第56話

 ダンジョン内での車両の運転には、免許が必要ないらしい。

 というのも、ダンジョン内の土地の扱いは公海や宇宙空間のそれに近く、1国の法律でどうこうするのが難しいからだ。


 といっても、運転出来ない人にバギーのハンドルを握らせるのは危ない。

 必然、全てのバギーは山里パーティーのメンバーが運転することになった。シャベルマンの車両だけぼっち運転だ。


 先頭をヒルネ・槍使いの車両が走り、俺・山里が真ん中。最後尾がトウカ・斧使い。1列5台の車列がダンジョンの浅い階層を次々に突破していく。


「他の探索者を轢き殺す心配がないっつーのが最高だな」


 先頭車両に蹴散らされるアンデッドを見て呟く。

 車両の先端についている強化バンパーは、骨の数体くらいまとめてぶっ飛ばせるようだ。

 事故を起こせば悲惨なことになるだろう。だが、位置情報システムのおかげで、他の探索者がうろついている地域を外して走れるらしい。


「これ、階段も上り下りできるし、一体幾らするんだ……」


 ハンドルを握る山里の手に力が入っている。

 こんだけ便利なんだ。安かったら他の探索者もみんな乗ってるだろうしな。想像したくない価格なのは間違いない。


「ハンドル握ってるのがお前んとこで助かったわ」

「そういうこと言うのやめろよ!」


 山里が悲鳴を上げる。バギーにつけられた無線から、他の車両に乗っているメンバーたちの笑い声が聞こえた。


『山里さん。一応性能試験なので、壊しても大丈夫なようですよ』


 トウカの声が入る。ちゃんと依頼書を読み込んでいるようだ。


「わかっちゃいるけどさ……」


 山里が情けない声で言う。


「いいじゃねえか。限界までブンブン使って、『ここが限界でした』って報告してやりゃいい」

「永野は気楽だよな」


 気楽に決まってる。今回の俺は泉に行くだけだからな。ほとんど温泉旅行みたいなもんだ。


「あ、そういえば」


 ふと思い出す。


「今回の目的地の泉の近くに、聖剣の台座があったんだよな」

「はあ!?」


 山里だけじゃなく、無線越しにも驚きの声が入った。


「森の奥に石の台座があってよ。引き抜いたらなんか怒られたんだよな」


 悪しき者よ、剣を戻し立ち去れってな。

 俺のどこが悪しき者か知らないが、今にして思えばだいぶ腹立つな。


「折角だし、生意気な聖剣持ち帰って売りさばこうぜ」

「良いのか!? 聖剣の扱いそれで良いのか!?」

「何言ってんだ。剣は剣だろ」


『えええ、一応色々試してみない?』

『魔法的な面でも色々と検証してみたいですね』

『勇者になれるかチャレンジしてみたいでーす!』


 俺の売りさばく発言に、反論が殺到する。それはそれとして、聖剣を引っこ抜くのに反対の者はいないようだ。


 魔法的な知識を得るのはトウカのダンジョンに潜る目的だし、ヒルネもカッコいいものに憧れがある。こいつらに合わせてやるのも悪くない。


 マップを開く。

 確か泉は地下38層にあったはず。俺がダンジョン内に閉じ込められてウロウロしていたとき、ドローンがあればな。あのときのマップ情報があれば、もっと色々便利だっただろうに。


 ――この辺りか?


 ダンジョンから帰還したときの移動ルートや、植生や地理情報の記憶から、おおよその位置をピンで打つ。

 っつーことは、聖剣の台座は、と。


 結構うろ覚えだが、一応場所の目星はついた。


「マップにピン打っといた。確認してくれ」

『これ、泉より聖剣の方が近いかも?』


 スイの言葉にマップを見返せば、確かにそうだ。

 今回の目的は探索じゃなくて、俺の治療。ルートとしては、基本的には既にマッピングされた場所を極力通る。

 マッピング済みの階段から、泉があるらしい場所への途中に、聖剣が位置している。


「じゃあ、先に聖剣でいいか?」

『はーい』


 口々に賛成の声が返って来る。

 爆走する車列は、ところどころで降車戦闘こそ挟んだものの、一気に地下29階層まで下っていった。


 野営を1泊挟み、地下30階層。

 ここからは樹木が邪魔になってくる。草原のようになっている場所は動けるとはいえ、森林の部分を通過出来なきゃ、階層内の移動は話にならない。


「バギーはここまでかな?」


 伸びをしながらスイが言う。


「だな。走らせたきゃ、木こりでも連れてこねえと」

「パイルバンカーではなくチェーンソーを装備するべきでしたか」


 トウカが右腕を掲げた。それは流石に男のロマン過ぎる。18禁になるぞ。


 徒歩での移動を開始する。戦闘こそ安定してサクサク進むが、問題は俺にあった。

 心臓が痛むせいで、ところどころで小休止をとってもらう。

 ドローンに吊られて移動も考えたが、地に足がついていないと不意打ちに弱すぎる。


 既にマッピングが終わっている階層を進んでいるというのに、1日1階層のスローペースで移動をした。

 情けない気持ちもあるが、言葉として弱音は吐かない。


 ロボと戦うと決めたのは俺だ。そして、あらゆる手を使う相手に、こちらもあらゆる手を使い、命を奪った。

 勝利した。そして、後遺症を癒すためのダンジョンアタックに付き合ってくれる仲間たちがいる。

 不満をこぼすなんて、贅沢すぎる。


 そして辿り着いた地下37層。

 巨木のジャングルといったところか。樹高40メートル級の古木が密生するジャングルだ。太く、ごつごつとしており、ねじくれた幹が特徴的だな。


 ヒルネが幹の表面に手を添えながら言う。


「すっごく登りやすそうです」


 確かにとっかかりになるこぶがたくさんある。また、木の表面に細い枝のようなものが張り付いている。


「この森の木は合体樹だ。複数本の木がお互いに密着して、1本の木として成長したもんだ」


 長い年月をかけて融合したのだろう。よくよく注意を払って観察しなければ、その継ぎ目はわからない。


「ちなみにこの木は樹皮が燃えやすいから、火をつけると内側まで燃えるぞ」


 丸ごと燃やしたら派手かな、と試したんだよな。それで合体樹だとわかった。


「なんかこれだけの巨木だと罰当たりに感じるね」


 スイの言葉に、山里も頷いた。

 どれだけ科学が進歩しても、人間が持つ巨大な自然への畏怖は消えないってことなのかね。


 37層はハヌマーンの眷属を筆頭に、サル系のモンスターが多く出現する。それと、地上には大型のモンスターが徘徊しているはずだが。


「静かだな」


 なんかいるのか?

 そこらのモンスターを捕食する、ないしは怯えさせるようなモンスターが。


「偵察と警戒を厳にして行くぞ」


 広めの間隔をとって移動を開始。だが、予想に反して何のトラブルもなく、スムーズに最初の目的地に到着してしまった。


 大木の根に絡めとられた、噴水の土台のような、円形の石の台座。

 数多あまたの植物が絡みつき、建てられた当時の姿を思い描くことも難しい。


 半壊した石材には幾つかの魔法言語のような文字が刻まれているが、はっきりと読むことは不可能だ。

 ただ、中央に突き立てられた豪華絢爛なロングソードだけが、輝きを放っている。


「おお、まだあるじゃねーか」

「本当にあったんだ……」


 スイが呟いた。


「なんだ、疑ってたのか?」

「いや、そういうわけじゃないけどさ。確かにこれは、聖剣って感じだね」

「見た目がな」


 ヒルネが小さくジャンプしながら手を挙げた。その目はキラキラと輝いている。


「はいはい! 抜いてみてもいいですかー?」

「おーいいぞ。抜けたら勇者だな」


 憧れの勢いそのままに、両手でしっかりと柄を握り、真上に引く。が、動かない。


「むっ!?」


 顔を真っ赤にし、背中も反らしながら必死に引っぱるが、剣は微動だにしなかった。


「えええ、なんで抜けないんですか!?」

「まさか本当に、勇者にしか抜けない聖剣なんてことがあるのでしょうか?」


 トウカが言うが、そんなわけがない。

 抜けた俺が戻せって言われているんだから、資格とかない者でも抜けちゃうはずだ。


「じゃあ次やるね」


 スイ、トウカがチャレンジするが抜けない。その次が山里。

 この勇者とは程遠い男が軽く触れただけで、聖剣がぐらりと動いた。全員ぴたりと固まる。


「え、え?」


 どうすればいいんだ、という表情で山里が俺らの様子を見た。

 正直面白い。


「いいじゃん、抜いちまえよ」

「ええ、なんか起きたりしないのか?」

「悪しき者なら怒られるぞ」


 山里は数秒の逡巡しゅんじゅんの後、思い切って手に力を込めた。

 するりと抜き放たれる。長い刀身が日の光に照らされ、あらわになった。白銀の美しい刃、しのぎには金色の一本線が輝く。


 パチパチパチパチ。


 たった1人の大きな拍手が森に響く。俺だ。


「いやあ! すごい! 勇者の誕生だ!」

「お、おい!?」


 山里が目をくわっと開いて俺を見る。


「我らが山里が勇者になったぞ! コメントも称えろ!」



:勇者!

:おお、我らが勇者!

:山里様万歳!

:勇者万歳!

:山里さんおめでとうございます!



「や、やめろ! 違う!」


 狼狽うろたえる山里。だが、コメントは止まらないし俺の拍手も止まらない。

 やっべ、楽しすぎて心臓が痛い。

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