第38話

 ワーウルフ関連については当然ながら協会と話してきている。部分的に開示できない情報もあるが、大部分は公開して良いと言われた。


「ワーウルフと戦争になるかって話だと、協会のお偉いさんは、そうなると思っているみたいだな。それがイメージされる『戦争』ってものになるかは、正直わかんねえな。なにせ自衛隊が強すぎる」


 自衛隊――ひいては先進国の軍隊は、25年前と比べて劇的な変化は起こしていない。調達が安定していて、信頼できる技術で、組織的に運用できるものを使う。ともなれば、そうそう変わりはしないってことだ。


 ダンジョン内の戦闘に合わせた幾つかの新兵器や技術なんかは運用されているが、基本的には25年前とそう大差ない。

 そりゃそうだよな。2025年に最先端だったF35戦闘機の初飛行は、諸説あるが2000年頃だ。M2重機関銃だって、1930年代の銃を使い続けている。軍隊の装備更新はクソ遅い。


 それでもだ。ぶっちゃけ剣だの槍だので倒せるモンスターなんて、集団で運用される現代兵器の前には敵じゃねえ。



:自衛隊の地下30階層防衛線ヤバすぎ。30ミリ機関砲が火力過剰すぎるわ

:Jの弱点は人数少ないことくらい?

:市ヶ谷の直下はどんくらい攻略されてるんやろな

:Jの広報で見る攻略と比べたら、正直探索者は存在がお遊びだわ



「おう、そうだな。まぁ自衛隊は国を守ることが主題で、俺たちは資源や情報を持ち帰る経済活動が主題っていう違いがあるらしいがな。今回の事案は国防に寄ってるから、自衛隊がメインで動くらしいぞ」


 なんて言いつつ、嫌な予感が拭えないところがある。

 支部長えまちゃんから、俺たちに依頼が来たのだ。いや、依頼っていうのはちょっと変な表現になるかもな。正確に言い表すなら「お願い」ってところか?


「ただ、それはそれとしてだ。協会があの狼男――仮称『ロボ』の首に懸賞金をかけた。要は、早い者勝ち総取りの暗殺依頼みたいなもんだ」



:ふぁ!?

:賞金首!?

:なんで暗殺?

:特定のモンスターに懸賞金かけたことあったっけ?

:激やば情報じゃん

:ソースは??



「ソースもなにも、今日か明日には公表されると思うぞ。ワーウルフとの戦争は、頭を押さえりゃ止まるって判断かもしれねえな。それにダンジョンの専門家集団としてのプライドもあるかもしれねえ」



 ワーウルフが地上を目指すのは、種族全体としての行動というより、俺が戦った狼男――ロボによる行動と考えられている。ロボさえ倒せば、一先ずは危機が去って元通りってわけだ。

 飲み干した缶はそのままに、2本目を開ける。


「あとシンプルに、大規模に放たれる斥候みたいな側面もあるだろうな。金に釣られた探索者たちがガチでロボの捜索をしてくれりゃ、自衛隊の防衛線も楽に敷ける」



:あーね

:実際に倒せるかはともかくってことか

:偵察依頼と違って、成果なければ金払わなくていいしな

:大人ってずるい

:正直すべての出入り口を守るにはJの人数が足りなすぎるもんな



「つっても、危険性も高いだろうから、実際のところどれくらいの人数がやろうとするかだな」



:北京原人との戦闘見てたら、避ける探索者も多そう

:上位層が挑むくらいか?

:ぶっちゃけ探索者の強さって見ててあんまりわからん。北京原人ってどんくらい強いの?

:↑かなり上澄みだぞ

:喋るモンスターってだけで敬遠するやつらもいそうよね



 配信で話しているのは表向きの内容だ。

 視聴者たちは自衛隊とワーウルフがぶつかり合えば、必ず自衛隊が勝つと信じている。補給の困難さがあるとはいえ、自衛隊がモンスターとの戦闘で負けたことはないらしいからな。

 世間全体の印象だってそうだろう。自衛隊は強い。モンスターなんか敵じゃない。負けやしない。


 普通のモンスターならな。


 ワーウルフの変身能力についてもよく分かっていないし、ワーウルフが人類側についてどれだけ知識を持っているかは未知数だ。万が一ということがある。


「かなりハイリスクだ、俺も避けたいところではあるが」


 俺の言葉をチャイムの音がさえぎった。

 インターホンのモニターを見ても、誰も映っていない。


「……なんだ?」



:凸ったやついる!?

:室内だけで特定できるか?

:凸!?!? よりによって北京原人に!?

:人気配信者みたいで草



 配信のコメントに視線を戻した途端に、もう一度鳴る。おいおい、ダルすぎるだろ。


「よし、殴りに行くか」


 玄関のカギを開けた。その瞬間、俺とほぼ同じ体格の男が飛び込んで来る。反射的に殴りつけるも、タックルに押し込まれ、室内に転がされた。


「いってぇな。誰だよ……」


 ぐわっと全身の血管が広がった。脳内で鳴りだす警鐘。

 目の前に、俺と全く同じ顔。そいつはにちゃりと口元を歪ませた。


「――ロボ」

「ははは、そう呼ばれることになったらしい。久しいぞ、世界樹の仔……」


 最悪だ。最悪だ。なぜ、俺の家に。

 手が無意識に動いて武器を探す。が、当たり前に無い。武器は部屋に固定された鍵付きのロッカーにしまってある。


「よぉ。お前が俺のファンだったなんて知らなかったよ」


 立ち上がろうとしたところに飛んでくる回し蹴り。両腕をクロスさせて受け止めた。


「地上侵攻は終わったのか?」

「これからだ。大群は目立つし、準備も必要ゆえにな」

「そうかい、ハンカチと水筒は忘れんなよ!」


 言いながら殴りかかる。コンパクトなジャブ2連、右ストレートを囮に、左のボディブローが綺麗に突き刺さった。


「がっ……」


 意外なことに、ロボはあっさりと体をくの字に折った。効いている?

 何が理由かは知らねえが、怯んだところにもう1発。小さく跳ねながら、顔面に膝をぶち込んでやった。

 よろめいたロボが、鼻を押さえながら言う。


「目立たぬよう人の姿を借りたが、傷が邪魔だな」


 ぐにゃりと体が歪み、二足で立つ爬虫類の姿になった。リザードマンか。

 同じ相手に化けると、傷なんかは残ると。で、本人が目の前にいなくても、変身先みたいなのはストックされるってことだな。


 リザードマン。

 全身が鱗におおわれ、頭部がトカゲに酷似した人型のモンスター。体格や鱗の色は個体によって様々で、身長は1メートルから4メートルまで確認されている。

 非常に頑強な肉体を持っており、身長とほぼ同じ長さの尾は力強く、尾だけで体を支えたりぶら下がったりもできる。


 ロボが化けたのは2メートル程度のサイズ。室内だと圧迫感がある。

 おいおいおい、素手でどうにかなる相手じゃないぞ。


「そんな強そうなのあるんなら、この前出せば良かっただろうに」

「この体は少々不慣れでな。これくらいの狭さなら不慣れだろうが膂力りょりょくで圧倒出来る」

「いやあ、狭すぎて向いてないと思うぜ。コボルトくらいにしておけよ」


 ガチで膂力だけで圧倒されそうだ。小手先の技術も通じないだろう。

 入居したばかりでほとんど荷物がないのも痛い。物が色々とあれば工夫の余地もあるんだが。


 雑に放たれた前蹴り。容赦ようしゃねえなおい!

 転がるようにかわして、リビングに逃げ込む。背後で何かが粉砕される音がした。キッチンに包丁は……なかったな。建付けの家電がいくつかあるくらいだ。

 何か、何か使えるものは……。



:大丈夫!?

:やばいって。通報、通報しなきゃ

:警察に電話した!

:警察じゃないだろ、ダンジョン協会か!?

多摩支部:状況を確認しました。応援を派遣します。

:逃げてくれーーーーー

:北京原人なら大丈夫だろ、信じてるぞ!

佐藤翠さとうすい:場所どこ!?



 配信も大盛り上がりだな、おい。

 俺はドローンを捕まえると、荷物を固定する用のロープを伸ばした。窓を割り、ドローンを外に追い出す。

 カウボーイのようにロープの先端をぐるぐる手元で回した。


「うちは訪問販売も宗教勧誘も受け付けてねぇんだわ。ご退室いただくぜ」


 ドア枠に手をかけ、めりっと凹ませながらロボがリビングに入って来た。


「思い通りにさせない為にここに来ているのだ。カウボーイ」


 引っかけちまえばワンチャンある。ドローンの積載量ペイロードは200キロ。説明書きでそれなら、実際はもっとあるだろ。

 窓際で釣りを狙う俺と、それさえ避けりゃ勝てるロボは、狭いリビングで睨み合った。

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