第26話
100メートルくらいは草の罠を引いただろうか。いったん槍を立てて小休止する。
実に面倒くせえよな。これだから斥候は嫌になる。
俺一人だったらこんなことはしないでサクサク進むが、今はチームがいるしな。それに――。
「草結ぶだけなのにめっちゃ疲れましたわー」
手をぷらぷらと振りながら、後ろを振り返るヒルネを見た。こいつに経験を積ませてやらないとな。
本当に小っちゃいな、こいつ。俺が身長190くらいで、こいつは140くらいか? 細くて小っちゃくて、捕まえたら片手で振り回せそうなくらいの対格差だ。
「腰は痛くないか?」
「全然平気です!」
「若いな」
「ナガさんも体は若いじゃないですかー」
若いな、なんてつい言ってしまったが、腰が痛くない理由は他にあるだろう。シンプルに、小柄な方が腰を痛めづらい。
「それにしても、異様に静かだな。不自然な草の揺れもねぇから、近場で潜伏しているってわけでもなさそうだが」
「先行のパーティーが蹴散らした、とかですか?」
「それにしちゃ血の匂いがしなすぎる。もっと五感全部を使え」
「すんません」
ダンジョンは広い。この階層にしたって、横へ横へと移動した場合、どこまで続いているのか見当もつかない。モンスターに意思がある以上は、好き勝手に動いた結果、たまたまここが空白地帯になる可能性もゼロじゃないが……。
「ちょっと危険な感じがするな。荷物預ける予定のパーティーと情報交換がしたい。ヒルネ、先行してくれ。うちが罠仕掛けながら進んでいることと、静かすぎるってことについて伝えて、向こうからも知っていることを聞いて戻ってこい」
「おけです!」
飛び出す小さな背中を見送る。
足が草に絡まないよう、膝を胸につくまで上げて走る。それなのにバタバタした音は立てていない。
天才、なんだろうな。
ヒルネは斥候の才能を持っているが、経験がモノをいう斥候という業種だからこそ、才能に気づけていない感じがする。
1人でチマチマと草結びの続きをしていると、スイとトウカが追い付いてきた。
「ヒルネは偵察?」
「いんや、合流予定のパーティーへの伝令だな」
「メッセージ機能でも使えばいいのに」
「メッセージな。なぁ、そのメッセージ機能ってどこまで信用できるんだ? 例えばだが、スマートウォッチを奪われたら? 複製されたりしたら? どうなる?」
「どうなるって……ふつうは他の人じゃ使えな……!?」
スイは息をのんだ。
「気づいたか。地下25層には、ワーウルフが出る」
そのとき、集落の方から大声を出しながら集団が走って来た。
「「「「「大変ですー!」」」」」
視線をやると、5人のヒルネがいた。全く同じ顔、全く同じ装備。
ワーウルフ。人狼。
人と狼を混ぜたような姿で、コボルトとよく似ているが、こいつは妖精種じゃない。獣種、今だと魔獣種に分類される。
本質的には狼であり、変身の能力を使う。
「ナガさん、大変で」「人狼ですよ人狼!」「私が増えちゃった!」「さすがに本物わかりますよね!?」「私が本物ですー」「ごめんなさい、こんなことに」「集落もすごいことになってます!」「助けてくださいー!」
うるっせえ。
人狼ゲームの始まりってことだ。
「ど、どういたしますか、ナガさん?」
トウカも冷汗を流している。ということは、魔法で解決は無理か。
「定番の解決方法があってな」
「はい」
「全員吊る」
「えーと、皆殺しということですか?」
「おう」
「ダメに決まってるでしょ!」
細剣の
「まあいいさ。こういうことがあるから、斥候が単独で先行するんだ。一斉に化けられて乱戦になるのが最悪だからな」
「それはそうだけど……どうやって見破るの?」
「普通は質問を重ねて、本人っぽさで判定する感じだな。だが、ドローンの映像でどうにかならないか?」
「確かに!」
「おう、お前ら全員5メートルはあけて並べ」
「はーい」「はい」「すんません、本当に」「ごめんなさい」「はいー」
「そんで、正座しろ」
見破った瞬間にぐちゃぐちゃ動かれるのが面倒だからな。
正座させたうえで、足首に草をくくりつける。これで即座には動けない。
俺とスイとトウカで配信画面を
「ドローンの人物判定が混乱して、視点がガクガク変わりますね……」
そうなのだ。人狼に化けられた瞬間から、ドローンが誰を映せばいいか分からなくなり、視点が動き回り、その間にヒルネたちの立ち位置が動きまくる始末。映像での確認は不可能だった。
「現代技術頼りにならねぇな。古き良き方法でやるか」
「お願いするね?」
俺は左端のヒルネから尋問を開始した。
――何歳?
「16歳です」
――緊張してる?
「……そりゃしますよー」
――こういうのは初めて?
「初めてですねー」
――こういうことに興味があったの?
「興味って、状況的に仕方なくじゃないですか」
――1人でもする?
「しないでしょ」
「なんか質問おかしくない?」
「おかしいか?」
インタビューといえばこんな感じだったと思うんだがな。謎に配信コメントも盛り上がっている。
ぶっちゃけ俺もパーティーでこの階層潜ってたわけじゃないから、そんなに詳しくはないんだよな。あと、そもそも俺がヒルネについて詳しくないっていうな。
「それじゃあ、別の方法をとるしかないわな」
「他にあったのね」
「ワーウルフは知能が高いとはいえ、人間ほどじゃあない。だから、ちょっと難しい問題を出せばいい。二次関数の計算あたりから出来なくなると言われていたな」
なお、冒険者の大半は二次関数がわからないから、
「この中で二次関数解ける奴」
全員が視線を逸らした。
うっそだろ、おい。
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