【1章完結】ダンジョンに閉じ込められて25年。救出されたときには立派な不審者になっていた

歩く除湿機

第1章

第1話

 どこからどう見ても、紛れもない不審者である。

 190センチ近い長身、細身の体、やや猫背。髪の毛はガタガタのボブカットで、ヒゲは掴めるくらい長い。上半身は裸で、下半身には薄汚れたふんどし一丁。背中には紐が千切れかけた鼠色のリュックサックを背負い、右手には錆びた手斧、左手にはこんがり焼けた骨付き肉。


 何を隠そう、俺――永野弘ながのひろしの姿だ。


 誰かに見られた瞬間、即座に警察に通報されるような出で立ちだが、何も問題はない。なぜならここは、ダンジョンのそれもかなり深い層だからだ。


 ダンジョン。

 ゲームを代表に、小説や漫画などでも描かれることの多い冒険の舞台。

 地下へ地下へと進んでいく、モンスターや罠、そしてお宝と神秘に満ち溢れた迷宮だ。


 そんなダンジョンが地球に突如発生して――何年経ったんだろうな。いやマジで。


 たまには過去を振り返らないと、本格的に人間を辞めて不審者モンスターに変わってしまいそうだから、久しぶりに思い出してみるか。

 俺がダンジョンの深い層で、謎の半裸おじさんになった切っ掛けの日ってやつを。



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『おい、ナガ。見ろよこれ』


 タッパは低いが横にがっしりとデカい、山賊みたいなツラの男が、地面に転がっている頭蓋骨を足でひっくり返した。

 ボロボロに崩された中世の要塞跡地みたいな地形。偽物の月明かりが照らす下で、転がった頭蓋骨から下あごがポロンと外れた。奥歯の部分がきらりと月明かりを反射する。


『お、金歯じゃねーか』


 ナガは俺のあだ名だ。合計4人で組んで仕事をしている俺らは、互いにあだ名で呼び合っている。

 外れた下あごを拾い上げ、ナイフでえぐって金をとると、要らなくなった骨はそこらに放り投げた。砕けた石畳の隙間から伸びた雑草に落ちたのか、音は立たない。


『スケルトンも金歯とかしてんだな。金歯狩りでもして一攫千金狙うか?』


 山賊野郎のヤスが下品な顔で笑う。

 スケルトンは動く骨格標本みたいなやつだ。どうやって動いてんのかは知らんが、骨盤を叩き割れば死ぬ。死ぬっていう表現はおかしいかもしれないが、とりあえず、それで動かなくなる。


『割に合わねぇよ。地味にめんどくせぇし』


 ぼやいたのは、坊主頭に黒縁眼鏡で、真面目そうな顔した男だ。

 メガネと呼ばれているが、この中で一番暴力に手慣れている。


『お前らうるせぇんだわ。仕事中くらいは静かにしろよ殺すぞ』


 チビで痩せぎすのニット帽君が脅すような口調で言った。こいつが今回のダンジョン探索の「ボス」だ。

 俺らは日雇い労働者みたいなもん。ダンジョン前で自称会社さんの人に集められ、適当に分けられて潜る。このイキったガキは、その会社さんの使いっ走り兼、俺らのお目付け役だ。


『殺さなくてもそのうち減るさ。それがダンジョンだ』


 ヤスが言う。「ボス」を除いた俺ら3人はヘラヘラと笑った。「ボス」だけがイラついた様子で、手に持ったバールのようなもので、自分の肩をトントン叩く。


 このとき、たぶん、俺だけが感じた。先頭にいたからかもしれない。

 ――空気が変わった。

 ハンドサインを出し、立ち止まる。全員無言で足を止め、息を潜めた。


 どんよりと空気が濁ってくるように感じる。重苦しい緊張感だ。心臓が早鐘を打ち、視野がじわじわと狭くなってくる。


 ざっざ。ざっざ。


 遠くから草を踏みしめる音が近づいてくる。

 ゆっくりと、半壊した石壁に身を寄せ、そっと音の方を覗いた。瞬間、背筋に冷たいものが走る。


『トレインだ!!』


 思わず叫んだ。

 敵に追われ、獲物が逃げ惑ううちに、次々と色んなエリアの敵に狙われてしまい、大集団を作り上げる。それがトレイン。


 しかも今回の場合は最悪だった。

 先頭を走る――獲物役がラミア。蛇の体に、人間の女の上半身がくっついたモンスター。そして、それを追うのが数えきれないほどのスケルトンの集団。


 俺らは目を合わせたのも束の間。散り散りになって、全力で走って逃げだした。


 トレインで追われているやつが考えるべきことは単純だ。

 逃げ切るか、誰かになすりつける。

 スケルトンは俊敏ではないが、疲れ知らずだ。とても逃げ切れはしない。ならば、他の獲物になすりつけるしかない。

 そして、ラミアは蛇の能力――ピット器官を持っている。要は、熱を探知できる。つまり、どれだけ息を殺して物陰で縮こまっていようが、ラミアは絶対に俺らを見つけ出す。


 俺は走った。

 次々に聞こえる人間の断末魔にも振り返らず、がむしゃらに走った。吸う息、吐く息、いちいち血の味がするまで走った。

 トレインから逃れたあとも散々だった。いつの間にかダンジョンの奥に入ってしまったのか、出てくるモンスターは格上の手に負えないやつばかり。逃げて隠れて走ってを繰り返すうちに――。


『どこだ、ここ』


 俺は完全に道を見失ってしまった。

 おそらくは、ダンジョンの深い階層と思われる場所で。



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 あれからは大変だった。


 たどり着いたのは、大昔に映画で見た恐竜時代みたいな植物が一面に生い茂っている階層。

 ダンジョンの始まり地下1階は、建物の内部みたいな造りをしている。そこから階段を下るにつれて建物の外に出るようになり、やがて人の痕跡がまばらになって、自然物の割合が増えていく。

 完全に人工物がないこの階層は、もはやどれだけ深いのかもわからない。


 ただ、それは完全に悪いことばかりではなかった。

 ダンジョンの浅い層は人工物が多い。つまり、水場や食料を得るのが大変なのだ。出てくるモンスターも生物ではなく、ゾンビやスケルトンなんかの、動く死体がほとんど。手持ちの水と食料で突破するしかない。

 深い階層は、モンスターとの生存競争にさえ勝てれば、とりあえず食い物に困りはしない。


 大きな木の洞に身を隠して眠った。草木の若芽や、虫、小さなトカゲなんかを食べるところから始まり、少しずつ倒せるモンスターを倒していき、気づけばこの階層での生活も安定するようなっていた。


「といっても、結局出れないんじゃなぁ」


 食事中に乱入してきて、焚火を踏みつぶしやがった、翼付きのトリケラトプスみたいなモンスター。その死体に腰かけてぼやく。冷血動物のくせにデカいからか、人肌よりもあったかい。

 体長6メートルくらいはあるモンスターだって、楽に倒せるようになった。ここに下りてきたときは、素人に毛が生えたような冒険者――ダンジョンで日銭を稼ぐ者を、そう呼んでいた――だった俺にとって、ありえないくらいの成長だ。


 骨付き肉にがぶりと食らいつく。

 味付けもなければ血抜きもしていない、生臭い肉。とっくに慣れたが。


 食料は問題ないんだ。実力に関しても、ここらの階層を多少上下しながら探索できるくらいには強くなった。ただ、水がなぁ。

 来るときに持っていた、サバイバル用品の浄水キットはとっくに使い果たしている。ビニールバッグみたいなのに粉が入っていて、汚水に投げ込んで数時間待てば、中に綺麗な飲み物が出来上がっているという、アレだ。


 水がなければ、人は動けない。かといって、このまま一生ダンジョンの地下で暮らすっていうのも耐え難い。地上に戻ったところで何があるってわけでもないが、それでも人間社会ってやつが恋しい。


 ――やってみるか。


 ダンジョン深部から、地上を目指すことが無謀な挑戦。聞く人によっては何を言っているんだこいつは、と思われるようなあべこべな状況だ。


「ま、最悪ゾンビの汁でもなんでも飲んでやるさ」


 俺は白亜紀の原生林みたいな環境で、可能な限りの準備を整えて、逆ダンジョンアタックを開始した。

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