第24話

 包丁をぎこぎこと動かし、薄く表面をそぎ切っていく。それをスイが用意してくれた人数分のシェラカップに入れていく。


「熱くないの?」

「ありえん熱い」


 当たり前だろ、肉が焼ける温度に手を置いているんだからな!

 こういうぱっぱ作業したいときには100均包丁はダメだな。ギコギコしなくてもスゥーっと切れるやつが欲しい。


 全員に行き渡り、それぞれが好みで調味料をかける。俺は断然、塩とワサビだな。わさび自体に塩を練り込んで、それをちょいと付けて食べるんだ。鼻に抜ける清涼な香りが美味さを強調するのはもちろんだが、何よりも食うときに扱いやすいのが良いな。


「いただきまーす」


 女子たちが声を揃えて、ちゃんといただきますしてから食べ始めた。

 こいつら育ち良いよな。


 俺も拠点からパクってきた割りばしでケバブを食べる。ん-、ラプトルの肉って感じだ。

 小さく切られてなお残る硬さ。まずそれに「ん?」となる。が、噛み締めた部分から強い旨味が染み出してくる。肉汁だのサシだの贅沢なもんじゃない。鴨肉のような、肉の繊維がほどけるときの旨さが、シンプルにがつんと来る。


「なにこれ、めっちゃ美味しい!」


 スイはシンプルに塩コショウで食べている。

 そうだろうよ。旨い肉は、どう食ったって旨いんだ。


「竜種ってこんなに美味しいのですね」

「肉食の動物は美味しくないってよく聞くけど、全然臭みとかないですわー」


 大好評のようだ。がっつく育ちざかりどもに、どんどん肉を切り分けてあげる。なんか父親にでもなった気分だな。


「肉食動物が不味いってのは偏見だな。マグロもブリも肉食魚。イセエビは虫で釣れるし、カニは腐肉食。クジラだって肉食だ。カエルやワニなんかも肉が美味いってんで、昔は何度も話題になってたな」


「なんていうか、それは水回りの生き物だから、とかじゃなくて?」


「ジビエだとアナグマなんかはめっちゃ美味いって言われていたぞ。肉食動物が不味いんじゃなくて、イヌ科とネコ科が不味いってだけなんじゃないのか?」


 知らんけど。魚を食う魚は美味いのに、魚を食う鳥は不味いとかもあるしな。牛もバッファローも美味いのに、水牛は不味いとか、色々だ。


「ちなみに竜でも不味いやつはいるから、味なんて種で大きく変わるもんだ」

「へぇー、そうなんだ」


 ぶつりと口の中でほどける感触も、慣れれば癖になる。シェラカップをドローンのカメラに見せつけて自慢してやる。


 4人がかりで食べればあっという間になくなった。串代わりのツヴァイハンダーが触れていた場所は食べずに、そのまま炭にしてしまう。

 食休みにダラダラと休みながら、俺は気になっていたことを聞いてみた。


「そういえば、何でお前らはダンジョンに潜ってんだ?」


 俺の時代とは扱いが違うし、配信が流行っているからには、多少は芸能人に近いようなキラキラ感もあるだろう。

 だが、命懸けだし、泥臭くて、我慢の多い仕事でもある。

 普通に生きていれば明日の朝日を拝める人間が、わざわざ目指してやるような商売じゃないと思うんだが。


 あ、れん君と康太こうた君は別だ。蓮君はバカだからダンジョンがお似合いで、康太君は荒事の中で成長した方がいい。


 質問にまっさきに答えたのは、意外にもトウカだった。


わたくしは魔法にかれたからですね。30万年の人類の歴史の中で存在しなかったに、体当たりで触れられるのが嬉しいんです。買ったばかりの本を1ページずつ大事に大事に開いていくような……知的好奇心が満たされる胸の高鳴りがために、探索者になりました」


 めっちゃ真っ当な理由だった。

 確かにな。あんまり関心を持ってこなかった俺だが、魔法に魅せられるやつは昔からいた。ファンタジーだ、そりゃあ夢をもつ。

 俺とて魔法は嫌いじゃないし、興味がないわけじゃない。ただ、自分が使うには、なんていうか頼りないのがな。得体のしれないふわっとしたものより、強く握りしめられる鉄の方が安心できるってだけで。


「私は……なんでだろうね。仲が良かった先輩がダンジョンで亡くなって、それで……」


 スイは自分の心の中の答えを探しながら、ゆっくりと話す。それでもはっきりと言葉にするのは難しかったのか、諦めて目を伏せた。


「気持ちを整理する前に行動してんのか。ダンジョンに向いてるな」

「なにそれ」


 俺の発言が的外れすぎたのか、スイは小さく笑った。


「私は2人と比べたら、全然ちゃんとしてないっていうかー……配信で見た探索者がかっこよくて、うちで経済的なあれこれがあったタイミングだったのもあって、それでですねー」

「あるあるって感じだな」


 ヒルネは気まずそうだが、理由なんて人それぞれだ。


「俺は腹が減ったから飯食いに来たからな。おかげでドラゴンケバブだ」

「ダントツでひどい理由だよね」


 ちょっとだけ湿っぽい空気を吹き飛ばすように俺たちは笑った。


 ただ、ちょっと不安が残るな。

 ヒルネは探索者に理想の姿があるのだろう。そして、今回のボス戦ではほぼ活躍の機会がなかった。

 斥候職ってのはそんなもんだ。探索時にもっとも輝くのであって、強力なモンスターとド突きあうのは専門外。問題は、そのを受け入れられるほど、思春期の少女が大人なのかってところだ。


 しばらくは様子を見てやった方が良さそうだな。

 焚火を囲んで楽しそうに話す少女たちを見ながら、そんなことを思った。

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