第47話

 俺がゴリラと呼んでいたモンスターは、ムシキと呼ばれているらしい。

 森に溶け込む気があるのかと疑いたくなる、鮮やかな水色の体毛。体長は8メートルほどで、腕が異様に長い。

 あと、首が伸びる。


 理解不能だ。

 誰も理解できていないが、とにかく首が4メートルくらい伸びて嚙みついてくる。


 そんな気持ち悪すぎるゴリラことムシキだが、見物しに行ったところ、7匹のラプトルに囲まれ激しい戦いを繰り広げていた。

 普通にばったり出会ったらヤバい相手だが、この階層だと、なぜか見るたびにラプトルの群れと戦ってるんだよな。


「ナガ、どうするの?」


 お、ムシキがラプトルを掴んで振り回し始めたな。


「そりゃ、無視一択だ」

「あのラプトルの群れがワーウルフでした、なんてことはないよな……?」

「山里、流石に考えすぎだろ」


 3匹のラプトルがムシキに食らいつき、鮮血が散る。ムシキは両腕を振り回して暴れ、振り払った。


「ナガさん、ちょっと待ってください」


 そこまで見届け、別方向の探索をしようと向きを変えた俺を、ヒルネが呼び止める。


「あれ、もしかして世界樹の苗じゃないですかー?」


 振り払われたラプトルに、掴まれていた個体がハンマーのように叩きつけられた。同時に2匹がぐしゃぐしゃになる。

 暴力の化身のように暴れるムシキに、さっきつけられたはずの傷が見えない。


「純粋に再生力が高い可能性はございませんか?」


 トウカが疑問を呈する。

 だが、そんなに再生力が高かったら、この階層を俺は単身突破できていないはずなんだよな。


「僕が知っているのより、力も強そうだ」


 粘着性の火球に包まれたムシキは、首を伸ばしてラプトルの一匹を食いちぎった。

 咬合力も明らかに増している、と。

 こりゃ、世界樹の苗に寄生されているっぽいな。


「ロボとやり合う前にパワーアップの機会が得られるなら挑むか?」

「俺じゃ出来ることはないぞ」

「シャベルマンを借りる。いいな?」


 山里はそうだろうな。純粋なロングソードの戦士だと、ムシキの毛皮を突破できずに殴り殺されるのがオチだ。


「ラプトルのブレス自体は効いてるみたい。私は魔法で援護する」

「スイが固定砲台。山里たちはスイの護衛だ。俺と隼人、ヒルネで隙を作る。フィニッシャーはトウカに任せた」


 ぱぱっと作戦をまとめ、ムシキとラプトルの戦いに絡める位置に移動する。

 ラプトルが全滅するのは時間の問題だ。戦闘が終わった瞬間に、少しくらいは消耗しているムシキにぶつかっていきたい。


 全員にトウカが支援魔法をかけた。ラプトルをボスとして戦ったときと同じものだが、効果が段違いな気がする。

 こんなときにまで樹上から襲ってくるヤクルスを斬り捨て、戦闘が終わる瞬間を見計らった。


 最後の1匹になったラプトルの首が、チョップのような一撃でへし折られる。

 瞬間。バネで弾かれたように、俺たちは飛び出した。


 駆ける俺の背を追い抜くように、火球がムシキの顔面にぶち当たる。炸裂と同時、ムシキの顔面にまとわりつくように、激しく黒煙を噴き出した。

 煙幕か。シンプルながら効果が高い!


 顔をこするムシキ。がら空きの足の指に、俺と隼人の斬撃がブッ刺さる。両足の小指が飛んだ。

 それだけで500ミリのペットボトルくらいありそうなそれをキャッチし、断面を口に当てる。ずるりと細長い何かが口に入って来る感触。


「当たりだ! 世界樹の苗だ!」


 よろめいたムシキは、がくんと地面に膝をついた。そのまま首を長く伸ばす。焼け焦げたゴリラの頭が、空の上から俺たちを見下ろした。

 次の瞬間、怒りに満ちていたその顔が青ざめる。


「たぶん、弱点だよね~」


 膝をついたことで、手が届く場所に下りてきた急所。

 ムシキの股間に、ヒルネがナイフを突き立てた。


「ごぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 吠えるムシキ。その体が動く前に。


「ぽちっとな」


 ボッ! と小さな破裂音がした。ワスプナイフの高圧ガスが吹き込まれ、ムシキの急所が破裂したのだ。


 ムシキはひっくり返り、のたうち回る。


 同じオスとして同情する。想像すらしたくない痛み。だが、悪いが殺し合いなんでな。


「ナイスだ、ヒルネ!」


 こうして痛がっちゃいるが、致命的なダメージには程遠い。

 本来なら、関節部だったり太い血管を切ったりしてダメージを蓄積させるんだが、世界樹の苗が傷を塞ぐなら、あまり意味はねぇな。


 倒れたムシキの顔面に、シャベルマンが飛び掛かった。

 鼻の穴に深々とシャベルを捻じ込み、おまけとばかりに蹴り込む。ゴリラの太い指だともう取れねえな!


 噛みつきを回避し、シャベルマンは転がりながらやぶに逃げ込む。

 バトンタッチするように、俺が顔の近くに躍り出た。


「よお、やろうぜ」


 ムシキが俺に伸ばした手の指を、バットのように振るったツヴァイハンダ―で弾いて流す!

 嫌がるように体を転がして立ち上がったところで、再び顔面に火球が炸裂。良いところに入ったのか、ムシキは目を押さえて吠えた。


「図体がデカかろうが、力が強かろうが、ロボと比べりゃだいぶ楽だなおい」


 駆け寄っての縦一閃。ツヴァイハンダーの切っ先が、塞がっただけの股間の傷を抉る。

 さらに隼人の斬撃が、アキレス腱を綺麗に切断した。


 再度地面に転がされたムシキ。その眼前にいたのは。


「お待ちしておりました」


 トウカの背後に炎が噴き出す。

 ガコン。工事現場でしか聞かない、鈍く大きな音がした。

 ムシキの頭部が、文字通り消し飛んだ。ばちばちと飛び散る肉片の真ん中に、ランスのように伸びた鉄の杭を構えるトウカが立っている。


「おお、一撃」


 なんつー火力だよ。

 ゆっくりと筒に収納されていく杭。どうやら連発は出来ないようだが、そんなことはどうでもいいくらい破壊力があるな。


「上位の探索者は全パーティー採用したいくらいのパワーだね」


 流石の隼人も苦笑いしている。


 頭部を破壊されたムシキは、体をびくびくと痙攣けいれんさせるばかりで、再生する様子もない。


「あー、じゃあまあ、食うか?」

「一人で食べなよ」


 スイの言葉に全員が頷く。

 俺だって変な寄生虫いるもん、皆に食わせたりしねえよ。


「とりあえず、サンプルには隼人が斬り飛ばした方の足指で十分か」


 俺がそう言うと、保存シートにくるんだそれをシャベルマンが持っていた。いつの間に。


 やるべきことは済んでいるようだ。

 ムシキのうなじを削り、脊柱せきちゅうを露出させる。関節部に切り込みを入れると、意を決して食らいついた。


「んんんん!?」


 今まで感じたことのない量の、世界樹の苗が口の中に殺到する。

 小さなものが大量に、自ら口に入り込んで来る未知の感覚。こみ上げてくる吐き気を気合で抑えた。


 数秒間だったのか、数十秒間だったのか。曖昧な時間間隔の中、ようやくそれは終わった。

 血なまぐさい死体から口を放す。


「おえ」

「ナガ。何か変わった?」

「わかんねえ……」


 手放していたツヴァイハンダーを拾う。


「軽い?」


 妙な手応え。

 試しに片手で振ってみれば、まるで竹の棒のようにやすやすと扱える。


「なんだこれ」


 力が増している?

 体重はさして変わらないのか、重さに体が引っ張られる感覚こそある。だが、これまででは考えられないほど、肉体の出力が上がっている。


「そう。ついに、人間やめたんだね」


 スイが溜息をついた。やめろよ。

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