第2話 タマシイガリ

「で…?本当にその死神ってやつだったのか?お前。」

「だからさっきから言ってるじゃないですか、こう様。」

死神を名乗るシュラを連れ、江は山から出て近所の駄菓子屋に寄っていた。

突然の出来事への対処と、自分の身に起こった、ある1つの現実への

理解を進めるために。

しかし、

「ちょっと!私のこと忘れてない⁉」

何故か、自分の悩みのタネの張本人まで、一緒について来てしまったが。

不服そうな態度でソーダ味のアイスを食べる巳雨みうが、ひたすらに

恐ろしく感じる。

おそらくだが、告白をしようとしていた場面で、シュラが飛び込んできた

事もあり、少しすれば流せるだろうと思っていたが、どうやら逆効果だったらしい。

駄菓子屋の中は、店に付けられた冷房が効いており、かなり居心地が良い。

そんな中、江が目の当たりにしているのは、こちらにキラキラとした視線を向ける

シュラと、こちらにどす黒い殺意のようなモノを突きつけている巳雨。

(…しょうがない。今は一旦シュラとの会話で流させてもらおう。)

「そういえば、これ契約って言ってたけど、何か起こるの?」

「はい。僕の持つ〈悪刀マガタチ〉という、この世界の人間が言う、

超能力の様なモノが使えるようになります。」

「まがたち?」

「はい。詳しく説明すると長くなるので…そうですね、じゃあ、今流れている雲

で試してみましょう。」

シュラは、畳から立ち上がると江のズボンを引っ張り、店の表に出た。

「見ておいてください。〈悪刀マガタチ浅刃火アサハカ〉。」

突然、シュラと江の腕で、以前契約のときに発現した紋章が黒く光る。

やがて、その光はやがてシュラの手に集まり、日本刀のような、黒く鮮やかな刀へと

姿を変えた。

そして、その刀をシュラは思い切り、空に向かって放った。

刀を振った瞬間、刀身がマグマのように赤く光り、うっすらと見える斬撃が、

空一面に浮かぶ雲を襲う。

まばたきも許さぬ、ほんの数秒の間で、雲で覆われていた空はやがて

本来の美しい青く澄んでいる姿を現した。

凡人の頭では、いや、今まで生きてきた人生の中で体験したことのない

ありえない話である。

「えぇ…」

「何…これ…」

慌てて後ろから追いかけてきた巳雨と、その場にいた江は、何が起きたか

分からないまま、その場でフリーズする。

「一応、僕の契約者は貴方が20000年ぶりです。

なので、そろそろあっちからの動きがあるかと…」

「あっち?」

何も話が飲み込めていないが、それよりも重要なのは、今シュラが言った、

契約した者が久しぶりだということと、その驚くべき間の年数である。

「20000年…何で、そんなに?」

「…それは、」

「私達、清天学園からの冤罪、ですよね?」

「…⁉誰だ⁉」

突如、3人の背後に何者かが現れる。

江とシュラは、後ろを向くと同時に、を感じ取り、その場で大きく

飛び跳ねる。しかし、契約者の事をあまり理解していない以前に、成り行きで

ここに来てしまった巳雨の事を忘れていた。

「きゃっ…!」

「おぉ。出す前に気づくとは…流石、〈悪刀〉。この世を創造した最強の

一角。しかし、我々の狙いはこちらですので…。」

江達の背後に立っていたのは、頭上に輝く円を浮かべ、背中からは立派な白い翼を

生やした、二人の男達だった。

どちらも、軍服のような、白い制服を着ており、どちらも、肩にイルカの様な謎の

生き物を乗せていた。

宝木たからぎッ!」

そして、江とシュラの感じた予感は的中。二人は謎の能力を発動し、

3人とも捕らえる想定だったのだろう。二人は回避できたものの、

能力のクラゲによって、何も察知していない巳雨が捕らえられてしまった。

(あの嫌な予感…まさか、これも契約の何か…それよりも今は宝木に…!)

「貴方が、シュラの魂合者ですか…。とても、そうには思えませんね。」

「!江様、下です!」

江のいる地面がいきなり盛り上がり、鋭い針を持つ触手が襲いかかる。

「くっ…」

「まだまだ行きますよ。私達の能力、〈海月の天使キクラゲ〉は

ここから真価を発揮します。行きますよ、ウィス。」

「無駄口を叩かない方が良いですよ。ジャイル。貴方のそういう性格は

あまり好きではありません。〈独治ドクバリ〉。」


二人の天使、ジャイルとウィスの能力、〈海月の天使キクラゲ〉。

自身の精神状態によって効果の変化する天界クラゲの毒針が、広範囲に渡って

広がる。近距離戦でも遠距離戦でも活躍するその特徴から、使用者の二人は

〈戦場の超兵〉とも言われ、恐れられている。


「何だ…。あのクラゲ。」

「…魂合によって作り出される、本来存在しない憧れの力を、現実に引き寄せる

〝ギフテッド〟の影響です。」

無限に繰り出される、幾多もの触手が、江とシュラの周りを囲んでいく。

いつの間にか近くの商店街にまで被害が及んでおり、並ぶ多くの民家の壁が壊され、

中から多くの一般人たちが悲鳴を上げながら避難を始めている。

「おい、アンタら。さっきから無関係に攻撃して、何が目的だ!」

「目的?そうですね。簡単に言うならば、魂合者になった貴方を、私達清天学園

が保有し、再び、生物上の頂点に立つことですかね。」

「ジャイル。さっきから喋りすぎだ。それより、なぜ1回も攻撃が当たらん?」

江の反応にも目もくれず、ただひたすらに、破壊していく。

増える悲鳴、捕らわれた巳雨、そして、ブッ飛んだ狂思考の天使。

凡人ならば、その場で全てを諦めていると言っても過言ではない。

だが、今の柄谷江という人間には、凡人とは違う特別な何かになっている。

「…シュラ。お前のさっきやってた、マガタチ?だっけ。俺にやらせてくれ。」

「⁉…ですが、まだ契約したばかりで、能力も…」

「周りが少しずつ被害を受けてる。流石に放置すれば、俺もお前も、

普通には過ごせない。それに、」

シュラの手を握り、ウィスとジャイルを睨んだ。

「お前の事知っとかないと、またこういう馬鹿が暴れるんだろ?」

「…分かりました。ならば、僕が認めた、貴方を信じます。」

シュラはそう言い、江の背中にしがみついた。

そして、その状態のまま、詠唱を開始する。

悪刀マガタチ劣剣れっけん色彩しきさい統一まじわり。〝魂合〟の、新たにこの地に舞い降りる_」

「…!ギフテッドか!やらせん!」

「追撃する!」

地面が割れ、2匹のクラゲの本体が、姿を現し、襲いかかる。

そのクラゲの触手に、巳雨が絡まっている状態で。

手練れなら、早くに敵を潰すために、能力の出し惜しみはしない。

しかし、シュラからすれば、どれも赤子に等しい。

終焉おわりのその時まで、タマシイる、タマシイガリとして!」

シュラの詠唱が、先に完成した。

詠唱の完了。それは、契約者、すなわち魂合者に、

天使をも超越する力を与える、その時の事を意味する_。


クラゲの触手が江に触れる一歩手前で、消える。

「…!何だ⁉クラゲが…」

「落ち着きなさい、ジャイル。今のままなら私達の方がまだ…」

シュラ。天界で〝悪〟を取り込んだ力を使い、1億年もの間その力で

悪魔、魔術師らの襲い来る魔の手をただ1人で払い除けた、最強の剣士。

その魂の力は、1人の迷える高校生へと、与えられた。

「〈悪刀マガタチ〉か。成る程な。確かに感じたよ。お前の魂。」

禍々しい黒いオーラを纏い、が完成した。

着ていた半袖のシャツは、黒色のローブによって隠れ、腰には、黒く輝く刀と鞘。

頭の上には、天使より達のモノよりも、

雑に歪んだ輪の中に、二本の牙の、腕に刻まれた紋章と同じ印が

浮かび上がっていた。

「遅かった…!既に…」

「怯むな!ウィス!まだただの若造…ここで殺してしまえば良い!」

触手を失ったジャイルのクラゲが、江に襲いかかる。

だが、先程のような焦りは全く感じられず、江は腰に下げた刀を引き抜いた。

「〈悪刀マガタチ〉。紫悶一染しもんいっせん。」

鞘から抜いた刀身の先から、うっすらと紫色の煙が現れ、その状態の刀を、

クラゲに向かって一突きした。

クラゲのゼリーのように膨らんだ頭部は、水風船のように、中身をパァンと

弾けさせて消える。紫の煙を全て喰らったクラゲと、その所有者のジャイルは

その場で倒れた。

(何だ…、あの力は…。天界クラゲの耐久力は、惑星を破壊する衝撃であっても

受け流す筈…なのに、なぜただ一度突いただけで…あんな…)

「後はお前か。」

横で倒れたジャイルに集中しすぎていたウィスは、目の前まで近づいてきていた

江の存在に、気がついていなかった。

「まっ…!」

「もう悪さすんなよ、〈悪刀マガタチ〉。金静かなしばり。」

振り上げられた刀から溢れ出した金色のオーラがウィスを縛り、そのまま、

地面へとクラゲごと叩きつけた。

「さっき言ってた生物上の頂点、とか言ってたけど、それは諦めな。」

触手から開放された巳雨を両手で抱え、倒れた二人を後ろに、背中に

ずっとくっついていたシュラと共に、その場を去る。

「今から俺は、平凡な自分のまま、その清天学園とやらを潰すんだから。」



一方、それを見ていた清天使会にて。

「…あの一級天使を覚醒して一瞬で…」

「シュラが見込んだだけはある、ってことか。」

場に集められた天使たちは厳しい表情を浮かべながら、派遣した

ウィスとジャイルの、やられた姿を見ていた。

「何とかなるのか…」

全員がそれぞれの思惑を抱く中、校内にアナウンスが流れた。

『全天使に告ぐ。全天使に告ぐ。たった今、日本に派遣していた一級天使全員が

人間の魂合者によって敗北。それと同時に、狩霊屋かりたまやも動き出しました。』

「…不味いな。」

「ああ。不味い。狩霊屋の動き出した理由は1つだろう。

最強の魂合者として現代に蘇った、シュラの契約者の勧誘に。」


                           


                            続く    

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