大事だ」


「だから亜人のレバーは食えるようになっとけと?」

「そうだな」

「嫌だが?」


 山里は理解してんだかしてねえんだか、わかんねえな。


「とりあえず、案件のセットで焼き鳥します。PRです。お前ら視聴者はこれ見て買えください」



:敬語ちゃんと使えバカ

:買う気にならんわ

:買います!

:なんか詐欺にあってる気分だ

:信者いて草

:純粋に使い勝手見て決めたるわ



 ちらほらと買いそうなやつもいる。PR大成功だな!

 コンビニの前にあるような、折り畳み傘立てみたいな造形をしているそれに、串を打った肉をセットする。串が自動でゆっくりと回り始めた。


「えーと、なんだ。総重量1.6キロで、同時に串を22本回せるらしい。あらゆる角度に対応可能で、高さも調整できるんだと。軽量化すげえな」


 ちなみに焼いている串は、室蘭風に肉と玉ねぎを交互に刺した焼き鳥だ。

 実は今回、醤油ベースのタレを持ってきている。熊が出る階層に行かないのがわかっていたからな。


「後付けでもいいんだが、甘目の醤油ベースのタレに、マスタードを入れる。で、こいつを塗りながらじっくり焼きだ」


 醤油が炙られる良い匂いがふわっと立ち上る。ヒルネがちらちらとこっちを見ては、トウカに引っ張られていた。


 焼いている間に、焚火の真ん中から幾つかの炭を取り出し、水をかけて鎮火。布でくるみ、上から踏んで様々な粒の破片に変えた。これで簡単な濾過装置の完成。


「よし。それじゃあ、泉の水とエルフの肉を服用してみるぞ」

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