第8話
なんとなく、場の空気からして俺の発言がまずかったことはわかる。が、吐いた唾は吞めないし、聞かれた失言は耳から回収できない。リアルな吐いた唾くらいなら吞めるんだがね。
「あれー、地下25階って言ったんだけどなー。聞き間違いじゃないかなー」
「そういうのはいいです」
「はい」
誤魔化せねぇかなと試みるがあえなく失敗。
「そんなおかしなこと言ったか?」
こう言っちゃなんだが、俺は別にめちゃくちゃあり得ん強いってわけじゃない。はず。
ダンジョンに潜る奴らの中には、魔法に代表されるように、特異な才能を開花させる者がいる。そういうのに比べたら、がむしゃらに喧嘩殺法みたいなことをやっている俺は、かなり一般の戦闘力に寄っているはずだ。
はぁー、とため息が聞こえた。田辺巡査部長だ。
「実際、特定地下探索者の中には、単身で地下60階まで到達した者もいる。だから、地下45階層到達それ自体は特別おかしなことではない」
「ほれみたことか」
「だが、地下35階層より先で“生活”した人間は、記録上存在しない」
「……げっ」
田辺巡査部長によると、地下40階層を境目にして、大きな区分がされているようだ。
地下1階層~地下34階層が、「開拓領域」。
地下35階層が「
そして地下36階層から先が「冒険領域」。
この基準は非常に単純なものだった。拠点を建築できるかできないか、だ。
36階層から先は、巨大なモンスターが平然と歩き回るようになる。どれだけ頑丈な拠点を建築したところで破壊されてしまう。
35階層には基本的に巨大なモンスターが出現しないが、ごく
「全世界、どの国を見ても、探索の最高深度は地下60階層前後で止まっている。これは、探索者や軍の力不足によって起きるものじゃない。純粋に、補給の――
田辺巡査部長の目がぎらりと光った気がした。
「どこの国も、こう考えているだろうな。『ああ、他のどの国にも先駆けて、深層でのサバイバル技術を確立させたいものだ』と」
あかん。
なんか無駄に大げさな話に巻き込まれだしたような気がする。
サバイバル技術だ? そんなの、〇ん〇んの先っぽから魚が入らないように気をつける、くらいしかねえぞ!
「もしかすると、君の事情聴取はすぐに終わるかもしれないな」
ふっと田辺巡査部長が笑った。
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「全然終わらねーじゃねーか!!!」
取調室の机を思いっきりぶん殴った。天板がへし折れ、M字みたいになる。
「終わるかもしれないな、ふっ。はどこ行ったんだよおい!」
「いや、済まないとは思っている」
目の前に座っているのは、らしくない冷汗を流している田辺巡査部長だ。
任意同行でノコノコ警察署についていってから、もう5日になる。どうせ家もないんだからと留置所暮らしを満喫しているが、いい加減、処遇が決まらない状態に苛立ってきた。
25年で変わった街並みだとか、今の社会ってどんな感じなのかなとか、そういう色んなことをすっ飛ばして警察署に来てんだぞこっちは!
あれ、警察署希望したのは俺だったったけ。
そんなことはいいんだよ。
「とりあえず、身元の確認はとれた。当時の法律からしてダンジョンに入るのは違法じゃねえ。ダンジョン内で拾った武器でモンスターと戦うのは緊急避難の範囲! 何も問題ねぇだろうが!」
「問題ないことに困っているんだ」
「なにぃ?」
「地下45階層でロクな装備も持たずに生きていける人間を、住所不定無職無資格の状態で、街に解き放てる訳がない……」
「あー……」
そりゃまずいな。法的には問題ないけど、どう考えてもまずいと。ダンジョンのモンスターを地上に放つのと、あんま変わんないもんな。
あと、地味に今の服装は特定地下探索者協会? の服だから、問題を起こせばそっちにも迷惑をかけるだろう。
「といっても、あくまで任意で滞在してもらっている状態だから、君が出ていくことを希望するのであれば、こちらには止める権利がないわけだが」
それもそう。
というか、ぬるっと長期間警察のお世話になれている理由が、その任意ってところにあるからな。
行く宛てもないからのんびりしていたが、いい加減出るか?
ホームレスになったって、別に人生終わりってわけじゃないからな。
大都市の自治体なんかだと、ホームレスのシェルターが満員だったりで、適切な福祉に繋がれない問題がある。だが気合で徒歩移動して、ちょっと田舎の自治体まで行ければ、案外すぐにシェルターに入って生活保護受けてって出来たりするもんだ。
生活保護の受給が確定する前でも、前借りで1日2千円とか借りられたはずだしな。
「んー、じゃあ俺もう出るわ。そもそも警察ってあんま好きじゃないしな」
「そういうタイプに見える」
田辺は苦笑した。
お、ロボット君かと思いきや、少しはユーモアのわかるタイプだったか?
「少しだけ待ってくれ。両協会に連絡を入れておく。それでも動きがないようであれば自由にしていい。警察としては最善を尽くした」
「うす」
ここ出たらどうしようかね。
今まで見てきた人たちの様子からして、使われている情報端末は、とっくにスマホじゃなくなっているみたいだ。スマートウォッチみたいなやつから、ホログラム画面を出して操作している。
とにかく、昔よりもさらに情報化社会は進んでいるはず。デジタル端末を手に入れないことには何もできない社会になっている可能性だってある。
あらゆるセキュリティが向上しているとしたら、その辺でかっぱらって使うわけにもいかんだろうし。
「親切な人」に「ご協力」をしていただいて、生活基盤作るか~?
ナガさんの完全犯罪計画を立てていると、田辺が戻って来た。
「待たせた……って、なんだ4000万人くらい殺してそうな顔してるぞ」
「誰がスターリンじゃ。で、どうなった?」
「お迎えが来るらしい。協会の方で生活基盤を整えてくれるらしい、良かったな」
「そいつは良かった。晴れて俺も飼い犬か」
「野犬は全世界で根絶されたぞ。狂犬病もな。今の世界には飼い犬しかいないんだ」
管理された犬しか要らないってか。
気に入らないところもあるが、納得するところもある。
俺だってきっと、人生が順調なものだったら、そんな社会を心から歓迎していただろうからな。
就活の時期に、銀行のシステムに大規模なトラブルが発生。そこからの金融危機で、数年間大きな不景気が日本を襲った。
国は金融緩和と大規模な公共事業を行って不景気の解消にあたったが、その間に俺が出来たのは、非正規での現場仕事だけだった。
あれよあれよと荒んでいき、気づけば冒険者になっていた。その末が今の俺だ。
ネクタイ締めて仕事して、結婚して子どもがいてっていう、あったかもしれない“今”。そんな俺だったら、つけられた首輪に思うことなんてないはずだ。
部屋に若手の警察官が入ってきて、田辺に耳打ちをする。
「迎えがついたらしい。行くぞ」
「ついにか。久々のシャバだぜ。ううう、お世話になったな、とっつぁん」
「もう来るなよ」
お決まりのやり取りを挟んで、俺はついに警察署を出た。
――その翌日。
右!!
左!!
中!!
ジャラララ
中!!
右!!
左!!
ジャラララ
俺はスロットを打っていた。
2050年でもパチスロは生き残っていたらしい。やったぜ!
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