第52話

 仲間を得て弱くなった?

 ああ、そうだ。きっと俺は弱くなったんだろうよ。

 失うものが出来て、捨て身じゃなくなった。そして、それを誰もとがめなかった。


「良いんだよ! これでな!」


 山里がやったような、低い体勢からの仕掛け。

 ツヴァイハンダーの先端が床を擦り、火花を散らせる。

 斜め下からすくい上げるように、ロボの膝を狙う。


 手元から離れた位置では、テコの原理で、受けが成立しなくなる。長い棒の先端は、横からの力に弱い。


 下がったロボ。空を切る切っ先。

 振り切った剣は俺の体の後ろに流れた。

 だが。


 がちん。


 無防備に晒された顔面には、歯という生物最古の武器がある。

 俺の噛みつきを腕輪で防いだロボは顔をしかめた。金の腕輪にくっきりと歯形が刻まれる。


 飛来した火球を、空中に展開された黒い結晶の盾が受け止めた。粘着質な炎が、宙で燃え続ける。ラプトルのブレスのような炎だ。


鬱陶うっとうしいな」


 引き戻したツヴァイハンダーに、槍が打ち付けられた。剣が払いのけられ、剥き出しの肉体が向かい合う。


 片腕を伸ばしたロボのラリアット。


 大鎌のようなそれが、俺の胸にぶち当たった。


「かはっ!?」


 肺を押しつぶされたような衝撃。吹っ飛ばされそうになる体を、根性でその場に踏みとどまらせる。

 素早く、器用に動いて、パワーもある。反則じゃねえか、クソが!

 喉の奥が、強烈に鉄サビ臭い。胃か肺のどっちかが傷ついたときの臭いだ。


 ロボが天井を向き、喉を震わせる。


「オオォォォォォン」


 遠吠え。

 次の瞬間、煙幕の向こう側のあらゆる方向から槍が飛来した。

 こいつ、音で座標を知らせたのか!


 巨大なリザードマンの槍。当たればタダでは済まない。

 スイ、トウカ両方が防御の姿勢をとる。俺も当然身を守ろうとしたが。


 ロボが動いた。

 満面の笑みで、スイに向かって。


「――させるかよ」


 足の筋肉が軋む。骨が悲鳴を上げる。

 最高速の踏み込みからの、跳び膝蹴り。


 スイを刺そうとしていたロボの脇腹にめり込み、吹っ飛ばした。

 反動で空中に泳ぐ体。

 スローモーションの世界で、笑うロボが見えた。


 どす。


 鈍い音。腹の真ん中を、熱いものが通り抜ける。

 太く長い槍で、床に縫い付けられた。

 無意識に動かした足が、じたばたと宙を搔く。


「ナガ!?」


 スイの悲鳴が聞こえた。

 くるりと回転したロボが、綺麗に着地する。


「虫の標本のようで似合っているぞ」


 その背後に影。

 ヒルネが足首をワスプナイフで刺した。ロボのアキレス腱が破裂し、血肉を散らす。

 ロボが即座に振るった槍で、小さな体は弾き飛ばされ、煙幕の向こう側に消えていった。


「ははは、痛み分けじゃねえか」


 ナイスだ、ヒルネ。

 トウカがヒルネの援護に動いた。


 骨が剥き出しになった足で立つロボ。

 即座に変身でもしそうなものだが、足を削られてなお、アヌビスの体でいることにアドバンテージがあるのだろうか。


 スイが床から槍を外し、引き抜いてくれた。

 俺とロボ、お互いの体の傷を、世界樹の苗が塞ぐ。ごぼりとこみ上げてきた血の塊を床に吐き捨てた。


「大丈夫かい!?」


 煙幕の壁から隼人が出てくる。

 大型のリザードマンと戦っているからか、モーニングスターを装備しているようだ。


「そっちは?」

「柚子がなんとかしてくれてる!」

「そうか。スイ」


 俺の言葉と同時に、スイが隼人に殴りかかった。


「うわ、何をする!?」

「どうせ偽物でしょ。本物なら私より強いはず」


 そもそも、そっちの煙幕の壁は、隼人が戦ってる方向じゃねえだろうが。

 本人の前で変身すれば、大声で警告される。だから、別の区画に移動して視線を遮って変身したんだろうな。


「隼人ォ!」

「「「「なんだい!」」」」


 大声で呼べば、複数個所から同じ声で返事が飛んできた。

 案の定か。孤立したやつに化けて騙し討ちを狙う。ワーウルフの基本戦術だ。


「てめぇは、どこまで……!」


 ツヴァイハンダーを引きずりながら、ロボへの突進。

 あるもの全てを惜しみなく俺に投入してくる。油断も慢心もない。

 だから。


「うぉおおおおおおおおおお!」


 叫ぶ。気迫を込める!

 俺を迎え撃とうと、上段から唐竹割に振り下ろされた槍。最後の1歩を全力で加速させ、致死の刃を超えた。


 しなるを食らうがままに。意識が消し飛びそうな衝撃は、腹からえ、ただ我慢だけで耐える。


「いくよ」


 後ろから、スイの声が聞こえた。

 体をぐるりと回す。

 遠心力を乗せた刃を、ロボは槍から手を放し、しゃがんで避けた。


 だが、狙いはお前じゃねえ。


 俺の手を離れたツヴァイハンダーは、真っすぐに飛んで、偽の隼人を貫いた。

 さらに半回転。空いた両手でロボを掴まえ、ぐるりと体を入れ替える。


 スイが杖を振り下ろした。

 飛んできた火球が、ロボの背中で炎を噴き上げる。


「がぁぁぁぁっ」


 地面を転げたロボは、リザードマン戦士の姿に変身した。だが、その背中で燃える粘着質な炎は消えていない。


 そして、アヌビスの力が失われたからか、煙幕が晴れた。各所で戦っている仲間たちの姿が目に入る。


 隼人の周りには大量の狼の死体。流石だ。

 シャベルマンも大暴れしているが、その背中には地面に膝をついて息を荒げる山里をかばっていた。他のメンバーは既に倒れ伏している。


 頭から流れた血を拭う。


「熱に耐えて使い捨てるには贅沢な体だな」

「貴様も贅沢な武器の使い方をする」


 炎に炙られながらも、ロボの目に闘争心は消えていない。

 ちらりと視線を飛ばせば、体にツヴァイハンダーが刺さった狼が、よろけながら逃げる姿が見えた。

 早計だったか?


 後悔がちらりとぎる。

 腰の後ろからククリナイフを抜いた。

 ちっとばかり火力不足な感もあるが、世界樹の苗で基礎筋力が上がっている。有効打にはなるだろ。


 巨体を見上げながら、足元に潜り込む。

 的がデカくなったおかげか、スイの魔法が肩に直撃。顔面を狙ったのを、肩を上げることで防いだようだ。

 だが、燃え続ける炎は防いでも有効打に足り得る。


「……女が邪魔だ」

「させねえっつってんだろうが」


 振り回される尻尾を跳ねて回避。

 その隙を待たれていた。ロボのシンプルなアッパーカットを受け、天井までカチ上げられた。


 食いしばった歯の隙間から血が噴き出す。体中を電撃のように走る痛み。何本か骨をやられた。

 猛烈な浮遊感と、迫る地上。だが、あって当然の追撃はない。

 戦場すべてが目に入る鳥瞰。駆け寄るトウカの姿が映る。


 戦線復帰したトウカとロボの突撃が交差した。

 それぞれの体から噴き出した火炎が交錯する。


 鉄杭に貫かれたロボの拳が爆散した。同時に、トウカの外骨格までもが砕け散る。


 千載一遇の好機!


 前転ずるように着地、同時に走る。

 ダメージだらけの肉体が軋むが、そんなことに構ってる場合じゃない。


 同時に膝をついたトウカとロボ。

 焼けて剥がれた鱗。その肩口にククリナイフを叩きつけた。ざっくりと肉を断つ感触がした。


「がぁぁぁっ」


 ロボが叫ぶ。

 立ち上がりながらの変身。その姿はムシキに変わり、肩にククリがめり込んだ状態で体を起こす。

 最後の武器まで持っていかれた!


「効けえええええええええ!」


 突然の声。

 宙を飛ぶ人影が2つあった。

 柚子に抱えられるようにして、ヒルネが飛んでくる。その手には蛇の頭。


 出血性の猛毒を持つヤクルスの牙が、ククリの刺さった肩に突き立てられた。


 ハエ叩きのように、ビンタで吹っ飛ぶ2人。だが、ヤクルスの牙はしっかりと打ち込まれている。

 最高だよ、うちの仲間たちは。


「次から次に!」

「残念だったな。お前に仲間はいねえのか?」


 ロボの目が左右に動く。

 いつの間にかシャベルマンも倒れていた。

 遠くで戦っているのは隼人だけ。だが、3体のリザードマン戦士を同時に相手どり、優勢を保っている。

 そして、その他にワーウルフはもういない。


 急に戦場が小さくなったな。

 俺とスイ、ロボ。隼人とワーウルフ3体。

 互いの戦力は、たったこれだけ。


「さて、決着をつけようぜ。王様」


 ロボの肩から流れ落ちる血が、ゆっくりと床に広がっていく。


「見通しが甘かった、か」


 そう呟き、目の前でロボの姿が消えた。

 足首に鋭い痛みが走る。見下ろせば、そこには首だけの蛇。急激なサイズ変化で消えたと錯覚させられた!


 こいつ、あの状態でまだ生きていたヤクルスに変身しやがった――!?


 続けての変身。ロボの姿が狼のそれへと変化する。

 喉笛への噛みつきに、思わず仰け反った。前足で押し倒される。


「死までのカウントダウンを下賜してやろう」

「それがてめえの本来の姿か」


 至近距離で睨み合った。

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