第36話

「昨日何かありましたか?」

「めっちゃ色々あっただろ」


 集団の最後尾をトウカと一緒にのんびり歩く。

 折れていた腕は魔法で繰り返し治癒していたおかげでほぼ治っているようだが、衝撃でまたぽっきりいかないよう、戦闘から外されている。


「あ、いえそうではなくてですね。今朝からコメントが荒れているようでして」

「ほー」


 あれかね。昨日スイと突っ込んだ会話をしていたから、嫉妬するのが出てきたか?


「昨日、人の言葉を話す狼男がいただろ。それ関係でな――」


 離れた場所にいたトウカに、昨日の戦闘の様子と、スイとのやりとりのあらましを伝える。


「なるほど、そういうことでしたか。私も早く怪我を治さなければいけませんね」

「おいおい、お前も戦う気かよ?」


「あ、別に私はナガさんと肩を並べて戦いたいとか、そういう理由ではございませんよ。単純に、ナガさんと一緒に行動するのが、ダンジョンや魔法の真理に一番早く辿たどり着けそうだと思っただけです。場合によっては、私にも世界樹の苗が必要かもしれませんし」


 トウカは聖女のような穏やかな顔で、にっこりと笑った。もしかすると、こいつが一番覚悟ガンギマリのヤバい女だったかもしれねえ。


「ですが、今後は戦い方を変えなければいけないかもしれませんね」


 トウカは自分の腕を見ながら言った。全身鎧だった武装は、肩から前腕まで一体のパーツが外されている。腕を折られた際に、関節周りのパーツがひしゃげてしまったからだ。


「体格も膂力りょりょくも体重も足りてねえからな。敵の火力が上がってきたら、そりゃだんだんとキツくなる」

「痛感いたしました。不本意ですが、強化外骨格を導入いたします」


 えぇ、マジかよ。魔法技術を修めるために、ここで現代技術持ち出してくんのかよ。いいのか、それで。ヒーラーらしく後衛に下がるとか、なんかこう魔法パワー系で強化とか、普通はそういうルートだろ。


「家に連絡を入れておきました。次にダンジョンアタックするときには用意できているかと思います」

「やっぱ金持ちのお嬢様か。家族や両親は娘がダンジョンに潜るのを反対してねえのか?」


「もちろん反対していますよ」

「押し切ったのか?」

「ええ。押し切った、とも言えるでしょうね」


 絶対拳で説得しただろ。なんか言い方に闇を感じるぞ。


「私、昔から我儘わがままなのですよ」


 トウカは口元に手を当て、ふふふと上品に笑った。

 おー、怖い。年下の女の子の我儘わがままってもっと可愛らしい雰囲気だと思っていたんだがな。


「なんか楽しそうですねー」


 前列からするりと抜け出して、ヒルネが俺たちのところまで下がって来た。

 昨日の疲れなんて感じさせない、軽い身のこなしだ。


「スイから聞きましたけど、私も抜ける気はないですよー」


 俺は溜息とともに、頭をがりがりと搔いた。

 こいつら、揃いも揃って。


「次は鼻血じゃ済まねえぞ」

「怖くて逃げるのはカッコ悪いんでー」


 そういえばこいつは、シンプルな憧れで探索者やってるんだったな。なんか暗殺者みたいな方向性は良いのか、とか言いたいこともあるが。


「お前ら、強情だな」

「うへへへ」


 褒めてねぇよ。

 そんなことを話しながら、適当に前に出て雑魚を蹴散らしたり、山里に押し付けたりしながら、俺たちは地上まで一気に突き進んだ。


 ついに到達した地上への出入り口は、ヒルネや山里らが入るのに使った、関東ダンジョン多摩エリア井の頭公園入口だった。


 井の頭公園はこの出入り口のせいで、池をすべて埋め立てられ、かつての姿を完全に失っているらしい。大がかりなダンジョンの入り口施設として建物で囲われ、協会の窓口や病院なども置かれているそうだ。


 階段の上から漏れる光に向かって、俺を先頭にぞろぞろと上がっていく。

 この前見たばかりの景色と同じなのに、不思議と感傷はなかった。そっと視線を後ろにやれば、さも当たり前といった顔でついてくる仲間たちがいる。


 数えられるほどの日数で俺も変わったのかもしれない。


 ゲートをくぐった瞬間。一気に浴びせられる大量の音と光に、思わずツヴァイハンダーに手が伸びる。

 わあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

 個々の声が潰されひとつの音の塊になった、大歓声。取り囲む群衆と、巨大なレンズを備えたドローン。そう認識できたのは、強い光が収まってからだ。

 人の群れの中から、れん君と康太こうた君が飛び出してきた。


「兄貴!」

「おうおう、お迎えご苦労。で、なんだこりゃ? スイのファンか? それとも山里のアンチか?」

「そんなにアンチいねーよ」


 ファンもいなそうな山里がむくれる。可愛くねぇ。


「永野さん、探索お疲れ様でした。これは、永野さんや佐藤さんの配信を見ていた人が、ダンジョンから出てくるのを見たくて集まっているみたいです。かくいう僕らも、配信で出てくるのを知って、思わず駆け付けたんですが」


 康太君が照れくさそうに笑った。

 なるほど、こいつらは切った張ったの大立ち回りをした俺たちを歓迎してくれている、と。

 なんか、すげえ頭に来るな。


「うるせえ! 殺すぞ!」


 大人数の歓声すら打ち消す怒声を叩きつけてやれば、一気に場が水を打ったように静まった。


「デカい音出すな。フラッシュ焚くな」


 うるせえ音は嫌いなんだよ。そもそも目と耳は斥候の命だぞ。

 つーか機材は進化してんのに、フラッシュ焚きたがる人間性は変わってねぇのかよ。動物園でやめろって言ってることは、人間相手にもすんな。


 ――なんて脳内で言語化してはいるが、上手く説明できない感情の部分が、強い怒りを発している。

 怒鳴りつけるほどのことじゃない。片手でも挙げて盛り上げてやりゃいい。なのに、なぜかそれができなかった。


 スイが俺の服のすそを引っ張った。悪いな、と大丈夫だ、の気持ちを込めて手をひらひらと振る。


 俺が足を踏み出すと、表情をひきつらせた群衆が左右に割れた。モーゼの気分を味わえるな。


「こんなに終わった空気に変えれるなんて天才ですねー」

「もう少し気を遣ってくれりゃ、俺も満面の笑みで手を振って踊ってやったさ。七色に光りながらな」

「そっちの方が怖がられそーですね」


 ヒルネのゆるい感想に、少しだけざわついていた感情が戻った。

 受付に行き、ドローンを押しやる。


「報告だの買い取りだのってのは、ここで合ってんのか」

「ひ、ひぃ」


 モニターやスキャナーのような機材でゴチャゴチャしたカウンターに行くと、受付の真面目そうな中年男性が怯えた顔をした。


「あー、私がやる」


 歩み出たスイを見て、男性職員は露骨に安堵あんどの表情を浮かべる。対応の違いに釈然しゃくぜんとしないが、報告等の事務作業はスイと山里に任せた。


 遠巻きに見られている俺たちに近づく女性が1人。

 センターパートのショートヘアと冷たい印象を受ける切れ長の目。スレンダーな体を、グレーのタイトなスーツと白のブラウスに、細い黒の蝶ネクタイで包んでいる。


「お、支部長えまちゃんじゃーん」

「その呼び方を許した覚えはありません。ともあれ無事の帰還、何よりです」


 我らが多摩支部の長、直々のお出迎え。

 今回も心当たりがしっかりある。


「今すぐ詳しい話を聞きたいところですが……まずは入浴と着替え、それに休息と治療をしていただきましょうか」

「なんでハンカチで鼻押さえてんの?」

「すぐに案内させます」


 ねえ、なんで?

 

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