第29話
本格的に飯にするってわけでもない。踏み絵みたいなもんだ。そんなに量は作らなくてもいいだろうな。
どちらかというと、原型を残すことを重視した方がいいだろう。
人間だって「人肉食べなさーい」なんて出されたときに、薄切りベーコン状だったらギリ食えるだろうが、頭の丸焼きだったらキツイだろ。
足の煮込みにするか。
廃屋のキッチンにあった鉄鍋を、かまどに乗せる。かなり古そうだが、表面がしっかり
ワーウルフの皮下脂肪をじっくりと火にかけて油を出す。一緒にチューブのニンニクを入れて、香りを立てる。油かすの肉片がじゅわじゅわと泡を立てたら、ワーウルフの手首から先を放り込んだ。
毛皮は剥がして、肉球と爪は残したワーウルフの足が、バチバチと音を立てながら揚げ焼きにされる。
4頭分で16個の足がきつね色になったところで、油はその辺にぽい。ダンジョンに環境問題なんか存在しねぇ!
ギリギリひたるくらい水を入れ、塩コショウをバッバッと雑に入れたら、10分ほど煮込むだけだ。味は保証しない。ギリ人間が食えりゃいいんだよ。揚げ焼きにしたんだから、半分くらいは臭みも抜けてるだろ。
「おら、食え」
山里2人組の前に、それぞれ1個ずつ置いてやる。見た目はブルブルした獣の手って感じだな。そのまんまだ。
「いや、無理だって」「ワーウルフの生態以前に、人間も食えねぇだろコレ」
2人揃って嫌がる。
「ほなどっちもワーウルフか」
ツヴァイハンダーの刀身の中ほどを持ち、杭のようにして振りかぶる。
「待て待て待て待て、ほなじゃないだろ!?」
「食う、食う! 食えばいいんだろ!?」
片方だけが食った。
「おえ、マジでくせえ」
「どうだ?」
「硬い。不味い。舌に臭い脂が残る。胃の奥で犬飼ってるような臭いがする」
涙目で俺を睨みながら、
「そうか。それなら双子の兄貴を喪っても、もう寂しくないな」
俺は食わなかった方の頭をカチ割った。
血と脳が飛び散り、白目を剥いた狼の頭がテーブルにどしゃりと突っ伏す。図らずも、ワーウルフ煮込みが半開きの口に押し込まれた。
「おいおい、やれば食えるじゃねぇの」
「やっぱこいつおかしいだろ。本当にお前らの仲間なのか?」
山里がくっそ失礼なことを言うが、俺の仲間3人は気まずそうに目を逸らしている。おい。
「とりあえずこの作戦はアタリだな。ぱっぱ片付けようぜ」
:倫理観アップデートしろ
:こっちの方法は汎用性高いな。高いのか……?
:ワーウルフ1匹目見つけるのがムズイ定期
:レトルトにしようぜ
:ヒルネちゃんの犠牲は無駄じゃなかったんや……
:なんというか、手心を
:殺しの絵面が歴代最悪なのよ
いつも通りウザいコメント欄に中指を立ててから、次の組を呼ぶ。嫌そうな山里の協力も得て、ひとまず山里たちに化けていたワーウルフを始末した。
「案外、簡単に終わったか?」
必死になって水で口をゆすいでいる奴らを見下ろしながら言う。なんとなく嫌な予感がしたんだが、外れたか?
「ナガ以外はかなりダメージ負ってると思うよ」
そんな馬鹿な。
「こうして見ると、ただのと言うにはちょっと体形がおかしいですが、普通の狼みたいですね」
外に捨てるためにワーウルフの死体を持ち上げたトウカが言った。最後に俺が心臓を一突きにしたやつだな。
「そうだな……は?」
「え、なに?」
「ワーウルフってこんなに狼だったっけか?」
俺はトウカから死体をひったくると、山里の目の前に放り投げた。
「うぉっ、何するんだ」
「よく見ろ。草原でワーウルフと正面戦闘したことくらいあるだろ。こんなんだったか?」
「こんなもんだろ。ワーウルフの四足歩行は……いや、なんだ。なんか違うような気もする」
俺たちは妙な違和感に揃って首をかしげる。
「持ち上げて立たせてみますー?」
「そうだな」
ヒルネの提案に頷き、ワーウルフを持ち上げてみる。なんとなくシルエットはワーウルフっぽいが……。
「小さい?」
「そうだな……なんか小せえ気もするし、口が小さくて耳が大きい、のか?」
なんというか、パチモン感がすげえ。海賊版か?
「脚も二足歩行に適していないような印象を受けますね」
トウカがワーウルフの足首を指さした。
なるほどな?
犬や猫の足の裏っていうのは、人間でいうならば指先だけの部分に当たる。常につま先立ちしているようなもんだな。ワーウルフは犬と同じつま先立ちの骨格だ。
人間はもちろん、熊やリスなんかの二足立ちの姿勢をよくとる生き物は、足の裏がベッタリついた骨格をしている。その方が安定するからだ。逆に、つま先立ちの骨格は、立ち上がることを捨てて、俊敏性と忍び足に特化した骨格とも言える。
「こいつら、『ワーウルフ』じゃねえな。なんなら、ワーウルフというものについて、俺らは誤解していたかもしれねぇな?」
「どういうこと?」
「呼び方を分けた方がわかりやすいな。この『ワーウルフ』は、ただの変身能力がある賢い狼だ。そして、俺たちが今までワーウルフだと思っていたモンスターは、ワーウルフが変身していた別のモンスターだったってことだ。『ライカンスロープ』とでも呼ぼうか」
「ライカンスロープ……」
どっちも訳せば狼男だ。雰囲気での呼び分けにすぎないが、名前をつけるだけでも恐怖は薄れる。
「となりゃあ、コボルト連れて襲撃するのはライカンスロープの習性か? なんでワーウルフは普段ライカンスロープに化けている? そもそも狼ばっかのこのエリアは食物連鎖が機能してないんじゃねぇのか?」
思わず口から思考が漏れる。
周囲の皆はぶつぶつと呟く俺を不気味なもののように見てくるが、そんなことは気にしていられない。
「ワーウルフの行動も妙だ。同じ程度の身体能力になれるなら数で圧倒できるはず。まるで時間稼ぎのような動きだったような……」
考える。考える――が、わからん。情報が足りなすぎる。
愉快な気分じゃねえが、仕方がない。
「スイ、ヒルネ、トウカ。撤退すんぞ」
俺の言葉に全員が理解を示すよりも一呼吸早く。
オオオオオオオオォォォォォン……。
遠吠え。かつて聞いたどれよりも低く重たいそれが響いた。
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