第40話

 やばい。いや、冷静に考えたら別にやばくもないのか。

 なんか勝手に怒っているだけで、別に俺は悪意を込めて誹謗中傷したわけでもない。つーか別に喧嘩売ってねえよ。


「リアルファイトがご所望なら、鬼翔院きしょういん様専用ってタグつけて出品してやるぞ?」

「いい。死に体に興味はない」


 柚子ゆずはつっけんどんな態度だ。喧嘩したいのかしたくないのかわかんねえな、これ。

 兄貴っぽい様子の隼人はやとが頭を掻きながら、申し訳なさそうに言う。


「すまないね。柚子が一方的に君のこと意識しちゃってるみたいでさ。なにせ、これまで配信で見る君の戦いは凄まじいの一言に尽きるからね。まるで、人間の野生と闘争心を絞り出すかのような戦い方だ」

「ついに無様を晒したけどな」


 それも全世界に生中継だ。手も足も出ず、はったりだけで見逃してもらった姿を。


「これで君の価値が下がると思うのは、見る目がない者だけだよ」

「どうだか」


 隼人が差し出した手を掴みながらも、自分の足の力だけで立ち上がる。隼人は少し笑った。

 窓の外を眺める。放り出されたままのドローンが、所在なさげにコメントを垂れ流していた。外はまだ明るい。ロボの野郎、白昼堂々と襲撃しやがったか。


「田辺っち。ロボの追跡はできてんのか?」

「監視カメラ等のAI分析で追えているが、ダンジョンの入り口に真っすぐ向かっているようだな。阻止する手段はない。このまま悠々とダンジョンに帰っていくだろう」


 俺は舌打ちをした。荒らすだけ荒らして即座に撤退。前回もそうだが、引き際が鮮やかすぎる。


「テニスボールでも投げたらそっちに夢中にならねえかな?」

「アメリカの犬じゃないんだぞ……」


 アメリカ作品に出てくる犬はテニスボールが大好きなのは、この時代でも共通認識だったか。


「で、どうする」


 柚子が言った。どういう意図で聞いたか知らねえが、答えは決まっている。


「奴を殺す。舐められたら終わりだ」


 理由はそれだけじゃないが、そこまで言うつもりもない。

 地下26層での戦いは最悪だった。過去一の痛みを伴う戦いだったかもしれない。正直、二度と関わりたくない相手でもあった。

 リスクばかりでリターンもなく、冒険じゃなくて戦争を強いられる相手だ。

 それでも、こうなった以上はやるしかない。通り過ぎるのを待てばいい嵐じゃなくなった。


「スイ、いいな?」

「当然だよ」


 打てば響く答えが心地よい。

 だが、そこに水を差すやつが1人。


「出来る? 無理でしょ」

「ああん???」


 思わずドスの効いた声が出た。


「何も学習してない。実力も足りない。ロボは私たちが殺る」

「表出ろ」


 わかってねえのか、こいつは。舐められたら終わりっていうのはな。モンスター相手に限った話じゃねえんだわ。

 舐められれば価値が下がる。それは俺たちの命の価値だ。そして、仲間の命を継続的に危険に晒すやつは、いずれ仲間からの信用と信頼を失う。

 文字通り、舐められたら全てを失うんだよ。


「いい度胸。格というものを教えてあげる」

「おい、やめないか柚子。永野さん、申し訳ない」

「安心してくれ、隼人君。霊安室送りで済ませてやるから」

「死んでるね、それ!?」


 気づきやがったか。

 見かねたのか、田辺巡査部長が口を挟む。


「我々の立場からすると、私闘は止めなければいけない。やめてくれ」

「ナガ、ロボと戦うのに怪我ばっかり増やすのは良くないよ。無視して先にロボを倒せばいいじゃん」


 スイも止めるようなことを言うが、方向性は大きく違った。合理的だ。

 人体っていうのは、使えば使うだけ消耗する。魔法で傷を治そうが、世界樹の苗で塞ごうが、失ったものを取り戻せるわけじゃない。血も肉も体力も、どんどん削れていく。


 追い込まれた体っていうのは、何かに覚醒してパワーアップなんてしない。シンプルに、鍔迫つばぜり合いに弱くなったり、最後の一押しが出来なくなるだけだ。


「そうだな。こいつら無視してダンジョン行こうぜ。スイの用事は良かったのか?」

「私たちは装備のメンテナンスとか新調してる感じかな。明日には完成してると思う。ナガも時間あるんだし、ちゃんと準備したら?」

「あー、確かにな。次はオイル系とか、ショウガにナツメグ、ローリエ、ローズマリー、トマト缶は持っていこうと思ってたんだわ」

「そういうことじゃないんだよね」


 俺とスイが話していると、隼人が待ったをかける。


「そうはいかないよ。僕らも一緒に行くからね」

「はあ?」


 思わず変な声が出た。

 隼人が頭の後ろで腕を組みながら続ける。


「支部長から、『職員の永野弘の救援、および共闘』という依頼を受けているからね。ダンジョンに潜るならそれも共闘だ」

「屁理屈だろ! ロボが去ったんだから、もう依頼達成じゃねえか!」

「期限が設定されていないんだよね」


 滅茶苦茶だ。支部長えまちゃんも焦りすぎだって。そのおかげでこんなにも早く救援が来ているのだから、感謝の気持ちもあるにはあるけども。


「隼人の希望。私は邪魔されなければいい。大人しく後ろにいて」


 小憎らしいガキは無表情で淡々と言った。

 こいつら、2人ともついてくる気かよ。

 苛立ちが募るが、脳の冷めている一部分が、こいつらの同行のメリットに気が付いた。


「あー、いや。良いのか。そうだよな。よし、ぜひとも一緒に行こうか。君たちは日本トップクラスの探索者らしい。頼りにしているぞ!」


 語尾に星マークでもついていそうな俺のセリフに、スイが口角をひくつかせる。


「ナガ、壊れた?」

「いいや、全然。冷静に考えてみたんだが、実力が保証されていて、しかも死んでも悲しくない肉の盾がいるってクソラッキーじゃねえか?」


 スイと隼人が同時に「うわぁ」とドン引きした。


「流石にそれは失礼だと思う。すみません、うちの野蛮人が……」

「いえいえ、うちのも失礼な物言いが多かったから、お互い様かなと」


 2人がぺこぺこと頭を下げ合う。小学校のPTAの集まりかよ。

 ともあれ無料で強めの傭兵を雇えたと思えばツイている。


 というかだ。俺としては汚名返上とロボの殺害は別個の課題として切り分けても問題ないんだ。最悪、こいつらがロボにトドメを刺してもいいんだから、手数は多い方が良い。


「善は急げってな。明日の17時に井の頭入り口に集合。さっさと降りて地下15層の拠点で1泊。明後日の朝から万全の状態で、中層を突破。深層まで一気に降りてから探索するぞ」

「なんで深層なの? ワーウルフたちは中層のモンスターでしょ?」


「ロボは地上侵攻の準備をしている。っつーことは、変身先として強力なフィジカルを持つ深層モンスターの体が欲しいはずだ。それに、俺のことを狙ってきたっつーことは、世界樹の苗も手に入るなら欲しいんだろうよ。あと、大集団の食料をまかなえるのは、深層以下の環境だ」


 ダンジョンは浅い層ほど人工物に囲まれた環境であり、深い層ほど濃密な生命力に溢れた環境になっている。

 軍隊を食わせるなら、被害は織り込み済みで深層に滞在しているはずだ。

 俺がロボなら侵攻準備は深層でやる。で、十分な保存食まで得られたら地上へゴーだ。


人類こっちは早さで意表を突かれたんだ。同じくらいの早さで殴り返すぞ」



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 恐れていたことが起きた。

 各々が準備に動いた後、スマートウォッチに緊急警報と速報の通知が次々に飛び込んできた。


 どうやら街に潜伏したワーウルフのうち、ロボの動きを助ける陽動として派手に動いたやつらがいたらしい。

 ひとつ例を挙げるなら、こんな感じだ。

 商業施設でリザードマンに変身して大暴れ。対応に動いた警察官を殺害。義侠心から駆け付けた探索者を、警察官に変身して拳銃で射殺。その後は鳩に化けて飛び去ったそうだ。


 次はいつどこで現れるかわからず、並大抵の戦力では太刀打ちできない。最悪のゲリラが街に潜伏している状態になっている。


 戦いの傷跡生々しい部屋で、ツヴァイハンダーを磨く。なんとなくドローンの配信は付けっ放しにしていた。



:何してる中?

:明日から狼野郎のボス殺しにいくらしい



 ずっと退屈なシーンを流している。コメントはそんなに盛り上がっていないが、不思議と視聴者は増え続けている。



:親が帰ってこない助けて



 ふと顔をあげたときに流れた悲痛なコメントに手が止まった。


「すまん、助けてはやれない。お前の親の無事を祈る。万一のことがあったら仇はとってやる」


 わざわざ言う必要もないんだろうな。俺が変に反応してしまったせいで、コメントが加速し始める。



:助けてやれよ

:仇とれんのか

:ダンジョンで戦いたいだけだろ

:北京原人まで死にに行く必要ないって

:万一とか言ってないで慰めてやれよ

:俺も家族と連絡とれない

:頼む。マジでやってくれ

:ダンジョン行かないで地上で守ってくれ



 これまでのコメントとは違う必死さが伝わってくる。ダンジョンでの戦いが対岸のショーではなくなり、我が身に降りかかる災害となったからだろう。

 身勝手なことだと思う。


「俺に出来んのはダンジョンで戦うことだけだ。だから俺はダンジョンで戦ってくる。お前らは、俺と同じくらい命懸けて、自分の大事な人を守れよ」



:探索者でも殺されてるんだぞ!?

:なんとかしてくれ

:突き放す言い方しないで

:なんか変な力とか魔法とかないのか?

:そうやって見捨てるんですか

:北京原人に期待しすぎだろ。探索者も警察も自衛隊もたくさんいるのに

:はやくロボ殺せ



 こいつらは不安なんだろう。行き場のない感情を俺の配信にぶつけている。

 だが、俺がこいつらの感情のゴミ箱になってやる必要もない。


 立ち上がり、綺麗な刀身を取り戻したツヴァイハンダーを正眼に構える。ぐるりと回す体で巻き取るようにして、真横に振るった。音はない。リビングのどこにも当たらず、狭い空間のギリギリを通った刃は、何事もなかったかのように正眼の位置に戻った。


 ――思い通りに動く。


 過去最高に体のキレが良い気がする。


「お前ら、待ってろ。そして、見てろ。不安だろうが、耐えろ。本当の地獄を止めてきてやる」


 コメントが止まった。

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