第3話 ポンポン

 コビーと出会った翌日の土曜日以降、俺の部屋に新しい物品が置かれるようになった。コビーの歯ブラシだったり、彼女が地球で過ごすための衣装だったり、靴などといった生活必需品だな。


 またそれと同じくして、俺の部屋には自分用の新しい物品が置かれるようになった。彼女の世界で俺はソードマンという剣を得意とするジョブに就いたので、両刃の鉄剣やウッドシールドと、向こうの世界での標準的な衣装や、ポーションなんかも冷蔵庫に置いてある。


 今回話したいこととしては、上記の新しく入手した品々をどうやって手に入れたのか、ということである。


 ◇ ◇ ◇


「コビーに折り入って告白したい」

「え?」


 彼女がかつ丼を美味しそうに頬張っている最中だった。

 俺は彼女に告白しなければいけないことがある。


「俺は仕事を持っているけど、君との暮らしを考え、近々辞めようと思うんだ」

「ふむふむ」

「だけど俺には貯金がない」


 金がなければ彼女の生活必需品など買えないし。

 金がなければ異世界の俺の装備品を工面できない。


 この話を聞いたコビーもさすがにかつ丼を食う手を止めた。


「じゃあどうする? こっちだろうと向こうだろうと、どうやって生きるつもりなの?」

「その答えはおそらくここにある」


 そう言い、俺は所有物のパソコン画面を彼女に見せる。


 と言っても彼女は日本語を読み書きできなかったんだ。

 という事で、俺の口から端的に説明した。


「俺は趣味でネット小説を読んでるんだけど、そこには君みたいな異世界との交流のノウハウが書いてあるんだ。実験したいことがあるんだ、少し付き合ってもらえないか?」


 かつ丼を食べて、マンションの入口に器を置いたあと彼女を連れて異世界に向かった。青々しい草原が地平線まで広がっている悠久の大地に立つと、コビーは口を開いた。


「リョウマ、ここからどうするの?」

「先ずは君の故郷に行こう、俺の力なら可能だと思うんだ」

「え!? そんなことまで出来ちゃうの!?」


 驚く彼女に、俺は片頬笑んで手のひらから新たな門をポンと出した。


 恐らくこの門の先は彼女の故郷につながっている……といいなぁ。


 彼女は故郷につながる門を前に、鼻白んでいるようだ。


「帰りたくないのか?」

「いや、そんなことはないけど……お父さんと喧嘩別れして出てきちゃったから」

「ああ、でも大丈夫だと思うけど? 君のお父さんが普通の親なら」


 それに、先ほどからぽつぽつと雨が降り始めた。

 天候からさっするに、ここは直に嵐に見舞われると思う。


「行こう、俺もついているし、例え歓迎されなかったらその時はその時だ」

「……うん!」


 して、門を二人でくぐった。

 彼女の話だと一年ほどの旅路は経過している距離らしい。


 門の先にはおだやかな農村があった。

 季節柄はわからないけど、時期としてはちょうど収穫期にあるようだった。


 村の周囲に面している畑で、まさに今収穫作業にあたっている獣人がいた。


 コビーは着の身着のまま故郷に帰ると、先ず彼女の母親らしき人に見つかる。


「コビー? 帰って来たんだね」

「お、お母さん……ごめん、帰って来ちゃった」


 コビーが母親にそう言うと、彼女の頭をポンポンと叩いていた。

 彼女の故郷ではそれは許す、という意味だったはずだ。


「で、こっちにいる人は誰なんだい?」


「は、初めまして、俺はリョウマと言いまして、彼女とは旅の途中で意気投合しまして……こ、恋人みたいな立場であると勝手ながら思っております」


 俺の発言に、彼女の母親は頬を膨らませて笑っていた。


 俺達はお母さんにつれられて彼女の実家に向かった。

 彼女の実家は木の柵で囲まれた村の一角にある木造りの古い家だ。


 地面も土を固めて作られていて、原始的な感じは否めない。


 テーブル席に通され、コビーと一緒にしばらく待っていると件のお父さんがやって来た。


「コビー、帰って来たのか」

「……うん」

「あれほどの啖呵を切って出て行ったんだ、いっぱしの冒険者くらいにはなれたのか?」

「い、一応、冒険者ランクもま、まぁまぁ? ぐらいになったし」


 彼女のお父さんは絵に描いた頑固親父みたいだ。

 一年ぶりに顔を合わせた娘の帰還を実績で計ろうとしている。


 体格もコビーと違って立派で、二メートルはあるんじゃないか?

 一言でいって、怖いお父さんだ。


 そのお父さんが俺の方をじろっとにらんでくる。


「……うちの娘を可愛がってくれたそうじゃないか、旦那」

「そんなことございません! 俺達は昨日今日出会ったばっかで! は!?」

「昨日今日出会ったばっかで、娘を手籠めにしたのか?」


 失言だった、どのくらいの失言かと言うとにこやかだったお母さんも眉間にしわを寄せるぐらいだ。


 脂汗をどばーとかき始めると、コビーがレジ袋を取り出していた。


 確か彼女が両親へのせめてもの手土産として日本から持って来たかつ丼の一部だ。


「何も言わずにこれ食べてお父さん」

「なんだなんだ、このごにおよんで毒を盛ろうっていうのか?」

「いいから食べて、それはリョウマの故郷の一般的な食べ物で」


 いくらなんでもかつ丼の切れ端でこの場が収まるわけないだろ!

 どうしよう、この後俺はお父さんになんて弁解すればいい……!


「うまぁああああああああああああああいっ!! なんだこの肉料理は、俺は生まれて初めてこんなグルメを口にしたぞ! コビーの連れのお前、お前は王都のどこの貴族家の出だ!?」


「……改めて、お初目にかかりますお父上、私の名はリョウマ・D・マーゼフと言いまして、お父上のお察しの通りある貴族家の出身でございまする」


 隣にいたコビーも「そうだったのか」という驚きの眼差しで見ている。

 お父さんはかつ丼への称賛と興奮のあまり、お母さんの分まで一口で食べてしまった。


 その光景を目撃した俺は、失礼とは思ったが彼女の家の一角に自宅につながる門をポンと出して部屋に帰り、急いでかつ丼を「五十人前お願いします!!」と頼んだら、店主は「はぁ?」とすっとんきょうな声を上げていた。


 して一時間後、コビーの助力もあおいで俺はお父さんやお母さん、農村にいる人たちにかつ丼を分け与えた。


「くぅうう! 四十年の俺の人生において、これほど美味いもんは食った例がねぇ、ありがとうな、リョウマ。コビーはお前にのしつけてくれてやることにした!!」


 お父さんや村の人々は目に涙を浮かべながら、かつ丼を食べていたよ。


 するとみんなして俺の体の一部をポンポンと叩いて、俺をコビーの連れとして認めてくれたようだった。



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