第45話

 チリコンカンもどきを食べ終え、皆で一息つく。


「うう、美味しかった……」

「この勢いでエルフまで食べたんですかね……」


 スイとトウカがげんなりした表情を浮かべた。ヒルネは食べるのが遅いようで、1人だけもっもっと口を膨らませている。


「オークも食えるもんだな」


 山里がそう言いながら、槍使いと食器を集めて洗い物を始めた。本当に気が回るな。


 途中から物欲しそうな目で見ていた柚子には一口もやっていない。

 要らないと言ったからには、こっちから「やっぱり食うか?」なんて訊いてやる道理もないからな。携帯食料を食ってろ。


 後片付けを済ませ、全員立ち上がった。

 適当にポジションを交代しながら、オークやゴブリンを蹴散らして進む。発見した複数の階段にカメラを設置した頃にはだいぶ日が傾いていた。


 階段の1つを陣取り、周辺の警戒をする。安全を確保してから、野営の準備を整えた。


 焚火を囲みながら、今後の方針の話をする。


「この辺りの階層からは、食料の資源が豊富だ。正直、戦闘力の低いコボルトだのライカンスロープだのは、この階層で待機させてると思ってたが、影も形もないな」


「私が偵察した限りだと、痕跡すら見つかりませんでしたねー」

「もっと下の階層で全軍集結してるとか?」

「可能性はあるね」


 ヒルネ、スイ、隼人が話す。


「全軍集結させたら、竜種が突っ込んできたときに、止める前に大量のコボルトが死にそうなんだが」

「確かにな」


 山里の言葉に皆が頷いた。

 ワーウルフ側が竜種に変身していたとしても、そいつらが戦っている足元で、大量の犠牲が出ることは間違いない。

 ロボの価値観は知らねえが、あいつは兵の無駄死には好まない気もする。


「深層には少数精鋭。この辺りか、もっと浅いところに雑魚がいる。そう仮定するべき」


 柚子の言葉に賛成だ。

 となると、その浅い場所の候補がどこかって話だ。

 浅めの層にもコボルトやゴブリンがいるっつーことは、何かしらの食料を得る方法があるんだろうが。


「あくまで憶測になりますが……」


 トウカが慎重な口ぶりで言う。


「なんだ?」

「浅い層でドワーフが壁を叩いておりましたが、あれは、スライムを捕食するための行動ではありませんか?」

「あ」


 いや驚いた。

 ドワーフが工具で壁を叩いている理由なんて、なんか名前らしくダンジョンの工事でもしているのかと思っていた。

 だが、ドワーフとて生物タイプのモンスターだ。何かしら食っているはずなのだ。


「浅い層でも食物連鎖があるっつーことかよ」

「スライムやドワーフ、フレッシュゴーレムなんかも餌としてカウント出来るだろうね」


 そうだな。フレッシュゴーレムがいたな。悪食であれば、あんなのだって餌になるだろう。俺と隼人は頷き合った。


「浅い層のコボルトが、ロボの配下のコボルトになってるってこと?」

「そうだな。そう仮定したいところだが、確認するすべがねえ」


 スイの質問にそう答えると、山里のパーティーの斧使いが手を挙げた。こいつはドローンのコメントの確認を頻繁ひんぱんにやってくれている。


「視聴者の中で、ランクの低い探索者がいたら、戦わずに個体数の確認だけしてもらうのはどうでしょう?」

「万が一アホみてえな数のコボルトがいたら、死人が出るぞ」


 世界の危機だ、立ち上がれ!

 みてえなノリで扇動して、もともと戦うつもりが無かったやつをその気にさせ、死地に送り込む。なんてことはやりたくねえな。


「配信見てるやつら、ダンジョンに来んなよ。自分より足の速い獣が、次から次に飛び掛かって来る。それをさばきながら撤退が出来んなら、とっくに中層まで来れんだからな」


 斧使いは項垂うなだれた。発想自体は悪くないが、もう一捻り必要なんだよな。

 軍勢規模のコボルトと遭遇しても、撤退が可能なくらいの実力がある人間か組織が要る。もしくは、トウカみたいに装備の力でゴリゴリに固めるとかな。


「手が足りねえか?」



多摩支部:どのようなサポートが必要ですか?



 もう夜だというのに、支部長えまちゃんからコメントだ。


「浅い層にコボルトとライカンスロープの軍勢が隠れてねえか捜索して欲しいんだが、万が一軍勢とカチ合ったときに、対処する方法が浮かばねえ」



多摩支部:現在地下1層に、陸上自衛隊が広範に展開しております。階段まで即座に撤退出来る程度の実力があれば、十分かと思います。



「それが難しいんじゃねえか」


 短距離といっても、やってることは戦いながらの後ろ歩きだからな。よほどの実力が必要だぞ。



多摩支部:私が出ます。



 送られてきたのは端的な一文だった。



:は!?

:えええええ、マジ!?

:うせやろ!?

:支部長が出るのか!?



 コメント欄が一気に阿鼻叫喚の渦に叩き込まれた。

 俺自身も混乱している。支部長えまちゃん本人がダンジョンに潜るってことか? マジ? 意味がわからねえ。


「支部長の小坂こさかさんは、元2級探索者だよ」


 隼人がそんなことを言い出した。嘘だろおい。


「私のやり方の先駆け」


 柚子も頷く。っつーことはアレか。風でロケットみたいに加速して突っ込む戦闘スタイルってことかよ。

 なんでそんな人間が、現場リタイアして支部長なんかやってんだよ。


 俺は知っていたか、という意味を込めて他のやつらの顔を見るが、全員が当然という表情をしていた。知らなかったのは俺だけのようだ。



多摩支部:現役を離れて久しいですが、偵察と撤退くらいであれば、十分に可能です。準備出来次第ダンジョンに潜ります。マップ共有の申請をしておきますので、承認してください。



 もう今夜のうちに潜るらしい。何かと行動の早い人だと思っていたが、元探索者だったとはな。

 これで、上層階の捜索という課題はなくなった。


「そしたら俺たちは支部長えまちゃんからの報告を待ちつつ、ロボを探しながら深層に行くか。この階層で気配が無えことからして、ロボが残した痕跡は罠っつーより、俺たちの目を下に向けるためのものだったかもしれねえな」


 地上での大暴れや俺に対する襲撃なども、ロボ単体に対する警戒度を上げさせる為の行動だとすれば、よく考えられている。

 完全に思惑に乗せられちまったかもしれねえが、それごと破壊してやればいいさ。


 手の込んだ仕掛けほど、力尽ちからずくで打ち破られたときに脆いのだから。

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