第27話

 本人がワーウルフより頭が悪いパターンは想定していなかった。

 ワーウルフの変身は魔法的な能力だ。人知を超えたコピー能力は、網膜パターンや指紋などの生体的なものはもちろん、記憶なんかの領域も模倣もほうする。

 ただ、人間に対しての攻撃性を維持するためかは知らないが、価値観や思考能力までは真似できない。


 ゲームで例えるなら、アバターとステータスはほぼ一緒だが、技・スキル・プレイヤーの手癖なんかに違いが出てくる感じだな。


「つーわけでだ。だいたいは、トロッコ問題みたいな倫理観のテストだったり、数学や理系のような思考力を試す問題を出すんだが……コレじゃあな」


「ううう、すいません」「もっといい感じの問題お願いしますー」「三平方の定理ならまだいけるかもです!」「三平方の定理ってなんだっけ……」「ていへんかけるたかさわるに!」「それだ!」


 マジでうるせえ。バカが5人に増えるな。


「よほどお互いのことを理解していないと難しいかもしれませんね……」


 トウカが難しい顔をする。


「もしナガに変身されたら、わからない自信あるよ」


 スイも不安そうに俺を見る。大丈夫だ、安心しろ。


「そのときは俺同士で殺しあえばいいんだよ。フィジカルじゃなくて小手先で戦うタイプは、ワーウルフに有利を取りやすいからな」


 身体能力をコピーできても、戦闘中の思考はワーウルフ基準だ。知識はあれど、目まぐるしく動く戦況の中で、それを活かしきれる知能はワーウルフにはない。


「ヒルネは素の戦闘力はワーウルフより低いだろうから、その方法はとれねぇんだよな。パワーファイターのトウカも同じだ。ワーウルフ自体がパワーあるモンスターだから、力任せの戦い方は上手い」


 スイはよくわかんねぇや。妙に思い切りの良さがあるからな。


「あ、いいこと思いついた」


 スイが指を立てた。


「お、なんだ?」

「ちょっと1人ずつと話していい?」

「おう」


 俺はドローンからツヴァイハンダーをとり、正座させられているヒルネ達の背後に立つ。気分は処刑人だ。

 スイが一人一人の耳元で、コソコソと話し、何かメモのようなものを見せる。全員と話し終えたスイは、俺たちの方を向いた。


「わかったか?」

「うん。本物は……」

「ちょっと待て。外れを2体指名しろ」


 当たり1人を示せば、それが本当だった場合に、偽物4体が一斉に暴れだす。外れ2体だった場合、残されたワーウルフは「自分はまだバレていない」と望みを持つから、大人しくしている可能性がある。


「これと、これ」


 スイが指をさす。同時に、俺は体をひねりながら遠心力を使い、ツヴァイハンダーを振り抜いた。くるりと回転の勢いを乗せながら踏み込み、もう1発。2つの首がね飛ばされる。

 噴き出す血飛沫の中、ヒルネのようだった体がぐにゃりと歪み、毛むくじゃらの狼のそれに変化した。


「ちょっと! もし私が間違えていたらどうするの!?」

「対応ミスったら死ぬのはダンジョンで当たり前だろ。結果として大当たりじゃねぇか」


 スイもトウカも目を閉じて首を振った。あり得ないとでも思っているのかもしれないが、思い切りの良さって大事だぞ。

 生き残りのヒルネたちはガクガク震えている。


「1:4で違いが出たんなら、そりゃもう正解なんだよ。いいから言っちまえ」

「え、ええと。これとこれ」


 スイが言うが早いか、指された2体が短剣を抜きながら立ち上がろうとした。が、胴体ごと斬り捨てた。ツヴァイハンダー、使いやすいな。重さに引っ張られるようにして動いたら、想像以上に早く移動もできるぞ。

 大正解だな。地面に崩れ落ちたのは、両断された狼の死体。


「ひ、ひぇ」


 半泣きで腰を抜かしているヒルネには悪いが、こういうので「本当に正解なのかなぁ?」だなんて迷っていると、永遠に踏ん切りがつかなくなる。リスクが怖くて慎重にしか判断できないなら、ダンジョンには潜らない方が良い。


「どうやって判別したんだ?」


 一応スイに聞いておく。


「ええと」


 ちらりとヒルネを見て、少し躊躇いがちに続ける。


「1+1×5は? って。4人が6って答えて、1人だけ10って答えたから……」

「あー、逆にバカ1人を発見したってことか」


「そういうわけじゃ」


 そういうことだろ。うっかりさんと言い換えれば良いのか?

 ワーウルフと逆方向で知性の差があれば、それはそれで発見できるってことだな。昔の冒険者たちに教えてやりたい知識だ。


「これも多摩支部長えまちゃん案件か?」



多摩支部:汎用性に欠けますので……。

:馬鹿発見器

:俺もワーウルフに負ける自信あるわ

:ワーウルフ賢すぎんか?

:北京原人怖すぎだろ

:ヒルネちゃん斬るシーンで配信開いて漏らした

:ワーウルフ判別問題集つくるか



 汎用性に欠けるといえばそうか。まぁ、パーティーごとに対策を話し合っておけ、くらいしか言えることはないな。


「さて、そんじゃあヒルネ、集落での報告をくれ」

「少々お待ちください。ナガさんは周囲の索敵をしていただけますか?」


 なぜかトウカがテントを広げている。こんな開けた危険地帯でテントだなんて、何考えてんだ?


「何も聞かないで。索敵して」


 スイにまで強い口調で言われる。トウカがヒルネの体を隠すように抱き起した。

 あー。なるほどな?


「ちょっと離れたとこで草でも結んでるわ」

「そうして」


 あー、悪いことしたかもしれん。

 後悔はしていないが、反省はした。

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