第51話
アヌビス。
エジプト神話の神で、死と冥府を司る。だったか?
ダンジョン内には地上の神話や物語に縁を持つ存在がちらほらいるが、神とされるものまで徘徊しているなんてな。
宗教家が聞いたら白目剥くだろ。
「で、神の真似をしてみた感想はどうだ?」
「便利なものだ」
ロボの感想はそれだけ。
使えるから姿を真似た、それ以上の感想はないらしい。
「信仰心が足りねえから地上に出られねえんじゃねえか?」
「必要なものは力だけだ。それは貴様も分かっているだろう?」
俺の背後でゆっくりと空気が動きだしている。暖機運転はここまでで良いか?
「で、その力は足りたのか?」
「最後のひと雫が欲しくてな。だから貴様を待っていた。どんな前提でどんな判断を下すにせよ、貴様は余に会いに来る。世界樹の苗を持つ者同士、出会ってしまっては無視できぬ」
何から何までロボの掌の上ってか?
それもまた構わないか。今さらだ。どうであれ、向かい合ったからには力で打ち砕くと決めたんだからな。
スイが背後で小声で詠唱している。
「俺はまだ、そういうの理解できてねえんだよな。どこに行けばそんな詳しくなれるんだ? やっぱ神の1柱でも捕まえるべきか?」
「喰われる者が知識をつけても、味付けにもならぬよ」
鼻で笑うロボと俺たちの間で、火球が炸裂した。派手に黒煙を巻き上げるその中に、柚子が疾駆する。
煙幕を貫き飛び込んだ柚子を追うように、俺たちも走り出した。タイミングは合わせろ!
「煙幕か。面白い」
正面から何かが飛んでくる。小さな体。柚子だ。
素早くキャッチし、床に捨てる。自分で復活しろ、馬鹿。
煙の先には、槍を振り抜いた体勢のロボ。柚子はカウンターで殴り飛ばされたか。先走り過ぎだ。
「ひとつ、魔法を見せてやろう」
「させません。『グツ ロウ ウフィ』」
トウカの短文の詠唱。ロボの口の周りに光が集まった。
「ごく短時間、口を塞ぎます!」
これで詠唱は封じた。だが、ロボは意に介した様子もなく、槍の石突を床にコツンと当てた。
地面に黒い線が走る。それは十字に走り、広間を4分割した。
線から黒煙のカーテンのようなものが立ち上り、視界を妨げる。
ロボの口枷が割れた。本当に短時間だけの魔法のようだ。
つーか、詠唱無しで魔法使ったな、狼野郎。
自ら突進してくるロボ。
斬りかかった隼人のシミターを槍でカチ上げながら、前進しての膝蹴り。
吹き飛ばされた隼人が煙幕の先に転がっていく。
「ただの目隠しだ」
ロボは事も無げに言うが、厄介だ。
たかだか煙幕で4分割されただけなのに、ちょっと離れた仲間の動向がわからなくなる。
「ああ、そうだ」
足元に潜り込むように斬りかかった山里を上から踏みつけながら、ロボは思い出したように言う。
「貴様らが数を増やして鬱陶しそうだったのでな。この広間に兵を集めておいたのだった。かかれ!」
柱1つ1つの後ろから、のそりとモンスターが出てくる。
一見すればリザードマンのようだが、体格が違う。身長3メートル程度で、手にはシンプルな作りの槍。腰に鳥の羽のようなもので、派手な腰巻をつけている。
リザードマン種族の戦士階級か。
数が多いな……。
「じゃあ俺の仲間も返してもらおうか!」
ツヴァイハンダーでロボに斬りかかる。山里から足を放したロボは、槍をくるりと回して剣戟をいなした。
「山里! 連携して雑魚を始末しろ!」
「ぐっ……あれも雑魚じゃねえだろ!」
愚痴を言いながら、素早く転がってロボから逃れた山里が、リザードマンの方に駆けだす。
「隼人! 無事か!」
「無事だよ! 柚子も無事だ!」
煙幕の奥から声が返ってきた。
敵が複数となると、煙幕がなおうぜえな。
あまり分断はされたくない。だが、ヒルネや柚子のような遊撃に適した駒は、自由に動かしたい。
ツヴァイハンダーの半ばに左手を添え、ゆっくりとロボの側面に回り込むように足を動かす。
ロボも槍で同じ構えだ。体を俺に向けながら、視線は正面に構え続けるスイを捉えている。
「ロボ。お前さ、モンスターの癖に小賢しいってよく言われねえか?」
「人類は己の傲慢さを自省するようだが、貴様は人類には入っていないのか?」
「最近辞めたんだよ」
ああ、本当に嫌になるぜ。
なんでこうも、小さな手札でこっちが嫌になることばかり仕掛けてくるんだ。前世はカードゲーマーかよ。
ダンジョンの奥地でボスと決闘するってのに、細かい嫌がらせばかりしてくる。
俺、ロボ、スイが一直線になった瞬間、大きく踏み込んだ。
刃先は向けない。どう動かれても対応できるように、剣を横に寝かせたままの
飛んできた突きを、剣の中央で真っすぐに受け止めた。重い――!?
同時に、スイが背後から
錫杖の先端は、魔法のものだろう炎を纏っている。
俺を軽々と吹っ飛ばしたロボは、素早く反転。石突でスイの錫杖を弾いた。勢いそのまま、肘打ちでスイを突き飛ばす。
スイの表情が苦痛に歪んだ。
「スイ!」
「カバーいたします!」
トウカが素早く間に入った。
当たれば必殺のパイルバンカーを見せつけながら、空いた左手をスイに向け、詠唱を始める。
俺が飛ばされたらダメだ。
とにかく、こいつの間合いに居続けなくちゃいけねえ。
床を蹴り、ロボに向かって突きを放った。ツヴァイハンダーの重量で体が持っていかれそうになる。
「まだ慣れていないようだな」
ロボの反撃の突きを、俺も首を傾げて躱す。
そんなにコロコロと体の作りを変えても平気なお前の方がおかしい。
首の後ろでチリチリとした感覚。反射的に頭を下げれば、後頭部に熱が走った。
槍の先端付近から逆方向に、黒曜石の刃のようなものが飛び出している。魔法かよ!
足を動かし、体を振って、死の間合いを潜る。
振るう刃、時折混ぜ込む蹴り。どれも容易くいなされる。
視界の横。煙幕の向こう側から、柚子が顔を覗かせた。
タイミングを合わせれば、ワンチャンあるか?
起き上がったスイが、ロボに錫杖を向ける。
「ナガ! 大きいの行くよ!」
「おう!」
その声に反応し、ロボの注意がスイに向けられた。
――今。
「おらぁぁぁぁっ!」
大きく叫びながら派手にツヴァイハンダーを振り下ろす。速く、そして重い、無視し難い一撃。
スイが持つ錫杖の先端に光が集まる。
ロボの目が左右に揺れた。
そこに矢のように飛び込んだ柚子。
しかし。
斜めに体を躱し、俺の斬撃を避け。伸ばした足が柚子の鎖骨を砕き、槍の先端がスイの錫杖を後ろに弾いている。
3方向への同時対処。
「ぐぅぅぅっ」
痛みに悶絶し転がる柚子が、さらに蹴り飛ばされる。
「弱いな」
ロボが吐き捨てた。
「貴様は……得たものが増えて弱くなったのか?」
「なんだと」
「仲間。装備。豊かな食。新たな力。そのどれもが、貴様の面白みを無くしたのかもしれぬな」
ぎり、と奥歯を噛み締める。
自覚はある。ダンジョンの奥地で暮らしていた頃ならば。きっと、もう一歩前で戦っていた。
連携もなく、頼れる者もおらず、命を捨てて命拾いする日々は、もっと荒々しかった。
「恐れまで得たんじゃないか? だから、仲間をアテにした戦い方をする」
「何が悪い。てめえも兵隊出してんじゃねえか」
離れた場所で、山里と斧使いがリザードマン相手に戦っている。シャベルマンや槍使いの姿が見えない辺り、別の区画で戦っているのか。
一歩踏み出したトウカから距離をとるようにゆっくりと歩くロボは言う。
「弱いぞ」
「あ?」
「あらゆる困難を先頭で単身切り拓けるからこそ、ボス足り得る。貴様はただの群れの一頭だ。それならば、一匹狼の方がまだ良かったな」
好き放題言ってくれる。
いつからだ。俺があいつらを心から仲間だと思うようになったのは。
いや、違うな。そんなことは考えなくていい。
頭が冷えた。
「忘れかけてたわ。そういえば、てめえは人狼だ。ヒルネに刺されたのを覚えているから、口先で分断を図る」
優位をとってなお、細かいところで嫌がらせをし続ける。
性格終わってんな。
「大正解だ」
ロボの口の端が大きく吊り上がり、鋭い奥歯が見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます