第43話

 見えている罠に飛び込むのは好きじゃないが、他に選択肢がねえんだよな。

 それに、ロボ側がどこまで見えているのかわからないってのと、どこまで考えての罠なのかもわからない。


「あえて痕跡を残すってことは、追跡させたいってとこまでは確定だな。で、ここから2掛ける2の4パターンを考えなくちゃいけねえ。まず、その追跡者が俺たち……、つーか俺だと考えているのか。それと、待っている罠が物理的なものなのか、だな」


 追跡者を俺だと考えている場合、ロボの目的は世界樹の苗を喰らうことにある。

 俺の死体を確実に食うためには、強力な捕食者がいるダンジョン深層は避けて、この辺りの中層で仕掛けてくるはずだ。


 逆にそうでないなら、人間にとっても過酷な環境である深層に誘導するかもしれない。


 で、物理的な罠なら、こちらはルート変更や偵察の密度を上げることで対処できる。

 逆に俺たちを撒くだとか、集団で袋叩きにするのが目的だと、思惑をかわすのが難しくなる。


「ロボ本人が出てくんなら、罠とわかって食らいに行くんだがなぁ」


 あごをさすれば、ふわふわとしたひげの感触がある。ダンジョンから出たときに剃ったんだが、伸びている期間が長すぎて、落ち着かなかったんだよな。

 山里が難しい顔をしながら言う。


「相手の戦力が見えてないってのがな。竜種の群れに囲まれる、なんてことになったら最悪だぞ?」

「デカブツが入ってこれねえように、階段を起点に行動するしかねえな」


 俺たちは所詮、広大なダンジョンの中では点で動いている駒に過ぎない。

 敵を補足するためには、残された痕跡は重要な情報源だが、それが罠となると、一気に動きが難しくなる。


 せめて、点が線になってくれりゃいいんだが……。


「これはもしや、出番ですかな~?」


 ヒルネが自分のドローンを引き寄せ、コンテナのふたを開いた。


「なんだ?」

「じゃじゃーん。配信用の、定点カメラでっす!」


 取り出したのは、3脚とアンテナ、バッテリーがついた小型のカメラだ。


「私の配信画面を分割画面にして、定点カメラの映像を流します! ワーウルフっぽいのが映ったら、視聴者さんに教えてもらえば良いんじゃないかなーって。どうです?」


「お前、天才か?」


 俺は自分の配信の同時接続数を確認する。1万6000人ほど。これが配信者として多いのか少ないのかは知らねえが、監視の頭数としちゃ十分だ。



:お、こっち見た

:頼んだぞ北京原人!

:警報で引きこもり中の俺に任せろ



 なるほどな。地上のワーウルフを警戒して家にいるやつが多いから、1万人以上が覗きにきてんのか。


「これ、マップにピンとか打てんのか?」

「打てるよ」

「可能ならカメラの視野の方向まで入れたいが……」

「そこまでは無理だね」

「つっかえねーな」


 現代技術そんなもんかよ。しょーもな。


「ピンで3角形を作れば良いだろ。俺がやっておく」


 山里の提案に頷いた。気が利く野郎だ。

 今話している階段の前に1つ設置し、ヒルネが設定を行う。視野の方向を測り、山里が二等辺三角形の形にピンを打ったマップ情報を共有してきた。


「おう、出来たみたいだな。お前らカメラ映像は見えてるか」



:見えてるよ!

:2窓必須か、これ

:少しでも気づきやすいように、全配信同時視聴するわ。全員の配信にコメ送ったる

:↑鬼翔院きしょういんの配信、有料メンバーシップ入ってないとコメント出来ないぞ

:非常時やぞ、メン限はずせ



 ヒルネがカメラに割り振った番号までマップのピンに記載されている。視聴者が番号を言えば、俺たちに伝わるってわけだ。


「こんな状況ですが、全国に配信されている以上、当事者意識の無い方もいることでしょう。荒らしが適当な番号を言うかもしれません。正しい番号を数で流してくださいね」



:わかった!

:トウカちゃ~~~

:どんなときでも荒らしはいるもんな

:任しとき



 こいつら画面に女が入ったらカッコつけるんだな。


「今言うことじゃないけど、めちゃくちゃ高かったんで、パーティー収益から経費くださいぃ……」

「当たり前だ」


 ヒルネにそう言ったものの、パーティーでの収益あんま把握してないんだよな。スイの方を見ると、「ちゃんとやるよ」と言ってくれた。助かる。



:5級探索者です。東京に住んでいるので、力になりたいです。カメラ代わりにはなると思うので、26階層の見張りなど手伝ってもいいですか?



「なんだお前、手伝ってくれんのか。良い奴だな。名前言えよ」



:平井です



「よし、平井。カメラのない階段に拠点設営して監視してくれ。任せたぞ。視聴者のお前らは平井のチャンネルも見ておけよ」


 有志の探索者たちがチラホラと名乗りを上げる。

 ワーウルフと戦う自信こそないが、何か出来ることを探していたやつらが、俺の配信に集まりつつあった。



多摩支部:カメラ他資材の運搬依頼を出しました。最大限のサポートをいたします。



 なんだよ、支部長ちゃんも立ち直って仕事してんじゃねえか。

 大きなうねりが起きようとしている。


「これは……無理して痕跡を追わなくていい感じかな?」

「だな。痕跡は追うが進路からは外す。遠距離からロボを発見出来りゃ万歳だ」


 俺とシャベルマン、隼人の3人がえて痕跡を追う。要は、外れルートを正しく把握するためだな。こっちはかなり慎重に進む。

 もう片方のチームはヒルネを筆頭に、素早く動きエリアの確保に努める。


 ロボが降りたと思しき階段を発見し、その前にカメラを1台設置。そこから離れた階段で再度集合した。

 階段なんていう狭まった地形ほど、罠に使いやすいものはないからな。覗くことすら避けた方がいい。


 2日間かけ、地下29層まで同様の動きをしていく。その頃には数チームの探索者たちが合流してきて、彼らからマップ情報が入るようになった。

 さらに、3級や4級の実力ある探索者たちも参加を宣言するようになっている。


 そして、地下30層。

 草原、原生林、川、丘などの穏やかな風景が広がる階層。人工物はごく限られたものになり、どちらかと言えば自然が支配する領域に俺たちは入った。


 視界をさえぎるのは木の幹ばかり。ある程度食料になる生物がいる階層だ。本隊とはいわずとも、ワーウルフの群れがいるかもしれねえ。


「この階層の雰囲気は……ドイツを思い出しますね」


 急にトウカがそんなことを言い出した。


「ドイツ?」


 山里が聞き返す。


「ええ。家族旅行で行ったことがあります。もちろん場所によって違いますが、古い森となれば、下草が少なく、茂みと呼べるのが低木などになるのです」

「古い森ね」


 森にも若い古いがある。


 木が生えて森が生まれると、まずは背の高い樹木と下草が生い茂る。日光をたくさん受けて、成長の早い植物が繁栄する。

 そうなると、森の地面は薄暗くなる。今度は成長が遅くとも、日光をあまり必要としないやつらが繁栄する。


 そこから500年から1000年くらいだな。

 薄暗い森が出来上がれば、シダみたいに陰気な場所に生えるもの以外、下草と呼べる植物は出てこなくなる。

 デカい木、幼木、シダとコケ。これしかない、地上がスカスカの森林の完成だ。


 日本の森林は、だいたい戦国時代に切り倒されまくっているから、若い森なんだっけな。だから下草がもじゃもじゃ茂っていて歩きづらい。

 もちろん、気候によって違いはあるけどな。


「臭いはしねえが、音がするな」


 森の奥から、木の枝を踏み折るような音が複数聞こえた。

 この階層のモンスターといえば――。


「オークか」


 オーク。

 妖精種の1つ。豚のような顔に、力士のような体形。

 力が強く、打たれ強い。斬り付けても致命傷を負わせることが難しい上に、刃についた脂で切れ味が落ちる。

 非常に野蛮で好戦的だが、同時に綺麗好きでもある。


「泥と脂で刃物を痛めるから、剣士の天敵だね」


 隼人が嫌そうな顔をした。


「ナガ、ワーウルフの可能性はないの?」

「ワーウルフの元の生息地からして、泥浴びの習性はねえだろ。あいつらは変身して知識を得ても、思考や生態までコピーするわけじゃねえ。臭いがしねえってことは、オークのはずだ」


 木立の奥からのっそり現れたオークと目が合う。身長は俺と同じくらい。潰れた鼻と、口元から覗く大きな牙。ひたいは丸く盛り上がっていて、頭突きを得意とすることがうかがえる。


「面倒だがやるぞ」


 ツヴァイハンダーの刀身の半ばに手を当て、両手で構える。その横で、2本のシャベルを打ち合わせる音がした。

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