第9話
特定地下探索者という、一般人より身体機能が高いやつらが現れたことによって、パチスロからは「目押し」という概念が完全に消えていた。
もう店が設定した確率で回すだけの純粋な運ゲー。さみしいねえ。昔から運ゲーだろと言われてしまえばそこまでだが。
偵察や斥候をよくしていた俺にとっては、音の洪水と言っても差し支えない、くっそうるせえ空間。
だが、常に油断できない環境から日常生活に帰って来た実感が凄まじい。
髪も切ってスッキリして、スロットもラッシュモードぶん回して気分上々って感じだ。
連チャンが終わったタイミングで特殊景品に交換し、なぜかパチ屋の近くにある古物商で買い取ってもらった。
お金は電子マネーでスマートウォッチにチャージされる。
家やデバイスの問題は昨日あのあと、協会の人によって解決された。
俺の現在の扱いは、昨日付で採用された協会の職員ということになっている。スマートウォッチは業務用端末が支給され、家は協会の名義で借りたマンションの一室を転貸借する形になった。
当座の生活費については、ダンジョン生活のレポートを有料で買い取ってくれる予定になり、それを前借りするという、スーパー錬金術でチャージしてくれた。合法だよな?
転貸借っていうのは、俗にいう又貸しだ。大家さんから協会が借りて、それを俺に貸す。俺が家賃を滞納したり物件を傷つけても、協会がちゃんとお金を払うから、大家さんにはノーダメージ。協会の社会的な信用あってのものだな。
スマートウォッチが振動する。電話の着信だ。協会の多摩エリア支部長さんだな。冷たい美人って感じで、とても良い。
「もしもし?」
「今何をされていますか?」
「彼女かな? お散歩中っすね」
「特定地下探索者免許の試験勉強は、極めて順調という風に受け取ってよろしいですか?」
「苦戦中っすね~。何がって、そら体調がすぐれないもんで」
そうなのだ。今の俺は、マストで資格を取ることを求められている。
協会の職員という立場は、あくまで首輪をつけるのと、俺の身元をはっきりさせるためのもの。業務は全く求められていない。
何もしなくていいから、さっさと探索者として活動できるようにしてくれと言われている状態だ。
「それで散歩、と」
「少しは体動かした方が良いらしいっすよ」
長期間ダンジョンに潜っていた影響を調べるために、病院での検査もした。
最新の医療ってエグい進化してるのな。採血・検便・ようわからん全身スキャン。以上。しかも30分以内に結果発表って感じだった。
めちゃくちゃ健康に見える俺だが、1個だけ病気にかかっていることがわかった。それが。
「そらもう、少しでも健康的に過ごさないと、寄生虫が調子にのりますから」
「はぁー……」
生水飲むこともあったし、果物の生食もあったし。肉の生食こそしなかったが、生水って時点で良くなかったのだろう。
しかもこの寄生虫がダンジョン産ということで、完全に未知の寄生虫だった。神経に張り付いているらしく、摘出は難しいらしい。キモいね。
ちなみに、この寄生虫によって勉強に支障が出ることはまったくない。
シンプルに難しいんだよ。25年間の法整備の集大成と、実際の運用についてと、協会規則と、ダンジョン環境やモンスターについての知識。行政書士試験の3分の1くらい勉強が必要な感じだ。
この前まで、全裸で斧振り回してたんだぞ!
無茶言うな!
つーか、しれっとこの試験に合格してるスイってすげえな?
「試験ってリモートで選択問題がほとんどっすよね?」
「ええ、まあ」
「ほな、今日の枠で受けてみますわ」
「……協会としては、運だけで合格を狙うことは推奨しておりません。また、問題数も多いため、確率的にもほぼ不可能です」
「さっき750分の1、当てたぜ」
「?」
いやー、適当に座ったスロットのスペック確認したら、初当たり重すぎてびっくりしたね。よく大当たり引いたわ俺。
「とりあえず、試験結果出たら連絡しますわ」
そしてこの日の夕方。
――俺は見事に、運だけで試験に合格した。
マジですげえな俺!?
法定研修は実務経験ありということで、最初の研修はスキップ。年6回の研修は特例措置がないからちゃんと出ろとのこと。
本来この制度は元自衛官なんかが退職後に探索者になったときのためらしいが、俺も要件を満たしていたので適用。
というわけで。晴れて、俺も特定地下探索者としてデビューすることになった。やったぜ!
無職卒業である。
と同時に、協会への加入費用で60万円ほど請求され、一文無しになった。ふざけんなよマジで。
都市部では金がないと飯は食えない。じゃあどうするか。ダンジョンに行けばいい。
聞いたところ、ダンジョン内にある拠点は、協会の金で運営されているらしい。このバカ高い加入費の一部もそこに
あとは探索者が持ち帰ってきたものを協会がすべて買い取り、転売して出た利ザヤなんかも資金源だな。
てなわけで、協会所属の探索者は、拠点内の物資を好きに使っていいらしい。水や食料なんかもそうだ。ウマすぎるな?
俺は幾らかの物資だけ100均で購入してから、ダンジョンに向かった。
関東ダンジョン多摩エリア東小金井入り口。
かつては駅徒歩5分にあったマンションを粉砕して生えてきたダンジョンの入り口に俺はいた。
上下カーキの戦闘服、ちっちゃな袋を1個だけ吊るしたドローン。武器は100均のキッチンナイフ(刃渡り6センチ)。
見る人によっては無謀な準備だが、現地調達だけは俺が誇れる分野だからな。
ダンジョンの入り口を囲うように作られた、豆腐みたいな四角い建物に入る。受付でドローンを叩くと、ゲームのステータス画面みたいなものが表示され、それを読み取ってもらう。これで通行許可が下りた。
緊張はしない。恐怖心もない。かといって、別に懐かしさや感傷もない。
思っていた以上に、平常心だ。
俺はするっと階段を降り、ダンジョンアタックを開始した。
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