第46話

 それから2日後。俺たちは地下34層を探索していた。


「コメントに反応あり!」


 山里のパーティーの斧使いが声を上げる。

 やっと姿を見せたか。ドローンを確認すれば、ほとんど同じ文面が洪水のように流れていた。



:19番カメラ!

:19番

:19

:19!

:18!

:19!

:18にも映ってる!

:19来てる!

:4だよ

:19で合ってる!

:18番確認して!



 すぐに配信を確認。

 カメラにははっきりと、草原を疾走するラプトルの姿が映っている。2頭ってところか。2頭のラプトルは階段の手前で狼の姿になり、するりと狭い空間に入っていった。


「間違いない。ワーウルフだな。19ってどこだ」


 マップで確認すると、地下29層の階段に仕掛けたカメラだった。

 18番の方には、地下30層から出てきた姿が一瞬だけ映っていたようだ。


「28層のやつら、注意しろよ。無理して戦うな」


 それにしても2頭か。

 戦うための規模ではなさそうだな。偵察か伝令か?



多摩支部:こちらでもコボルトの集団を発見しました。



 タイミングよく、支部長えまちゃんから連絡が入った。

 地下3層。それも地上出入口とは離れた位置で、50からなるコボルトの集団を発見したらしい。


 時間にも物資にも限りのある探索者は、わざわざ浅い階層を、階段から離れた位置までうろついたりしない。さっさと下の階層に移動する。

 そんな単純な心理をついて隠された戦力だった。



:ラプトル2頭、俺らの階段に向かってるくさいな。倒していいのか?



 入ったコメントは、階段の監視をしてくれている3級探索者からだ。


「いや、まだ殺すな。監視できる限り、監視を続けろ」



:了解。階段から一度出て距離を取らせてもらう



「そうしてくれ」

「次々と動きが入ってくるね」

「ああ。分析するにも専用のチームが欲しいくらいだ」



多摩支部:コボルトの群れから、伝令らしきものが下の階層に向かいました。2頭が5組です。



「狼たちは情報交換をしているのでしょうか?」

「じゃないと組織的に動くのは無理じゃない?」


 トウカの疑問にスイが言う。


「では、伝令は阻止するべきでしょうか?」

「上から下への情報の流れは追いたい。重要な情報は必ずロボのところに集まるはずだ」


 コボルトたちも発見されたことをロボに伝えたいだろうしな。

 コボルトだけで俺らのいる階層を突破するのは、おそらく無理だ。

 情報を駅伝のようにワーウルフに受け渡すのかもしれねえな。現状ワーウルフもコボルトも、両方追えている。


 これは、ロボに対して情報アドバンテージをとったか?


「29層以下のワーウルフの動きを特定したいところだね」

「別動隊?」


 鬼翔院の2人がそんなことを言う。

 確かに魅力的な提案ではあるんだよな。だが。


「ロボとて完全に1人でいるわけじゃねえだろ。人数を欠いて、本番での衝撃力が足りなくなったら死ぬぞ」

「死ぬのは弱い奴だけ」

「じゃあお前だけだな」


 ほなええか、とはならねえんだよな。

 だが捕捉できないことは話にならねえ。


「いっそ全員で追跡しましょうかー?」

「ラプトルがどれくらい鋭敏な感覚を持ってるかは知らんが、流石に厳しいだろ」


 特にトウカなんて絶対にバレるぞ。


「もういい。話す時間も無駄。私が追跡する。それなら合流も出来る」


 この中で誰よりも機動力の高い柚子がそう言った。危険な役回りでもあるが、まあ良いか。


「じゃあ任せた」


 柚子の戦力としての本質は、戦闘力そのものじゃない。必要なときに必要な場所に送り込めるところだ。


「上にいる探索者たちと連携して、敵の伝令と思われるワーウルフを追跡。その間に俺たち本隊は、ロボに見つからないよう下層を目指す」

「軽々しく言うが、どっちもきっついぞ」


 山里が弱音を吐いた。

 現在地が地下34層。この先は「冒険領域」の地下35層だ。

 あらゆる国の軍や探索者に類する者たちが、この先に拠点を作ることは出来ないと判断した地。


 出てくるモンスターの種類も飛躍的に増え、複数種類のモンスターに同時に襲われることだってある。

 また、野生的な環境で見通しが悪く、階段を発見する難易度が跳ね上がるため、1層あたりにかかる時間も激増するのだ。


「やるだけやるしかねえ。それに、逆にここからの層は俺にとっての縄張りだ」



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 地下35層に足を踏み入れた。

 じっとりと空気が湿り気を帯びる。

 今まで通り過ぎてきたダンジョンの環境は、高緯度地域のような、さっぱりと乾燥した過ごしやすいものだったが、ここから急に熱帯の気配をまとうようになる。


 高木にツタ系の植物がまきつき、所々に垂れ下がる。いたるところに見られる倒木は、表面に無数の小さなキノコを生やしていた。


「敵襲! 階段に下がれ!」


 飛び出してきた小さな影に向かい、ツヴァイハンダーを振る。

 真っ二つになって叩き落されたのは、尾の長いサルだ。全身が鮮やかな金色の毛に覆われている。


「ハヌマーンの眷属だね」


 俺が斬り捨てた死体をシミターでつつきながら、隼人が言った。


「こいつ、そんな名前だったのか」


 ダンジョンに閉じ込められていたときは、こんな階層にまで来ると思っていなかったのもあって、モンスターの名前は自分で勝手につけて呼んでいた。


「で、1匹見たら30匹はいると思えってな」


 樹上を見上げれば、光を遮る樹冠じゅかんの中に、爛々と光る眼が複数。俺と隼人目掛けて、一斉に飛び掛かって来た。

 この、階段から出た瞬間の襲撃。懐かしさを感じるねえ。


『ファーマル セ モ フェシリ』


 トウカの詠唱が聞こえた。小さな光の粒子が集まり、大きな傘のように壁を形成して、俺たちを囲む。触れたサルたちが次々に跳ね返された。

 不意にぶつかったことで、体をしたたかに打ったサルたちに、蛇のようにヒルネが這い寄る。


 数匹が殺されて恐れをなしたのか、サルの群れは木々の間を跳ねながら、一斉に逃げていった。


「意外と呆気ないな」


 山里が舐めたことを言う。


「勘違いしない方がいいよ。この階層からは、本当に色んなモンスターが入り混じるんだからね」


 流石に隼人は深層を探索しているだけある。


「こんな風に、ね!」


 シミターが近くに垂れていたツタを切断した。断面から真っ赤な鮮血が噴き出すと、ずるりとツタ全体が落ちてくる。

 長さ10メートルはありそうなそれは、地面でビチビチとのたうち回った。


「……蛇、か?」

「ヤクルス。樹上から襲ってくるよ」


 槍の蛇か。

 ツタや樹冠にまぎれ込んでいて、下を通った獲物に牙を突き立てるように降って来る。

 昔にかすったことがあるが、出血性の猛毒持ってるんだよな。小さな傷口からずっと血が流れ続けて、死を覚悟した。じわじわと体が衰弱していく恐怖は今でも忘れられない。


「こいつの毒、次の階層に生えてる草で解毒できるんだよな」

「初めて聞いたよ、それ」

「それで助かったことあるんだが、その解毒剤の副作用で今度は心臓がクソ痛くなる」

「でも下に進めば、とりあえずは助かるんだ」

「その副作用は、さらに下の階層の泉で治せるんだよな」

「どんどん下に誘い込まれてないかい?」


 そうなんだよな。

 思うに、ダンジョンは人を下の階層へと追い込もうとする。それにいいように乗せられたのが俺だ。

 やっぱダンジョンには何か目的や意思のようなものがあるのかもしれねえ。


「ナガ、使えそうだし持っていく?」


 スイがヤクルスの頭部を俺に見せた。首だけになってなお、大きな口を開閉している。すげえ生命力だな。


「そうだな。一応持っていくか」


 スイは躊躇ちゅうちょなく、俺のドローンに積んだ。おい。

 そのとき。


 ドォォォォン……。


 激しい衝突の音。遅れて、大量の木がめりめりと倒される音がした。

 正体には見当がつく。この階層はマジで面倒くさかった。


「備えろよ。この階層は、ラプトルとゴリラが争う魔境だ」


 遠くから機関砲のように激しいドラミングの音がした。

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