第37話 配信
2日間の検査入院を経てわかったのは、何もかもさっぱりわかりません、ということだった。あと血圧が高い。ふざけんなよ。
入院病棟の個室に軟禁され、空いた時間はひたすらに報告書を書かされ、味の薄い病院食を食わされた。
ようやく解放されて
スイたちは何やら忙しいらしく、次の探索まで時間があいてしまった。そんなこんなで暇を持て余しているところに勧められたのが配信だ。
アホくせぇな、とは思う。だが勧めてきた
東京中に建てられた高層マンションの15階。1LDKの一室が、俺が協会から貸してもらっている部屋だ。
家のリビングで床に座り、ドローンのカメラをオンにする。
「あー、これでいいのか? こっち側から画角とか見れねえのか?」
色々と
:あれ、配信ついてる?
:なにこの何もない部屋。ダンジョン?
:ダンジョン(地上1階層)
コメントがゆっくりと流れ始めた。どうやらやり方は合っているようだ。
俺は家の近くの移動販売で買ってきたビールを開ける。なんと驚きのアルミ缶。生きとったんか、お前って感じだ。資源の再利用効率が良いとかで、ほとんどの容器が金属製になるという、昔じゃ考えられないことになっている。
あと、コンビニみたいな店もかなり減っていた。
移動販売のオヤジに話を聞いたところ、都内は不動産価格が上がりすぎて、小売りは割に合わないらしい。世知辛い話だ。
:酒飲んでらあ
:飲酒雑談?
:北京原人の飲み配信か、ほな帰りますね
ぽつぽつとコメントが流れ出した。
昔見た配信だと、コメント一切なくて途中で話すことなくなって切っちゃってた人がいたりしたな。スイのお陰で多少の知名度があるからか、随分とやりやすい滑り出しだ。
「なんか我らが多摩支部の支部長ちゃんが配信でもしろって言うからな。しゃーなしつけた。特に話す話題とかもないから、好きに質問でもしろよ」
喉を
ビールは味が変わらんな。長い歴史のある飲み物だ、たった25年間ごときでは変化しないってことか。
:スイちゃんとはどんな関係ですか?
「最初に来た質問がそれかよ。本当に気持ち悪いな」
:出張おつ。女配信に帰れ
:まだだ、まだどっちかわからない♂
:北京原人ガチ恋説あるな
「どんな関係も何も、全部配信で垂れ流してるだろうが。アーカイブにたっぷり残ってるから全部見てこい。次」
:ヒルネちゃんとはどういう関係ですか?
「面倒くせえな。配信消すぞ」
:やめて
:クソコメすんなカスぅ!
:うちのが失礼しましたぁ、堪忍してつかぁさい(もみ手)
「配信全部みりゃわかること聞いてきたら、特定して家に行くからな。次」
:世界樹の苗って具体的になんなん? リアタイしてたんだけど、よくわかんなかった
「あー、いい質問きたな。これ、病院で改めて精密検査したんだが、正直よくわかってない。仮説も込みの、現状わかってることだけ話してやろう」
:ええ質問や
:質問者ないすぅ!
:スイちゃんの人気に乗っかるように配信してるのに、それについて説明しない不誠実な態度ってどうなんですか?w
:あれ見ててちょっと引いた
:リアタイぼく、食い合うシーンで、リビングで悲鳴上げちゃった
結構な人数が気になっているようだ。1匹紛れているのは、コメントを上位表示に固定してあげよう。
「まず、世界樹の苗そのものについては、サンプルすら取れていねえ。俺の体に寄生しているのは、神経にべったり張り付いていて、迂闊に採取すれば体への侵襲が大きすぎるってんで、出来ていないな。あとな、単体で切り取ろうとすると、逃げる。体の中這いずりまわって、切り取られないようにすんだよ。肩の傷を覆ってんのを取ろうとしたら、一斉に逃げやがったせいで、激痛と出血多量で大ダメージ食らったわ」
:ひえ
:戦闘時よりダメージでかそうで草
:体の中動いても、それ自体は痛くないのか?
:そのままデスねばよかったのに
もう1匹固定な。
「で、こいつなんだが、少なくとも2種類の作用があるらしいな。まず傷口を覆っていたような、物理的な作用。それと、神経伝達物質やホルモンに似た、細胞のレセプターに作用するたんぱく質を吐き出す作用」
:ガチ寄生虫で草枯れた
:レセプターってなんぞや
:↑人体はタンパク質で出来てる。情報のやり取りもタンパク質。情報を受け取る場所がレセプター。メッセージボックスみたいなもんや
「このたんぱく質自体は解析中だが、とりあえずアドレナリンに似た構造のものを吐き出すってのはわかった。俺が怒りっぽいのは世界樹の苗のせいってことだ。わかったな?」
:嘘乙
:絶対もとからだろ
:変なもの食うから……
:世界樹の苗「冤罪です」
:キレ慣れてるキレ方してるんだよな
視聴者が誰も納得してくれない。やはりこいつら全員敵だな。
ちなみに世界樹の苗については、協会から採取依頼が出ている。次に見つけたときは、全部は食べずに持って帰ってこいとのこと。大半は喰っていいのかよってな。
:なんでダンジョンから出てきたときブチ切れてたん? 正直印象悪かった
「次はこれだな。お前ら、自分のこととして想像してみろよ。薄暗いダンジョンで、どこから敵が現れるかもわかんねぇ環境。そこで寝泊りしながら戦って戦って、神経尖らせまくった状態から、大歓声とフラッシュ。神経バッチバチになるぞ」
:あーね?
:確かにキレるわ
:それでも言い過ぎやろ。普通にやめてって言えばええやん
:悪意がないとはいえ、って感じか?
:んー、それでもあれはなぁ
「納得しないならそれでいい。俺は俺に配慮しない人間に配慮しない。それだけだ。次」
かなり賛否両論だな。実際のところ、俺自身もそこまでキレる必要あったか、なんて思うところもある。だが、山里含め誰もそこで言葉にして止めなかったということは、一つの意味を持っているはずだ。
:どうしたら彼女ができますか?
「いい質問だな。ダンジョンで25年間たった独りで暮らせば何かわかるかもな。次」
:ダンジョンで食った中で1番美味かったのって何?
「ぶっちゃけると、初めてダンジョン潜ったときに持ち込んだ
:パワハラやばすぎ
:時代感じるわ
:山登ったときのキャラメルめちゃ美味いからわかる
:思い出補正ありそう
:関係ないけど山らへんにある蕎麦屋ってやたら美味くないか?
:死ぬほど疲れたときの甘いものクソ美味いよね
「ダンジョン内で食ったモンスターの話をしてやりてぇんだが、25年間味付け無しだったからな」
あくまで俺の感想だが、塩味すら振れない良い肉は、そこらのサラダチキンにも劣る。塩という旨さの着火剤が必要なんだ。火がねえ火薬は、カイロの鉄粉より
:ワーウルフについて詳しく聞きたいんやけど、結局戦争? になんのか?
俺がちゃんと答えると分かったからか流れの早くなったコメントの中から、これが目に留まった。
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