第22話

「ブレス!?」


 咄嗟の判断だったのか。トウカが盾を構え、体勢を下げる。それを即座に横合いから蹴り飛ばした。予期せぬ方向からの衝撃に、簡単に吹っ飛ばされ転がった。


「きゃっ、何を!?」

「ヒルネ、回収しろ!」


 ラプトルが首をむちのように振り、火球を飛ばしてきた。とっさに転がってかわす。着弾した火球は、水風船のように弾けて、放射状に火の海を作り出した。


「可燃性の液体だ、受けるな!」


 まるで焼夷弾だ。粘つく燃料は、触れた場所をしつこくしつこく燃やす。

 ラプトルが再度首を振り上げた。おかわりなんて、気前のいいやつだ。


「ううう、重すぎる~!」


 ヒルネが顔を真っ赤にしながら、トウカを引きずって下がる。

 対して前に出たのはスイだった。


『タイミ シナ モ ポウツ セ アウマイ』


 かざす左手。指輪が光った。

 ラプトルの前に、光の柱が立った。まさに火球を飛ばそうと振り上げていた頭が、柱にぶつかる。

 ごんと鈍い音とともに、光の柱は霧散した。瞬間的に障害物を出すだけの魔法か!

 だが、その衝撃で口から溢れた燃料が、ラプトル自身に降りかかった。顔面が炎に包まれる。


「ナイスだ、スイ!」


 竜種に炎が効くのかは知らないが、五感の大半は封じただろ!

 狙いがかなり甘くなった火球をかいくぐり、さっき指を潰した足に、再び斧を叩きつけた。

 ラプトルが身をよじり、がむしゃらに暴れた。

 ほんの一瞬、目の前が暗くなる。じりりと額に熱いものを感じた。


「ナガ!」

「尾がかすっただけだ! 心配ない!」


 ブレスの炎が消え、明暗の差で視界がくらんだそのとき。タイミング悪く尾の振り回しが当たってしまったようだ。

 衝撃による脳震盪のうしんとうはない。本当に掠っただけ。だというのに、派手に出血してやがる。


 目に流れてくる血が鬱陶うっとうしい。

 傷口から鼻の横を通りあごまで、歌舞伎役者の隈取くまどりのように、指で血を引き伸ばす。血に流れが生まれ、これで目に入らなくなった。


 ラプトルをにらみ上げる。

 無機質な鱗に覆われた顔には、たしかに激昂げっこうの色が浮かんでいるように見えた。


 無造作な噛みつきを斧で打ち返すと、ラプトルは派手に仰け反った。

 効いてる――違う。

 背筋に冷たいものが走る。


 仰け反った勢いそのままに、長い尾だけで体を支える姿勢に。揃えられた足の裏が、俺をぴたりと狙う。死――――。


「後ろは、私の担当っ! だから!」


 ばつん。太いゴムが切れたような音がした。尾が地面を滑り、ラプトルの体がじたばたと宙で泳いだ。地響きをたて、無様に倒れこむ。尾の先端が切断されていた。


「はぁーっ、はぁーっ」


 地面に刺さるほど深く剣を突き下ろしたスイが、肩で息をしている。足元には切られた尾の先端が落ちている。


「よくやった!」


 お前最高だな!

 笑みが抑えきれない。意図せず歯茎をき出しにして、俺は藻掻もがくラプトルに躍りかかった。

 狙うはわき。関節付近の可動部は、どんな生き物でも多少は柔らかくなる。そして、脇の下には大きな血管が走っている。


「おおおおおおオオォォォォ!!」


 腹の底から叫んだ。

 振り抜く手斧は銀色の残像を描き、指の先はビリビリと痺れる。過去最高の一撃が、狙いあやまたず、ラプトルの脇に突き刺さった。

 ばきりと、手斧のが折れる。だが、刃はしっかりとめり込んでおり、隙間から大量の血が溢れ出た。


 ラプトルの巨体がのたうつ。


 体高4メートルのガタイからすれば小さな傷。それでも命に直結する場所をと呼ぶんだ。人間だって首筋を5センチも切られりゃ死ぬ。


 ラプトルが首をもたげ、俺を見た。鱗に覆われ変化が見えない表情では、何を考えているのかわからない。

 カチッ……。

 一度だけ発火器官を鳴らし、諦めたようにうつ伏せる。


「勝った……んですか?」

「ああ」


 トウカとヒルネも合流してきた。火球ブレスの余波とかは食らっていないようで何よりだ。

 俺は石の床から細剣を抜こうと四苦八苦しているスイの肩を叩いた。


「よお、MVP」


 スイは俺の目を見てから、ゆるゆると首を振った。


「何もかも、実感わかないや。これって、竜種を倒したってことでいいの?」

「そうだぞ。こんなナリでも立派な竜種だ。ブレス吐いてただろ」

「それもそっか。で、傷は大丈夫なの? 大丈夫そうには見えるけど」

「もう痛みもねぇや。トウカの支援魔法バフが効いてんのかもな」


 流血もほぼ収まったようで、あごから血がしたたることもない。やっぱ支援魔法バフはすげえや。

 集まり立ち話をする俺たちとは対照的に、ラプトルは静かに目を閉じている。床には大きな血溜まりが出来ており、みじろぎ一つない。


「なんか今回、なにも出来ませんでしたー……」


 ヒルネが刃先の欠けた短剣とラプトルを見比べながら言った。


「そんなもんだ。斥候職のあるあるだな」


 と、ここで完全にラプトルの命の火が消えたか。地鳴りとともに、最初にラプトルが出てきた場所に、ダンジョンの階段が生えてきた。これでボス戦クリアってとこか。

 ドローン4台がすーっと空中を滑るように近づいてくる。表面をおびただしい量のコメントが流れていた。



<優先コメント>

鬼翔院きしょういん柚子ゆず:お見事。

10000 -4.7min.


:おめでとう!

:北京原人最強!

:ドラゴン討伐!

:うおおおおおおおおおおおお

:やりおった、やりおった!!

:食うのだ。はよ食えなのだ。

:やるって俺は信じてたぞ!!!



 だいたいは喜びの声みたいなもんだが、なんだこりゃ?

 俺のドローンをちらっと見たスイが驚いた顔をした。


「鬼翔院さんから投げ銭きてるよ!?」

「あー、これが投げ銭か。鬼翔院さん、投げ銭どうもありがとうございます。これって幾らなん? 見ての通りの1万円?」


「リアクション薄いって! 鬼翔院さんだよ!?」

「熊に敗走した人だっけ?」



<優先コメント>

鬼翔院きしょういん柚子ゆず:お見事。

10000 -4.5min.

鬼翔院きしょういん柚子ゆず:覚えて置け。

1500 -4.9min.


:まずい

:死んだな

:じゃあの、北京原人

:お前はやるって信じてたよ?(呆れ)

:現代人のコミュニケーション学んでから来い

:半年ROMれバカ

:調子に乗んな、**

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