第2話

 地球に突如として現れたダンジョン。

 それによって世界はファンタジーなものに――ならなかった。


 人の枠を超えた力。それはある。

 魔法や魔法の道具。それもある。


 ただ、それは漫画やアニメで見るような派手で華やかなものじゃない。目で追えないような速さで走ることは出来ないし、氷の槍を乱射するようなことだってできない。

 社会の仕組みだってそうだ。緩やかには変われど、劇的な変化は起こらない。


 関東ダンジョン多摩エリア21層、通称「神殿墓地エリア」。

 屋外の墓地が延々と広がり、ところどころに神殿のような建物が並んでいる。その神殿の礼拝所によく似た空間で、3人組の若い女性が焚火を囲んで体を休めていた。

 3人の背後には、小型のドローンが無音で浮かんでいる。


「それじゃあ、しばらくは休憩になるからみんなも休憩してねー」


 胸甲と細身の剣を装備した少女、すいがドローンに向かって手を振った。

 1人1台、それぞれがカメラ付きのドローンで配信しているのだ。

 この配信は娯楽目的で視聴する者も多数いるが、元来はダンジョンに入るすべての民間人に義務付けられたものでもある。


 平和な国、日本。そこに突然現れた危険地帯であるダンジョンに、民間人が無資格で入ることなどできない。


 国家資格である特定地下探索者免許試験に合格したのち、一般社団法人特定地下探索者協会と、公益社団法人特定地下探索者協会の2つに加入。それから2か月間の法定研修を受け、地下探索従事者証と、探索中に休みなく配信し続けるドローンを受け取って、ようやくダンジョンに潜ることができるのだ。


 ちなみに両協会の加入費として合計で60万円ほどがかかり、さらに年会費として毎年12万円がかかる。さらに毎年6回の研修参加が義務付けられており、それの参加費用として毎回3万円かかるため、実質の年会費は30万円くらいになる。


 単純なダンジョンへの憧れで始めるには、あまりにも高いハードルだ。


 さらに、ダンジョンで手に入れた物品はすべて協会が強制的に買い取り。入金は月末締めの3か月後払い。不正が出来ないよう、ダンジョン内では常にドローンに撮影され、配信され続ける。


 “現代の”ダンジョンにおいては、ナガのようなチンピラや食い詰め者が入る余地はない。


 少女たちの腕についたスマートウォッチからアラーム音が鳴る。休憩を終えた彼女たちは立ち上がり、大きく伸びをした。


「んんん、あとは階段見つけて中継地点の設営。ダンジョン攻略も楽じゃないですな~」


 黒の戦闘服とボディーアーマーに身を包み、短弓を手にした少女がドローンに吊るされた荷物を叩いた。

 魔法と科学の組み合わせで作られたこのドローンは、白くのっぺりした電子レンジのような見た目ながら、無音で宙に浮かんで撮影・配信を行うばかりか、200キログラムまでの荷物を運ぶことができる優れものだ。


「とはいえ、大事な任務ですから頑張りましょうね」


 全身鎧と大きなメイスで物々しい武装をした少女が穏やかな声で言う。装備こそ重量級だが、優し気な表情はどこか聖職者のような神々しさがある。


「それはそう。画面の前のみんなもご存じの通り、私たち先遣隊がビーコンを設置しないと、後続の本隊が無駄にダンジョンをさまようことになっちゃう。さらに下層を目指す人たちも、この階層を探索する人も、ビーコンを頼りに探索するんだから、本当に大事なんだよ」


 すいが指をドローンに突きつけるようにして言った。

 肩のあたりで綺麗に切り揃えられた黒髪、透き通るような白い肌に、長くカールしたまつ毛。胸甲と細剣という装備も相まって、まさに姫騎士といった印象だ。ドローンの表面に表示されて流れる配信コメントにも、容姿に触れるようなものが多い。


「それでは、不死払いの加護をつけますね」


 重装の少女がメイスを右手で掲げ、左手で小さな宝石のようなものを握りながら、小さな声で呪文を唱える。


『セ オエ テ イア アイ アヴァツ エ マナ リ』


 メイスからほとばしる白い光を受けた3人は、礼拝所を出た。

 早速現れたのは長剣で武装した3体のスケルトン。眼窩がんかには黄色の鬼火が揺れる。


「黄色3、近くに遠距離なし! 楽勝!」


 短弓の少女が元気よく言った。


 すいと重装の少女が走り出すと同時、3体のスケルトンも距離を詰めるように走り出した。

 全身鎧と錆びたスケルトンの長剣が衝突し、火花を上げる。構わず振りぬかれたメイスが骨盤を粉砕し、スケルトンがバラバラに崩れ落ちた。


 すいは顔に突き出された切っ先を屈むように避けると、1体を蹴り飛ばし、もう1体の骨盤に鋭い突きを差し込んだ。また骨が崩れ落ちる。

 蹴り倒されたスケルトンが立ち上がる前に、すいは左手のひらを向けた。


『アフィ レ オ マロシ』


 指輪が光り、手のひらに生み出された火球が飛ぶ。野球ボールほどの火球はスケルトンの骨盤を的確に撃ち抜き破壊した。


「何か来る!」


 ふう、と一息ついたところに、短弓の少女が鋭い声を上げた。

 月明かりが陰る。冷たい風が吹いた。

 3人の前にゆっくりと姿を現したのは、ボロボロのローブを身にまとった、魔術師のような見た目の骸骨だった。右手には手斧、左手にはねじくれた木の杖を持っている。


「――レイス」


 すいは息をのんだ。

 腐った皮膚が張り付いた骸骨がカラカラとわらう。眼窩がんかの奥に光る鬼火は、赤。


「赤は……厳しいですね」


 一般的に、アンデッドの強さは鬼火の色でわかると言われている。弱い順に、無し・水色・黄色・赤色。それ以上は観測されていない。事実上、最強のアンデッドと言えるのが、赤の鬼火の個体だ。


「ま、まだ来てる!」


 後方で警戒していた短弓の少女が悲鳴を上げた。

 レイスの背後から、さらにもう1体リッチが現れた。眼窩がんかの光は――


「むらさき?」


 重装の少女の声は震えていた。

 彼女はこのパーティーで最も対アンデッドの経験が豊富だ。だからこそわかる。


「か、勝てません。撤退を」


 言いながら、直感していた。撤退は叶わないだろうと。散り散りに逃げれば、もしかすると1人は生き残るかもしれないが、恐らくそれは自分じゃない。最も重装備な分、最も足が遅い。


 絶望の中、それでも前に一歩、足を進める者がいた。すいだ。


「バランス型の私が、一番生存率が高いと思う。隙を見て逃げるから、2人は先に逃げて」


 レイスたちに細剣を向ける。


『アフィ レ――』


 逃げろと言われた2人は何かを言おうと口を開け閉めしていたが、すいが魔法の詠唱を始めたの切っ掛けに、背中を向けて走り出した。


 仲間の自己犠牲を心が拒んだとて。ダンジョンでは簡単に人が死ぬ。ときにはあっさりと、実力者揃いの大集団とて命を落とす。それは、彼女たち自身にとっても例外じゃないと知っていたからだ。


 2人はすいの身を案じながらも、来た道を全力で引き返した。




 強敵。それも複数を1人で相手取るときは、下がりながら戦うのが定石だ。

 宙に浮くレイスの杖から黒い球体が放たれる。大きく横に回避。着弾した背後から、粘っこい液体がぶつかった音がした。

 赤のレイスが滑るように接近。振るわれた手斧をしゃがむように回避。細剣で一突きし、バックステップで距離をとる。


 横にかわす。後ろに下がる。上下にかわす。後ろに下がる。合間合間に攻撃を挟みながら、広大な墓地を下がる。

 踏みしめた地面が揺れた。嫌な予感がし、即座にバックステップ。ついさっきまですいが足を置いていた場所に、腐った腕が突き出された。冷たい土を押しのけて出てきたのは、目に黄色い鬼火を宿したゾンビだ。


 冷汗が頬を伝う。

 すいがしてしまった想像を裏付けるように、周囲の墓が揺れた。次々と地面からい出して来るゾンビやスケルトン。

 2体のレイスがわらった。


「……トレイン」


 すいは唇を噛んだ。

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