第48話

 地下35層を抜け、36層へ。

 斥候であり、かつ前衛を張れる俺の出力が大幅に上がったことで、探索は一気に加速した。


 ぱっぱと遊撃に出て、さっさと倒して戻って来る。なんてことが出来るようになったからな。

 この辺りの階層なら知識面で隼人がカバーして、危険そうなものはヒルネが発見する、という形でパーティー全体の対応力も上がっている。


 先行してハヌマーンの眷属を倒し、パーティーのところに戻る。なにやらワイワイと楽しそうだ。


「おう、どうした?」

「なんかブロッコリー生えてる」


 スイが指さした先には、俺くらいの高さのブロッコリーが生えていた。

 普通のブロッコリーは真っすぐに伸びた細長い草の先端が、よく食べるつぼみの部分になっている。だが、このダンジョンブロッコリーは、まるで低木のように、蕾の部分だけでそびえ立っていた。


「あー。これが例の解毒薬になる草だわ」

「これが!?」

「マジで野菜食ってなかったから、食べた方が良いんじゃないかと思って食ったんだよな。そしたら、毒の出血が止まったから、なんか効果はあると思うぞ」

「ふーん」


 トウカがブロッコリーをひと房もぎ取って、ドローンに積む。


「何か新薬の開発に役立つかもしれませんし、持っていきましょう。出血毒と心臓の痛みという話ですから、もしかすると、血液を凝固させやすくする働きがあるかもしれませんね」

「あーーー」


 俺らは納得と感嘆の合いの子みたいな声をあげた。

 出血毒の中には、血液が固まる作用を妨害して、出血させ続けるものもあるからな。それを無理やり固めて治す、と。

 で、副作用は血栓ができて、血管が詰まったり破裂するっつーことか。

 こいつの方が猛毒なんじゃないか?


「あ、と。永野さん。柚子から連絡が来てたよ」


 隼人がスマートウォッチを見せながら言う。


「どうやらワーウルフの追跡を開始したみたいだね」

「無事に見つけ出せたか」

「上層の探索者が監視を続けてくれていたみたいだ」

「頼りになる奴らだ」


 向こうはロボの本隊まで最短ルートで移動できる。そう考えると、俺たちも少し急ぐか?


「この辺もロボの痕跡ねえし、階段探してくるわ」


 簡単に見つかるだろうな、という不思議な確信があった。

 水色ゴリラのムシキから世界樹の苗を取り込んでから、なんとなく気配を感じる。

 世界樹そのものが、ダンジョンの奥底で待っているのかもしれねえな。


 俺に早く自分のもとに辿り着けと言わんばかりに、階段の位置を教えてくれているような気がする。


 あんまり、取り込みすぎるものじゃねえかもな。

 いや。もはや手遅れなのかもしれない。

 今更捨てることもできない。どのみち、ロボとの戦には必要な力だ。


 1時間もかからない強行偵察で、あっさりと階段は見つかった。見つかってしまった。



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 地下39層までは簡単だった。かつての俺からすれば、考えられないスピード感だ。

 俺自身の強化という部分も大きいが、その他のメンバーが足手まといになることもない。

 人数が増え、組み合わせの幅が広がったことで、それぞれが役割を果たしやすくなっているのかもしれねえな。


 そして、地下40層。

 この階層から環境が無茶苦茶になる。思わず科学の敗北を感じてしまうような状態だな。


 まず、1つの階層の中に無数の地形が存在するようになる。

 俺たちの現在地が、巨大な岩の柱の上。地球だとテーブルマウンテンと呼ばれていたような地形だな。

 野球場くらいの面積があり、垂直な岩壁の高さは400メートルくらいあるだろう。


 ひんやりと冷え込み、薄く霧がかかっている。

 足元を見れば、おびただしい数の六角形の岩で構成されているようだ。

 なんつったか。柱状節理だったか。火山岩が冷えて固まるときに、こんな風に亀裂が走るらしい。

 そんな岩の溝から、小さな植物がちらほらと顔を覗かせている。


「下は……ジャングル?」


 スイが岩に這いつくばるようにして、遠い地上を覗き込む。


「あ、そっちはジャングルなんだ! 反対側は砂漠だったよ!」


 偵察に出ていたヒルネが戻って来た。

 まったいらな地形で偵察もなにもないが、視界が悪いからな。


「これどうしたもんかね。次の階段は下みたいだが。一回戻って別の階段を探すのが早いか?」


 どこから来た水なのやら。岩壁の途中には、ところどころに噴き出す滝が見える。

 万が一降りている最中に水に触れようものなら、あっという間に弾き飛ばされるだろうな。


「ドローンに掴まって降りる方法もございますが、私を支え切れるかが怪しいですね……」

「あー、まあ、物資もあれば採取したものも積んでるしな」


 トウカの言葉にお茶を濁しながら答えた。


「それやると、危ないかも」


 スイが見ている方向では、隼人がモーニングスターを振り回し、プテラノドンのようなモンスターを叩き落している。

 飛行型のモンスターまで出てくるとなりゃ、安全に降りるのは厳しそうだな。

 山里がとても嫌そうな顔をしながら、ロングソードを抜く。


「危険な降下作戦って、1人2人は落とされるのがお決まりってもんだろ。俺はそういう役回りだってわかってんだよ」


 こちらにも飛んできた翼竜の羽を的確に切り裂き、迎撃する。

 腕は良いんだが、言っていることになぜだか納得してしまう。


「お前、ゾンビ映画なら確実に死ぬタイプだよな」

「やめてくれ。ゾンビ映画よりハードなリアルに遭遇している最中だ」


 逆にこいつ、地上にいたら人狼ゲームで死んでそうだな。こっちに来て良かったじゃねえか。


「しかし、どんどん霧が濃くなるな……」


 じわじわと白くなっていく視界。

 ぎゃあぎゃあと騒いでいた翼竜たちも、いつの間にか遠ざかっている。

 隼人が戻ってきて合流した。


「なんだい? これ」

「特に害はなかったはずだ。もうちょい下の階層で見たことがある」


 隣に立つスイの姿すら見えなくなるほど霧が濃くなった。そのとき。

 ゆるりと風が吹いた。

 押し流され、消える霧の中から、巨大な影が姿を現す。


 全長50メートルはありそうな、巨大な竜。

 黄金に輝く鱗。太い4本の足でがっしりと地面を掴み、威嚇するように翼を広げる。

 額と顎に2本ずつのねじくれた角が生えており、凶悪な牙が並ぶ口元には、赤い炎がちらついている。


「ふぁ、ファフニール……」


 山里が呆然とした表情で呟いた。

 これ、既に発見されたことのあるモンスターだったんだな。


「死んだね」


 隼人はそんなことを言いながら、モーニングスターを回し始める。


「落ち着け。幻みたいなもんだ。実体はねえよ」


 やる気満々でパイルバンカーを構えているトウカの腕に触れ、下ろさせた。


「え、え?」

「俺はしんって呼んでる。要は、蜃気楼しんきろう を見せるモンスターが出した幻なんだよ。どっちかっつーとホログラムって言うのが正解かもしれねえな」


 ファフニールと呼ばれた巨竜の足元に無造作に歩いていき、地面を探す。

 案の定、ファフニールは攻撃するような仕草こそしてくるものの、直接当ててこない。脅かすような動きばかりで、おかしなことになっている。


「あった、これだ」


 岩の割れ目に挟まっている、てのひらサイズの大きな二枚貝を取り出した。

 よく見たら大量に落ちてんな。色が岩と保護色になってるから気づかなかった。


 ぽこぽこと岩から抜いていく。ちょっとだけ楽しい。

 俺が定位置から外したせいか、ファフニールの幻影は姿を大きくゆがませ、崩壊した。


「な?」

「な、って……。これ、ハマグリみたいだね」

「味もほぼハマグリだったな」


 本当はナイフとかで開くんだろうが、力任せにバリっと剥がす。中身の見た目もほぼハマグリだ。


「びっくりした~」


 ヒルネも一緒に蜃を剥く。


「あれ? なんかこれ、ちっちゃい竜入ってません?」


 ヒルネが持っているのは、特に大ぶりな貝だ。

 開かれた中を覗くと、貝紐のような部分の先に、竜のような頭部がある。

 トウカがヒルネからそれを受け取り、まじまじと眺めてから返した。


「この貝が成長すると竜になるのかもしれませんね。もしかすると、竜の卵のような姿なのかもしれません」

「なるほど~」


 竜の卵か。そりゃいいな。


「じゃあ、喰うか」

「えぇ……」


 どのルートをとるにせよ、しばらく飯を食う時間はない。

 食えるときにしっかり食っておかねえとな。

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