第30話

 一人残らず立ち上がり、武器を抜いた。

 無駄に怯える者も硬直する者もいない。流石は地下26層に潜っている者たちってところか。


 スマートウォッチを確認する。現在は17時。ダンジョン内の緯度も季節も不明だが、この階層だと傾いた太陽が、空の端に黄色を落とす頃合いだ。

 日暮れまでに階段に撤収したいとこだな。


「ヒルネが先頭、道案内だ。トウカはヒルネを守れ。スイがバックアップしろ。接敵したら山里のパーティーが前に出てくれ。俺は最後尾だ」


 山里のパーティーは、リーダーの山里がロングソード。以下4人が戦斧・モーニングスター・槍・シャベルと、全員が近接系の装備になっている。

 おい待て、シャベルいたな。思想強いぞ、こいつは。


 俺はスイたちと繋げている糸を切った。前後に分かれるなら邪魔だからな。

 なぜか不満そうな顔をするスイにしっしと手を振って、先に出て行ってもらう。


「ナガ、だったか? 良いのか、殿しんがりやってもらって」

「俺が逃げやすいように、ちゃーんと前切り開けよ? 遅かったらケツ刺すからな」


 山里は肩をすくめ、建物を出た。


 集落の周りは不気味なほど静かだ。風が草を撫でる音が、いやに大きく聞こえる。

 走らず、さりとて遅くもなく、早歩きくらいを維持しながら隊は進む。走って急に接敵したら、後ろの仲間にかれちまう。


 揺れる草の流れを見る。

 風に揺れる葉先は波のように動く。流れが乱れる点があれば要注意。そこには草の動きを妨げる何かがある。

 振り返った。何もいない。


 嫌になるな。来ると確信している伏撃に備えているときほど、精神が削れるものはない。

 常に後ろを向いて歩けるわけでもないのに、前を向く数秒間に冷汗が流れた。


「警戒! 1時の方向、100メートル!」


 言われた報告を、目を細めてじっと見れば、確かに草の流れが散り散りになっているような気もする。ただでさえ見た目に分かりづらいのに、距離によって角度がほぼ水平になっていて、変化を見抜くのは至難の業だ。


「ヒルネよくやった! 右手に草罠がくるように、槍を目印に動くぞ!」


 上手く隠密した敵を発見して奇襲を防いだ。斥候としては最高の仕事だ!


 草罠を挟んで会敵できりゃ、突撃の勢いを殺せる。

 俺たちの目的は階段までの撤退であり、敵の殲滅せんめつじゃねぇ。わざわざ正面から衝撃力のぶつけ合いをしてやる筋合いもないってもんだ。


「ヒルネは前方と左の警戒! 俺は右と後方を警戒する! 山里のパーティーは右への対応、1列縦隊だ。ヒルネ、トウカ、スイは左側で1列縦隊。山里たちのカバーに動け。左への意識は無くすなよ!」


 一番後ろから声を出せるのをいいことに、好き勝手に指示を飛ばす。山里たちは良い思いをしないだろうと考えていたが、意外にも素直に動いてくれる。


 相対的に後列に下がって来たスイが声をかけてくる。


「思ったより早い合流だったね」

「そうだな」


「糸を切られたとき、ナガは1人で戦う気なのかと思った」

「なんだそりゃ」


 スイは真っすぐに正面を見ている。俺と目線を合わせないその姿には、不思議と気高さのようなものを感じる。


「ワーウルフと乱戦になったら、私たちじゃ自分のコピーに勝てるか怪しいから……」


 俺が食い止める、お前らは先に行けってか?


「そんな自殺志願者ヒーローじゃねぇよ、俺は」


 スイを助けたのだって、水が欲しかったからだ。

 思想も信条も、一本筋の入ったものは持っちゃいねえ。非合理的なことをするために、その場凌ばしのぎで合理的っぽい判断をしているだけだ。欲に流され、状況に流され、感情に流されて、今の俺があるんだから。


「それじゃあ、一緒に戦ってもいい?」

「当たり前だろうが、サボんな戦え」


 こいつは何を言っているんだ。25年間も会話してねぇし、今どきの子の考えなんて知らねえし、わかんねえよ。

 俺の答えの何にどう思ったのか、スイは小さく笑った。


「距離50! 数は……いっぱい!」

「よーし、気合入れろてめぇら!」

「「「おおおおおおお!」」」


 俺たちの上げた喊声かんせいに、これ以上の隠密は無理だと察したか、ぞろぞろと草の中から獣の頭が起き上がる。風景の色が、緑から黒灰こくかい色に一気に塗り替わった。

 数を数えるのも馬鹿らしい。これは「いっぱい!」だな。


「……多すぎる」


 山里の呻きが聞こえた。

 嫌な予感が的中しちまったか?


「移動を重視しろよ。分断されねぇように前後で声を掛け合うんだ!」


 1割くらいがライカンスロープってところか?

 元のライカンスロープなのか、それに化けてるワーウルフなのかは知らないが、どっちでもいい。ようは、そこそこデカくてパワーのあるのが混ざってるってことだけだ。


 ガキくらいの大きさのコボルトたちの中で、タッパが180センチくらいあるライカンスロープはよく目立つ。


 オオオォォォォォン。


 遠吠え。それを合図にコボルトの群れが一気に押し寄せてくる。念のため背後と左を確認して、と。

 ツヴァイハンダーを右肩に乗せる。ほんのりケバブの臭いがして、ちょっとだけ笑った。


「よっしゃ、戦争だオラァァァ!」


 先頭のコボルトたちが草罠にかかり、つんのめる。一斉に俺たちの武器が振り下ろされた。


 つんのめり、死体に引っ掛かり、まごつけば後続に押されて、体勢を崩しながら向かってくるコボルトをぶち殺しながら、隊列は進む。

 殺し、ときには防いで受け流し、前への歩みは止めない。必然、どんどん後ろに敵があふれだした。


 右よりも後ろに向かってツヴァイハンダーを振る機会が増えていく。思いっきり真横に振り回した剣先が、ライカンスロープの顎を粉砕した。


 全然考えてなかった。ライカンスロープを一撃で殺せないからって、防御や牽制けんせいだけして、どんどん後ろに流してきやがる!

 コボルト相手に無双ゲーだと思っていたら、強敵に囲まれるハクスラゲーみたいになってんぞ。


 遠心力を味方に、回転切りのようにして、周囲のライカンスロープを一気に片付けた、そのとき。


 ガン、と金属を叩く大きな音がした。思わず視線をやると、宙に吹き飛ばされた人間の姿があった。西日に照らされた全身鎧が光を反射する。


「トウカ――!?」


 ヒルネの悲鳴が聞こえた。

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