第18話

 幾度かの戦闘を経て、細々したものを拾ったりしながら、俺たちは地下23層と24層の間の階段にいた。

 拠点を出てからだいぶ時間が経っている。ここいらで1泊するのが賢明だ。身軽な装備のヒルネなんかは元気そうだが、重装備のトウカは疲労でしんどそうにしている。


「こんなダンジョン舐めた持ち物、初めて見た」


 俺のドローンの荷物を覗き込んだスイが呆れたように言う。喧嘩売ってんのか?


「ライター3個パック、裁縫さいほうセット、釣り糸、消毒液。ここまでは良いだろ?」

「そうね」


「拠点からパクってきたレトルトが何食かと水。これも良いだろ?」

「あんまり褒められたものじゃないけど、そうね」


「キッチンナイフ、塩、胡椒、わさびチューブ、にんにくチューブ、歯ブラシ。以上」

「以上、じゃないから!」


 スイがキレた。そんな怒んなくても。他に何が要るんだよ、逆に。


「色々足りないけど、なんで下着の替えも持ってきてないの!?」

「前後ろ、裏表で4回はける」

「汚い!!」


 正直俺もそう思う。


「でも税抜き1000円、税込み1200円で探索に行けるんだからお得だろ」


 既に確定しているだけで、18800円も黒字だ。他の細々したものも売れば、もっと大きな稼ぎになるだろう。節約万歳!


「普通はそれだけでは行けないんですけどね」


 壁にもたれかかっているトウカまで呆れた顔だ。


「醤油が入っていないのが気になりますなー」

「そこじゃないでしょ」


「いいところに気が付いたな。流石はヒルネだ」

「うへへへ、それほどでも」

「私が間違ってるの!?」


 スイがうるさい。飴ちゃんでも持っていたら口に放り込んでいたところだ。


「ダンジョンで醤油使うと、なぜか獣種……今だと魔獣種か。の中でも熊みたいな奴らが寄ってくるんだよな」


 熊は手ごわい。なんなら地上の熊ですらバカみたいに強いのに、ダンジョンの熊ともなれば言わずともわかるだろう。

 大型の種類ともなれば、竜種にすら匹敵する。そんなダンジョンの熊を呼び寄せるのは自殺行為だ。


「それ本当ですか? 初めて聞きました」

「おじさん嘘ついたこと無いんだよな、実は」


 噓つきの常套句じょうとうくだが、本当だ。憶えてないだけで嘘ついてるかもしれないけどさ。


鬼翔院きしょういんの2人が初めて敗走したのも熊でしたっけねー」

「誰だそいつら。ビジュアル系バンドマン?」


「今一番勢いがあるダンジョン配信者。姉弟でやってるんだけど、2人とも2級の実力があって、戦闘面ですごく注目されているの」

「2級でも熊には勝てんか」


「ナガさんは勝てたの?」

「期待に応えられなくて悪いんだが、あれは人間が勝てるように出来てねぇよ」


 四足歩行の時点で高さ10メートルくらいあるし、ヒグマってよりシロクマみたいな体形で、手足が長いんだよな。人間が使える武器じゃ有効打は与えられない。倒すなら戦車でも持ち込まないとな。


「でもこの情報がちゃんと検証されたら、凄い価値がありますよー! それこそ、何を持ち帰るよりも高値が付くかも? です!」


「そうですね……。携行食料の見直しはもちろんですが、熊を誘引することで危険を避けることもできますし、竜種に熊をぶつけて共倒れを狙えるかもしれません」


「醤油が戦術物資になりゃあ面白いな」


 そう聞くと検証のために持ってくれば良かったと思えるな。

 ちなみに焼肉のタレを持ってきていないのは、原料に醤油が入っているものが多いからだ。相当違う匂いになっているから大丈夫だとは思うんだが、熊の嗅覚は犬より鋭いっていうしな。


「ま、だいたいのものは現地調達できるから良いんだよ。武器もこの通り手に入ったしな」


 ドローンが吊るすコンテナには、ここまでの戦闘で集めた武器がごろごろと放り込まれている。冒険者時代には出来なかった手段だ。チャンピオンのツヴァイハンダ―も回収してある。

 今の俺の武装は毎度お馴染みレイスの手斧になっている。


 斧は良いぞ。

 斬撃にも打撃にもなるし、頑丈で壊れづらい。ダンジョンのものだからか、地上の製品よりもより壊れづらい気がするんだよな。こいつの耐久性があったからこそ、深層でも生き残れたと言える。

 アンデッドが持ち主だからか、錆びまくってるのが玉にきずだがな。


 話はついたとばかりに野営の準備を始める。少女たちも同様に準備を始めたのだが、俺の準備に文句を言うだけあって、相当なものだった。


 階段の上下に、持ってきた資材を手早く組み立てて、金属製の逆茂木さかもぎみたいな障害物を設置する。そこにセンサーを取り付け、階段前に敵が現れたら警報が鳴るようにする。

 しっかりとマットを敷いたテントを立て、薄いプラ板みたいな素材で仮設トイレまで作ってしまった。


 至れり尽くせりのキャンプ場って感じだな。

 一方の俺は、その辺にあった絞首台をバラして手に入れたたきぎを燃やして、レイスのローブをひっかぶって寝転がるだけ。

 スイたちも気まずそうにしていたが、流石に一緒のテントに誘ってくることはなかった。



:かわいそうwww

:ダンジョン舐めてるからそうなる

:文明人を見習え

:こいつどうやって生き残ってきたの?

:ダンジョンに25年いたってのも確定情報ではないからな

:焚火でごろ寝似合ってるぞwww



 こいつらうぜえわ。というか25年経ってるんだから「www」くらい滅んでおけよ。

 俺は起き上がって1発ドローンを殴り、コメントを黙らせた。

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