第25話

 残った竜の肉を、ラップみたいなものでぐるぐる包む。スイから分けてもらったこの資材は、包んだものの腐敗を遅らせる効果があるらしい。といってもほんの数日伸びる程度らしいが。

 隣でトウカとヒルネが、巨大な肝臓と火炎袋に四苦八苦しながら、同じような処理をしている。


「ボスの調査自体は終わったが、どうすんだ?」


 誰がリーダーとかではないが、なんとなくスイに尋ねた。

 スイは金属のポールを組み立てて、アンテナのようなものを立てている。それが居場所を示し、そこに誘導するビーコンになるらしい。


「ナガさえ良ければ、もう少し潜りたいな。今、下の階層から戻ってきてる最中のパーティーがいるみたいだから、売却用の採取物は預けられないか、協会を通じて交渉できるかも」


「俺は大丈夫だ。つーか、探索者事情ってのも随分と進歩したもんだな」


「今さら?」


 もちろん、今更だ。

 違うんだよ。ドローンの積載量だとか、スマートウォッチがとか、そういう純粋な技術面の進歩じゃねえんだ。


 ダンジョンに潜るのがメジャーな仕事になって、たくさんの人間が同時にダンジョンにいる。それぞれの身元がしっかりしていて、お互いにある程度の信用がある。ただ潜ってお宝かき集めて帰るだけじゃなくて、ビーコンや拠点の設営なんかの依頼もある。


 そういう、産業としての進歩があって初めて「帰りは荷物少ないんだから、俺らの分も持って帰ってよ」という交渉が成り立つんだ。


「地下26層以下の経験は?」

「まだ。だから、ナガがいるのが前提のダンジョンアタックになるんだけど、いいかな?」

「お互いにとって折角の戦力強化だ。行けるところまで行くか」


 俺とて別に圧倒的に強いわけじゃない。所詮は人間、対応力に限界ってもんはある。カバーがあるなら、それに越したことはない。


 話はまとまり地下26層へ。

 地下25層と26層には極めて大きな違いがある。それは。


「めっちゃ晴れてますわー……」


 ヒルネがぽかんと口を開けて空を見上げる。

 広がる青空、中天を超えやや傾く太陽。足元には膝くらいの丈の短い青草が風にそよいでいる。遠くには小さく建物の影が見えた。


「階層降りたら、斥候は警戒だぞ」

「あ、すいません」


 気持ちはわかる。

 地下25層までは、屋内だろうが屋外だろうがずっと薄暗い。だが、地下26層からは昼夜の区別がある。

 この階層の地理的な特徴を言うなら、廃村ってところか。放棄された耕作地と、ところどころに点在する集落。この集落で意外と物資が手に入るんだよな。


「あそこの集落に、採取物を預かってくださるパーティーがいるようです。ビーコンを立ててくださっています。一先ず合流いたしましょう」

「わかった。ヒルネ、俺と先行するぞ。スイとトウカは、俺たちが踏んだ草の右側を必ず歩け」


 スイとトウカは理解していないながらも、頷いた。

 ヒルネと二人きりで、小走りで先行する。いくぶんか距離をとれたところで、ドローンから取り出した槍を1本地面に突き刺し、レイスのローブを引き裂いて作った布切れを縛り付けた。


「何してんですか?」

「2本の目印を作って、その間に罠を張る。こんな目立つもんがあれば、斥候なら周り調べて理解するだろ?」

「なるほどですなー」


 草を束ねて先端を結ぶ。単純な足掛け罠だ。綺麗な輪にする必要はない。こういうのは、雑でも数が大事だからな。


「なんでわざわざこんなモン作るのかっていうとな。この階層で出るのはコボルトとワーウルフなんだよ」

「ワーウルフって人狼でしたっけ。なんか関係あるんですか?」


「コボルトもワーウルフも、移動は四足歩行だ。あと、あいつら地味に知能が高い。過去に遭遇したときには、上半身に緑のカーディガンを着ていた。奇襲されると面倒だから、せめて片方くらいはふさいでおくんだ」

「うわぁ、斥候泣かせですわー」


 やつらは草に紛れるように、低い姿勢で走りたがる。だからこそ、雑な罠でもブッ刺さる。

 ところ変われば、同じモンスターでも厄介さが段違いで変わるんだ。それに、こうして道を作っておけば、帰りも楽だからな。



:これ全探索者がやったら、この階層くっそ楽になりそう

多摩支部:探索者が仕掛けた罠の目印用の資材と、その周知の準備をします。

:秒で公式反応してんの草原生える

:腰痛くなりそう(三十路並感)



 慣れれば簡単なもんよ。ガキの頃はちょっと長い草を見つけたら、暇をいいことに作りまくって大人に叱られたもんだ。手首を回しながら「くるりんちょ」のリズムで1個仕上がる。


「ヒルネ。斥候に大事な技能ってのは3つある」

「うす」


「単独で生きて帰ること。違和感を見逃さないこと。知識があること。この3つだ。逆に言えば、これに関係しない分の技能は必要ねぇんだ」

「……はい」


 ちまちまと草を結んでいく。地味だ。だが、この地味な作業が斥候の仕事だ。振り返れば、もう20メートルも防衛線が引かれている。

 地味さに耐えてコツコツやってりゃ、そのうち暴力はついてくるんだ。


「でも、ナガさんって知識すげー偏ってますよね」

「……ダンジョンに関係しない分のは必要ねぇんだ」


 俺は手を動かすスピードを上げた。

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