第43話

「あたしは……うーん。

日本にいた時は、どこにでもいる普通の高校生だったと思います」


ヒマリは今は17歳で、こっちの世界に来た時は16歳。高校一年生だったという。

勉強の話。初めてのアルバイトや文化祭の話。


一年経たずに自分の意思とは無関係に終わってしまった高校生活を、楽しそうに、懐かしそうに。

そして、どこか寂しそうに話してくれた。


「それで、家に帰ろうと思って歩いていたら、急に意識が遠くなるような気がして……。

一瞬貧血かなと思ったんですけど、気が付いたら神聖王国にいたんです。

サキさんがこっちに来た時も同じような感じですか?」


「私?私はね、家のドア開けたらいきなり森の中にいたの」


「森の中……」


ヒマリが言う意識が遠くなるような感じというのが、きっとこっちに召喚された時の感覚なんだろうね。

私にはそんな感覚なかったもん。


「大変……でしたよね。いきなり森の中なんて」


ヒマリが召喚されたのは神聖王国にある大神殿の召喚の儀式に使う部屋だったと言うが、それでも最初は何が起きたのかわからず混乱したし、怖かったと言っていた。

そんなヒマリだからこそわかるんだろうね。

いきなり異世界に来て、森の中に放り出されるのがどういうことか。


「まぁ、そうだね。色々あったよ」


「良かったら、サキさんのことも聞かせてくれませんか?」


「私?別に楽しい話じゃないよ?」


特にこっちに来てからのことなんて、血なまぐさい話ばかりで精神的にもよろしくないと思うけど。


「それでも聞いてみたいです」


「そんなに言うなら別にいいけど……」


日本にいた時のことを誰かに話すのは久しぶりだな。


「私は普通の大学生だったよ。文学部の二年生。」


ちなみに、文学少女だったから文学部を選んだ訳ではない。

単純に数学がめっちゃ苦手だったからなんだよね。

通ってた高校が、三年で文系科目を選択すれば数学やらなくて良かったのもあるし。


「あたしも数学は苦手です。こっちで習う普通の計算くらいなら全然平気なんですけど」


私の言葉にヒマリが笑う。

確かにこっちでは普通の足し算引き算、掛け算割り算くらいしか習わないらしいもんね。

魔法とかの専門的な研究者になると、より高度な数学の知識も必要らしいけど。


「で、ヒマリみたいにバイトしたり、休みの日は彼氏と遊んだり……」


「彼氏!?サキさん彼氏とかいたんですか!?」


「え?うん」


ヒマリが突然大きな声を出すからびっくりしてお茶をこぼしかけた。

周りに目をやると、ジェイクとアレクだけでなく、アーシャとソフィア。レイシアまでもが目を見開いて私を見ている。


「みんなして何よ?そんなに驚くこと?」


普通の女子大生だったんだぞ。

彼氏くらいいてもおかしくないと思うんだけど。


「だって隊長ってなんて言うかロリ……あ、いや、なんつーかあれじゃないっすか」


あれってなんだ。失礼なやつめ。


「あ、もしかして見た目の話?

言っておくけど、あっちにいた時は普通に年相応だったんだからね」


「まぁ、それはそうなんでしょうけど……」


「彼氏ってどんな感じだったんですか!?

デ、デートとかしたりしたんですか!?」


ヒマリがものすごく食い付いてくる。

よく見ると、ソフィアとレイシアのお年頃コンビも僅かに身を乗り出している気がする。


「そりゃデートくらいするでしょ。

どんな感じだったって聞かれても……ん?」


あれ?

確かに日本にいた頃、私はあの人のことが好きだったはず。

些細なことで一喜一憂したりしていた記憶はある。


なのにおかしい。

その時に感じていたはずの感情が一切思い出せない。

記憶としては確かにあるのに、まるで他人の恋愛を横から見ているだけのような……。

なんだこれ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る