第7話
:やめろ
:頼むからやめてください
:本日のテロ会場はこちらですか?
:美少女の活躍を見に来たはずなんだけど、チャンネル間違えた???
:キモすぎオブザイヤーだろ
:俺らが悪かったんで勘弁してください
コメント欄は阿鼻叫喚だ。
何を映しているかというと、ドアップの俺の口内だ。
ほら、災害とか火災で亡くなった人の身元を判別するのに、歯科治療の履歴を確認するだろ。そこからの連想でスイに聞いてみたんだ。
『もしかして、今って銀歯とか金歯つけてる人あんまりいない?』
『銀歯?』
今どきの歯科治療は、人工的に作られた歯と同じ成分の詰め物を使うらしい。過去に銀歯を入れた人なんかも保険適用で変えられるってなもんで、銀歯そのものが歴史に消えていこうとしているようだ。時代の流れだな。
ということで、育ちが悪い俺はしっかり銀歯っ子だ。それを配信視聴者のやつらに見せつけてやった。おかげで疑ったことを大いに反省し、納得したようだ。
「で、でも、流石にその、見た目が若すぎるって」
衝撃が大きかったからか、スイの口調がフランクになっている。命を助け合った仲だ。気にはならない。
「俺もよくわかんないんだけどさ。ドラゴン食ったからかも」
「絶対それじゃん」
「いやでも、ラミア食ったからかも。人魚っぽいし。ほら、人魚伝説あるじゃん」
「人っぽいの食べるのはやめよ?」
「長寿といえば、エルフも食ったな。リアルのエルフが長寿なのかは知らんけど」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ」
なんでや。現実世界だと、エルフもダンジョンに湧く立派なモンスターだぞ。見た目こそ人間そっくりだが、追い込むと口がガバァって首まで開くぞ。
「あ、食い物以外でも心当たりが」
「……言ってみて」
「石板に描かれた光ってる魔法陣触ってみたら、なんか光みたいなのが胸にすぅーって吸い込まれたことあるわ」
「それじゃん」
「あ、でも逆に、悪魔の指10本絡めました、みたいなデザインの王冠拾って、被ってみたことも」
「んんんん、それは寿命が縮んでそう」
「大聖堂みたいな場所にあったゴブレットの中身を飲んだことも。めっちゃ苦かったわ」
「もうそれじゃん」
「あ、内側が7色に輝く宝玉を割ったら、光が空にクルクル昇っていって『ありがとう、人の子よ』って聞こえたこともあったな」
「絶対神聖な存在じゃない!!」
「ああ、そういえば、森の奥で石の台座に突き立てられていた、めっちゃ豪華な剣を引き抜いたら、なんか声が聞こえてきたのも」
「聖剣!? 勇者だったの!?」
「『悪しき者よ、剣を戻し立ち去れ』って言われたから戻したわ」
「悪しき者なんじゃない!!!」
スイは肩でぜぇぜぇと息をしている。
いやね、俺も少しやりすぎたなーと思ってるけど、そんなに全力でつっこまなくても。
:冒険しすぎだろ
:もうその全部合わせて寿命100億年でいいよ
:嘘乙
:悪しき者www
:もどせてえらい!
「あー、もう眠気どっかいっちゃった」
スイが頭を抱えた。
かわいそうに。でも、どれも本当の話だからな。
そんなアホなやり取りをしていると、にわかに入り口が騒がしくなった。どかどかと荒い足音が聞こえる。
入ってきたのは、アサルトライフルで武装した、SWATみたいな恰好をした男たちだった。警察のダンジョン特殊部隊か?
ちなみにファンタジー作品によって、モンスターに対して銃の効きっていうのはマチマチだが、ことリアルにおいては普通に効く。というか、ぶっちゃけ剣だの斧だの使うくらいなら銃を撃った方がよっぽど強い。
なんか検証はされていなかったが、銃で倒したモンスターからは魔石含めた一部の素材が取れない、みたいな話はあった。とはいえ、誰もがそればっかり必要としているわけじゃないからな。
さておき。
6人組の男たちは、銃口は地面に下ろした状態で、しっかりと距離をとって俺たちを半包囲した。
鋭い目つきの代表格らしき男が、スイの配信カメラに映るように、手帳のようなものを見せつける。
「私は警視庁 特定地下治安対策課 巡査部長の田辺だ。佐藤
ずいぶんと堅苦しい言い回しだ。
だが本当に不法行為だと考えているなら、任意同行じゃなくて強制的に逮捕しているはずだ。だって、現行犯の真っ最中だからね。
隣で顔を真っ青にしているスイには悪いが、これ、警察は俺の話をけっこう信じてくれてるパターンじゃないか?
俺は友好的な笑顔を浮かべて言った。
「警察署で話したいんで、送ってください」
田辺巡査部長は
当たり前だ。警察が捜査を協力した民間人を護送している最中に、怪我や死亡なんてしたら責任問題だ。
必然、不自由なく俺を警察署まで送り届けなくてはならず、全力で護衛する羽目になる。
「わかった。君の安全は我々が保証しよう。その代わり、武器は捨ててもらいたい」
「うす」
俺はゆっくりと足元に手斧を置き、両手をホールドアップしながら、足で蹴ってよこした。
田辺巡査部長は
「やけに手馴れていないか?」
「冒険者時代、こういうの結構あったんで」
ダンジョン関連の規制がなかったとはいえ、まともに武器を持ち込もうとすれば、銃刀法違反には違いない。モンスターを投石で殺してから武器を奪う手法が確立されるまでは、この手のトラブルはよく目にしたものだ。
警官の1人に入念なボディチェックをされ、リュックの中身まで確認された。中に入っている宝飾品を見た田辺巡査部長は「協会に入っていないなら没収になるな」と呟いた。くそが。
彼らはもともと、現在地のほぼ真上にある八王子ダンジョン入り口の警備をしていたようだ。そこへスイの仲間からの救援要請があり、配信を確認しながら地下に下りてきたらしい。
無事が確認できたとはいえ、俺が護送を頼んだついでということで、一緒に地上まで送ってもらうことになった。
2台のドローンに吊るされたハンモックに寝そべり、スイに笑いかける。
「ラッキーだったな、帰りは寝台車だ」
「お気楽ですね。そのまま逮捕されるかもしれないんですよ」
膝を丸め、小さくなって運ばれているスイは唇をとがらせた。
「お、心配してくれてるのか?」
いじらしさを感じてからかってみる。
「心配というか……話を聞いたり行動を見ていたら、ナガさんが嘘をついているようにも見えないんです」
おっと、思った以上にマジトーンだ。あと、動揺から立ち直ったのか敬語に戻っている。さてはこの子、良い子だな?
「信じてくれて、おじさん嬉しいよ。ところでスイちゃんは、家族や友達から、よく心配されないかな?」
「……っ! 誰が
おっと、言葉の裏側をきっちり読まれた。
けど、初対面の怪しいおじさんの言葉を信じるのは危ういと思う。信じてもらいたかったのも俺なんだけど。
いかんな。久しぶりの対人コミュニケーションで、感情が浮ついているようだ。
「まぁ、逮捕されんのは嫌だが、何が何でも避けたいってほどじゃないんだな、これが」
俺の言葉に、スイも周りの警察官も不思議そうな顔をする。
「ある程度の清潔さがあって、味のついた飯が食えて、周りに人間がいてさ。モンスターに襲われる心配もなく、寝るときに神経を尖らせる必要もなくて、体だって洗える。えーと上がった階数からして……だいたい地下45階層か? での暮らしに比べたら天国だろ」
沈黙が集団を包んだ。みんな表情をこわばらせている。
もしや、俺の過酷すぎる日々を想像して、共感してくれてんのか?
「あの」
「はいよ」
「聞き間違いだったらすみません」
「おう」
スイが歯切れの悪い口調で言う。
「地下45階って言いました?」
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