第44話
オークの知能は低い。やること成すこと単純だ。戦い方もそう。
奴らにとっての必勝パターンと思い込んでいるものを押し付けてくる。
木立の間からぞろぞろと出てきたオーク達。総数は6ってところか。
全員ががばりと両手を広げ、ゆっくりと歩み寄って来た。
距離が開いていれば、全力ダッシュで突進。距離が近ければ、両手を広げて抱き着きに来る。
抱き着かれたら終わりだ。脂肪の下にあるデカい筋肉でガッチリ締め上げ、近くにある木などに突進して叩きつけられる。
ゼロ距離での組打ちは、
保身無き、耐久任せの肉弾戦。それがオークの神髄だ。
「やれるか?」
尋ねてみれば、迷いなくシャベルマンは頷いた。
俺とシャベルマンが同時に走り出す。
知ってんだよ。
ゆっくり歩くのは、獲物を確実に捕まえるためでもある。だが、その本質は、相手の迎撃の威力を下げるためなんだろ。
全力疾走から、体そのものを1本の槍のようにし、オークの心臓目掛けてツヴァイハンダーを突き刺した。
「おらぁっ!」
ずぶりと沈んだ切っ先は、間違いなく心臓に達している。
「ごぉぉぉぉぉぉぉぉっ」
なのに、オークは吠える。みちっと筋肉が脂肪を押し上げて膨らみ、ツヴァイハンダーを締め上げた。武器を取られたな。
「お前らの生命力はなぁ、百も承知なんだよ!」
オークの胸に深く刺さったツヴァイハンダーを右手で掴み、左手でオークの手首を握る。そのまま踏み込みながら、全力で持ち上げた。
まるで胸倉を掴まれたかのように、オークの体が浮く。左手をすかさず引いて、オークを地面に叩きつけた。変則的すぎるが、柔道の
衝撃で心臓が破けたか、オークはぐるりと白目を剥いた。
力の抜けた死体から、ツヴァイハンダーをずるりと引き抜く。
「次だ」
仲間を殺されても、オークは決して怯まない。構わずに同じ戦術で突っ込んで来る。
シャベルマンをちらりと見れば、両手のシャベルを逆手に持って、オークの両肩を突き刺していた。まるでナイフみたいな持ち方で、不釣り合いな感じがする。
刺している場所は、鎖骨と上腕骨の間ドンピシャ。関節を破壊されたオークは苦しそうに吠えている。あんな場所に刺されちゃ、筋肉を締めて挟むことすら出来ない。
引き抜いたシャベルを今度は足の甲に突き刺し、最後に首筋に叩きつけ、大出血を
的確に相手の肉体を破壊してやがる。本当に器用に戦うな。
負けてたまるか。ツヴァイハンダーの柄の端を持ち、最大限の回転を加え、切っ先でオークの首を打つ。首の中ほどまで切り裂いた刃が、がつりと骨を砕いた。
残りのオークも一気に殲滅し、一息ついた。ツヴァイハンダーは脂でべとべとだ。
仲間の方を振り返り、ドヤ顔を見せる。柚子が頬を膨らませた。
「おいおい山里。お前んところ、シャベルマンが一番強いんじゃねえか?」
「実はそうなんだよな」
山里はあっけらかんとした様子で答える。なんだこいつ。
「お前がリーダーじゃねえのかよ」
「あいつがリーダーの気質なら、あいつがリーダーだったよ」
張本人はシャベルについた脂が気になるのか、一生懸命オークに擦り付けている。マイペースなんだろうな。俺も納得して頷いた。
「ナガさーん、割と近くにオーク4匹の群れいましたー!」
偵察に出ていたらしいヒルネが戻ってきて、声をかけてくる。
まだ近くに群れがいたのか。
「そしたら飯にすっか」
「なんで!?」
「水場は近くにあったか?」
「ありましたけど、なんで!?」
「なんでも何も、近くにオークがいるならワーウルフはいないってことじゃねえか。ワーウルフが近くにいるんなら、餌として狩られてるだろうからな」
「あ、確かにそうですね」
いるモンスターを見れば、いないモンスターだってわかる。こういう経験の積み重ねで、ヒルネも上手くなっていくことだろう。
「誰か殺ってきてくれねえか?」
「じゃあ行ってくるよ」
「私も行きますね」
スイとトウカが、ヒルネの案内で離れていった。
つーか、トウカみたいな見るからにパワーありそうな相手に、オークはどう動くんだろうな。何をしたところでパイルバンカーの
残った俺たちはマップを確認し、合流用のピンを打った。
この階層辺りからは、マップ自体に空白が多い。俺たちの誰かが通った場所――正確にはドローンが通った場所がマップに追加されていく。
ドローンが撮影した映像が協会に送られ、AIで分析して地形情報を作成、各探索者のマップに反映されるって感じだな。
ヒルネが偵察した範囲が一目でわかる。短時間ながら、結構な広範囲を動いていた。身軽さを活かした、斥候らしい活躍だ。
「それ、何」
柚子から声がかかる。
「何ってオークの死体だが」
「見ればわかる。なんの為にドローンに積んでいるのか訊いている」
「そりゃ、食う為だろ。長期戦になるかもしれねえんだから、持ち込みの食料は節約するべきだ」
柚子は嫌そうに舌を出した。
「私は食べない」
「もとからお前の分はねえよ」
食いたがるなら分けてやったが、本人が嫌がってるなら無理して食わなくていい。その代わり、後から食料が足りなくなっても分けてやらねえ。
「それ、俺らも食うのか?」
「山里は強制だぞ?」
「えぇ……」
「僕も頂いていいかな」
「いいぞ」
なぜか隼人は乗り気だ。なんかこいつ、やけに俺への好感度が高いんだよな。
俺はオーク1体だけドローンに積んで、川辺に移動した。
調理には山里たちにワーウルフ煮込みを食わせたときの鍋を使う。皮ごと切り出した肉を鍋に入れ、綺麗なせせらぎにドボンすると、血がにじんで水が赤くなった。
その間に拾ってきた枝で火起こしだ。
水が綺麗になったら血抜き完了とみて、引き上げた。鍋を火にかけ、適当に脂身をぶち込んでオイルをとる。
肉は切り分けた状態から皮を剥がせばやりやすい。普通の獣と違って、ロクに毛皮がないからこそ出来るやり方だな。
今回はちゃんと持ってきたまな板と、相変わらずの100均包丁で、肉を荒いみじん切りにする。
にんにく、しょうが、みじん切りにした玉ねぎを炒め、そこにオークひき肉を投入。焼き色がつくまで火を通せば、豚肉そっくりの良い匂いがした。
ケチャップ、ソース、クミン、ローリエ、塩コショウ。トマト缶に豆の水煮缶もぶち込んで、最後にチリパウダーをぶち込んだら、後は煮えるの待ちだ。
なんか静かだなと思っていたら、全員がぐつぐつ揺れる鍋をじっと見つめていた。誰かしら周辺警戒しろよ。
「それはなんだい?」
「なんちゃってチリコンカンだな。ほら、西部劇でよく食ってるやつ」
「あー、わかるようなわからないような……」
「最近の子どころか、俺の世代でも西部劇見たことある奴は少ねえからな」
要するに、ひき肉と豆を、トマト使って辛く煮ましたって料理だ。
「ナガさーん、結構広範囲に良い匂いさせてますよー」
「めっちゃ美味しそう! なにそれ?」
スイ達も戻って来たようだ。トウカのパイルバンカーの先端がぬらぬらしている。
「オーク煮込んだやつだ。煮えるまでもう少し待て」
「んんんんんん、亜人系はやめない?」
「やめる理由がねえだろ。人じゃねえんだぞ。木の実とモンスターを食って生きてるだけのモンスターだ」
「んんんんんんんん」
スイの眉間の
煮えたチリコンカンをシェラカップに盛ると、スイの喉がごくりと上下に動いた。
「……食べるか?」
口に入れる前からわかる、強烈な旨味を予想させる香り。スイは目を閉じながら言った。
「……食べる」
俺は自分でもわかるくらい、にちゃりと口元を歪めた。
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