みずうみ
ひとえだ
第1話 みずうみ
みずうみ
「旅行に行こう」
チケットの写真の後に
「夜が楽しみね💘」
返答に困ったが和泉式部の歌を打った
黒髪の
乱れも知らず
うち臥せば
まずかきやりし
人ぞ恋しき
音声入りのスタンプで”バ~カ”と返ってきた。
遙は”いづみ”と二人で出かけたことを気にしているようだ。
レンタカーを借りるつもりだったが、遙の父親が車を貸してくれた。
「ウチの両親は私より葵の方が好きみたい」
「僕はかわいいから、遙だけじゃなくご両親まで好かれちゃう」
「両親意外にも好かれている人がいるみたいね・・・
いづみに赤い薔薇をあげたんだって」
「花屋で薔薇一輪だけって訳にいかないからね。もしかして妬いてる?」
「そんな訳あるか!」
「夫婦揃って霊感が強いと、やっぱり子供も霊感が強いのかな?」
「もしかしてプロポーズ?」
「そうきたか?でも、もっと気の利いた台詞を考えとくよ。
SA《サービスエリア》に入るね」
「SAは子供がいっぱいね」
「心が幼いと成仏も大変みたいだね」
比較的近い未来に自分の子供が彼らと話をしている風景を想像して怖くなった
「内見で出たんだって」
「いづみにも見える位、強烈だったよ。危うく憑かれるところだった。
僕たちが天気の話題を暗号にしていたので、傘を持って連れて行ってくれって言っていたよ」
いづみには内緒にするよう言ったのに、予想通り遙に幽霊の話をしてしまったようだ
「その幽霊どうしたの?」
「不動産屋のお姉ちゃんに憑いていったよ」
「自殺すると無間に落ちるからね。賢い奴はこっちの方が居心地がいいのは分かっている」
後ろを歩いていた高校生くらいの娘が走って追い抜いていった。二人の話を聞いてしまったのだろう
「今日のホテル。ネットで見たらなかなか刺激的ですね」
「これ、いづみの姉さんが安くて予約をとったらしいけど、後でネット見て怖くなっちゃったみたい」
「キャンセルすればいいのに」
「印刷した予約の紙、写真を送ったよね」
「そういうことか、すでに憑いている訳ね」
「そこで、訳ありの二人に”賃貸の内見のお礼”って名目でくれたの」
「折角のご厚意なので。黒髪の乱れを知らぬほど楽しませてもらおうかな」
遙は明らかに怒った声で
「いづみとは寝たの?」
「隣に裸で寝ていても手を出さない」
「ホントかしら?」
「帰ったらご両親に挨拶すれば信じてくれる?」
「みずうみの近くね、このホテル。油断すると引っ張られちゃうわよ」
「湖畔を遙と二人で歩くには最高だね」
「二人ならね。
火はしづまる時が来るが、水には時がない」
「川端康成の言葉だったか?手強そうだな。
でも我々は淡海公の末裔だ。天の智を得られるだろう。それに車で向かっているし」
「葵はさあ、私立理系卒で文学なんか無縁の筈なのに、やたらと文学に詳しいね」
「惚れた女性が文学好きでね、下心を燃料に予習しているんだ」
「そんなにがんばったのに逃げられちゃったんだ」
「遙様でも照れることがあるんだ」
「私はか弱い女の子よ」
「子供の幽霊達、誰も近づいてこないじゃないか」
遙は空を見上げると沈黙した
「葵はどうして私のこと好きになったの」
「今まで会った女性の中で一番箸の使い方が上手かったからかな」
遙は平然と
「不思議なところに注目しているのね」
「子供の頃、嫌な経験をしてその反動だ」
「どんな経験?」
「割り箸のささくれ」
遙は執拗に内容を聞いてきたが、それ以上のことは一切答えなかった。
臨海学校の食事で、割り箸の先がささくれていた。当時は割り箸が雑なものでも安かろう悪かろうで売られていた。口をケガしてもいけないので割り箸の先と先をこすり合わせて研磨していた。
すると斜め前にいた担任の先生が、育ちが悪いと罵った。軽い冗談のつもりであったろうが、
いつしか高校生になって合理的な理由が分かった
「この先生には教養や常識が欠如しているのだ」
ただ、これは人に伝えれば己の教養や常識の欠如をさらけ出す結果になる。気付いたことは一生封印して誰にも言わないことを決めた。
僕が知識に貪欲になったのはあの先生の発言が起点になっている。あの先生よりも高い知識と高い常識こそが、あの侮辱の言葉を浄化する手段と解釈した。
先生を恨むようになって見えないものがみえるようになった。僕の中の激しい憎悪が新しい視線を呼び起こしたのだと思った。
幽霊はすでに人としての苦労を放棄した者で、自分の立場に満足し、何の結論も未来も得ようとしないものという認識しかなかった。だから怖いなどと思ったことはないし、除去する手段も学んだ。よくよく考えてみると、幽霊自体があの先生の化身だったかもしれない。あるいはあの先生自体幽霊かも知れない。
いづみから幽霊が見える気味の悪い友達がいる話を聞いた。会える機会に恵まれたとき彼女の美しい箸裁きを見て心を決めた。
いつか彼女ならば封印した心の闇を話すことができるのではないかと。誰にも見せない僕が少年の頃書きなぐった抽象画キャンバスを彼女だけには見てもらい、バカねと罵られたかった。
内容を言わない僕に遙が言った
「子供の頃の割り箸ってけっこう”ささくれ”ていたね」
「昔はそれでも買う人がいたから」
-了-
みずうみ ひとえだ @hito-eda
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