第6話

 15層は、屋外にも出ることができる、巨大な城のような構造をしている。西洋の様式の巨大な城と、城を囲む城壁や尖塔があり、その外側にはまた同様の巨大な城が延々と繰り返されているような感じだ。


 15層の拠点は、謁見えっけんの間みたいな巨大な一室を占拠して作られていた。

 出入り口になる扉は鉄板で補強され、手前の廊下にはスライド式の鉄製の門や有刺鉄線などの障害物がある。

 門の横には見張りの特定地下探索者? がおり、俺らが通るときに不審そうにまじまじと観察された。


 室内にはタイル状の板を張り合わせた壁が建てられており、用途ごとに部屋を作っているようだ。

 入り口のあたりは役所の受付前みたいな感じで、ベンチがずらっと並べられている。

 水や行動食などの物資が置かれた倉庫なんかもあるらしく、様々なものが豊富に用意されているようだ。こんな場所にデカい拠点と豊富な物資だなんて、相当な金がかかってるな。


「つ、つきましたね……。生きて帰れるなんて……」


 急に安心したからだろうか。スイがベンチにへたり込んだ。

 無理もない。見たところまだ十代の少女だ。それがたった1人で大群相手に命懸けの戦いをしていたのだ。助けられた後だって、とても気を許せない激クサ不審者野蛮人の怪しいおじさんと2人きり。心身ともに疲れ果てていることだろう。


 通りがかった探索者の若い男女がぎょっとした顔で俺らを見ていた。


「お、ちょうど良かった。そこの君たち。シャワーと、もしあれば衣類が欲しいんだが、場所はわかるか?」


「あ、ああ。案内する」


 男の方がたじろいだ様子ながらも答えてくれた。


「あんた、どうしてそんな格好になってるんだ? それにひどい臭いだ」


「道に迷って帰れなくなってな。長いことダンジョンで暮らす羽目になって、この通りだ」


「それは災難だったな。よく生きてたもんだ。連れ帰ってくれたスイちゃんにはしっかりお礼した方がいいぜ。ほれ、これが下着類で、服ったらこの辺りの戦闘服だな。靴は適当なサイズで選んでくれ。歯ブラシがこれで、髭剃ひげそりがこれで、タオルがこれ。シャワー室はこっちだな」


 どれも無地のカーキ色で、これに着替えたら全身カーキ統一マンになってしまうだろう。それでも、ほぼ裸の現状よりはマシだ。さっきまでは「ダンジョンにいる」という感覚が強かったが、拠点に来てからはなんとなく気恥ずかしさを覚えていたところだ。


「親切にありがとうな。というか、あの子のこと知ってるんだな。有名人なのか?」


 男は驚いた顔をする。


「知らないのか? 結構人気なダンジョン配信者だぞ。というか、マジで臭いからさっさとシャワー行けよ」


「すまん」


 大人しく案内されたシャワー室に入った。

 狭いシャワー室には、シール状の張るタイプの鏡が備え付けられている。久々に自分の顔を見たが、あまりにも酷い有様で笑ってしまった。


 垢と土埃に血汚れが溜まりすぎて、真っ黒になった肌。ガッタガタで伸びた髪は、これまた各種汚れで動物園の羊みたいな質感だ。ずっと磨いていない歯はすっかり黄ばんでいて、目だけが爛々としている。


 シャワーの熱い湯を浴びてみても、体の表面に膜が張ったような感覚。流れるお湯が真っ黒だ。

 俺はシャンプーとボディーソープを全力で使い、ボロボロ剥がれる垢を全力でこそぎ落とした。


 40分は己の汚れと戦っただろうか。ひげもしっかりと剃った。

 なんというか、劇的なビフォーアフターだ。髪型こそなんか変だが、文明人に戻った気がする。


「ん? んんん?」


 何かおかしい。いや、変な顔という意味ではない。


「なんか、若くねぇか?」


 鏡に映る姿は、どう見ても二十代のものだ。25くらいに見える。

 おかしい。俺の年齢は48のはず。なんなら、ワイルド過ぎる環境で25年間過ごしたんだから、見た目年齢はもっと老けていたっておかしくない。


 なんでだ。あれか? ずっとモンスターばっか食ってたからか?

 25年間もダンジョンにいると、心当たりが多すぎてわからん。やけくそになってはっちゃけてた時期もあるからな。

 ま、こんだけ技術が進歩しているんだ。地上に戻れば、なんか分かるだろ。


 考えても仕方のないことを頭から振り落とし、俺は久々の衣服に袖を通し、エントランスに移動した。


「よう、お待たせ。すっかり綺麗になったぞ」


 ベンチで目を閉じながら舟をこいでいたスイに声をかける。

 薄目を開いて俺を見たスイは数秒間そのまま停止した。細い声で言う。


「え、だれ」


「俺だよオレオレ。さっき助けてもらった、半裸のおじさんだよ」


 スイの目がカッと見開かれた。


「えええええええええ!?」


 うるさ。あ、こいつ、まつ毛長いな。あと歯が真っ白。俺も地上に戻ってお金溜まったらホワイトニング行こ。


「嘘だ、絶対嘘だ!」


「マジマジ。こんな髪型俺しかいないって」


「あの格好で髪型なんて印象に残らないよ!? っていうか、本当にそうなら、さっきの話が嘘になるでしょ!」


 混乱して言葉がぐちゃぐちゃになっているが、言わんとしていることは伝わる。


「いや、マジで48歳なんだよ。あ、そうだ。免許証見る? 配信に映しちゃってもいいよ」


 今さら隠すものも、守るものもないからな。

 あらゆるものが強制解約されているだろうし、賃貸の家は当然のように強制退去だろう。銀行口座も5年以上入出金していないから凍結されているはず。本人確認の身分証はもれなく期限が切れていて、それを再発行するための身分証もない。さらには、家賃スマホ電気水道、その他サブスクに引き落としの借金ばかりが残っているに違いない。それらも時効で消滅しているかもしれんが。


 今の俺は、無敵の人なのだ。はっはっは。


 笑いごとじゃねぇわ。

 俺が持っていた唯一の文明製品、リュックサックの底に大事に大事にしまっていた財布を取りだした。いやぁ、ナイロンってすげえわ。どっちもボロボロだが、まだギリ使えるもんな。


 俺の手元が配信に映るようにドローンの位置を調整してもらう。

 流れるコメントには俺を疑うようなものがたくさんある。


「まぁ見てごらんなすって。まずこれが免許証」


 リュックと財布で二重に守られていたからだろうか。意外にもカード類の見た目は無事そうだ。磁気やICは終わってそうだが。


「そんでこれが保険証。マイナンバーは面倒だから作ってなくて、これらがキャッシュカードとクレカね。で、こいつはカードローンのやつ。今でもカードローンってあんの?」



:5年前くらいに規制されてなくなったぞ

:北京原人、借金してたのかよ

:その会社ないなった

:逃げ切りおめw



「なくなったのか。お世話になりました」


 俺は手を合わせて、救世主カードの成仏を願った。


「そんでこれらがお店の会員カードなんかだな。当時はどんどんアプリ化されてたから、クリーニング屋とか弁当屋のポイントカードくらいしかないが。あ、そういえば当時のスマホなんかも、今だとかなり骨董品になるんじゃないか?」


 俺は当時ですら型落ちになっていたオレンジフォン12を出した。激しい運動に巻き込まれてボロボロになっていたが、それでも原型はわかる。



:これってマジ?

:密猟者にしては手が込みすぎじゃね?

:いうて親の遺品とかの可能性も

:免許証の顔、まんま北京原人だが

:気合の入ったヤラセですわ

:手が込んでるとかのレベルじゃないだろ



 これでもまだ半信半疑といった様子。

 別にこいつらを納得させる必要なんてないんだが、判断に困った様子のスイはチラチラとコメントを眺めている。

 疑われっぱなしも悔しいもんだ。何かないか、本人確認的なもんは――あ。


「あったわ、それっぽいの」

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