第1話 契約

失う事の辛さを知っているのは、とても良いことだ。

なぜなら、まだ失いたくないものがあるのなら、それを護るために

血のにじむような努力と力を惜しまないからだ。

それは、しても、だ。

柄谷江からやこうは、充実した高校生活を送っている。

入学してまもなく、帰り道たまたま居合わせた強盗を退治し、

1年のころには、友達も複数できる。

その事がキッカケで上級生に絡まれたが、生まれて持ち合わせた

見た目からは想像の出来ない強さで、撃退。柔道部や空手部からの勧誘も

多くなる。そのまま1年生を終了し、今は、2年生の1学期期末試験終了日。

響谷高校ひびきやこうこうの生徒たちの、最高の1日である。


「テスト終わったー!」

「後は夏休みを待つだけだな!言っても一週間だけど。」

「すいません、ネギ塩ラーメン3つください。」

高校2年生の宝木巳雨たからぎみう瀬長明雅せながあきまさ

そして、柄谷江は、高校の近くのラーメン屋、阪伊南さかいなに来ていた。

今は7月ということもあって、蒸し蒸ししている店も多い中、

何故か一番熱そうなイメージのあるラーメン屋は、よく冷房が効いているので、

3人は夏になったらよくココでラーメンを食べに来る。

店内に置かれたメニュー表の端は少し黒ずんでいるが、それだけ古く、

加えて、高校でも、おそらくこの面子しか知らない特別感があって良いのだ。

氷が持つたびカラカラと音を立てるプラスチックの青いコップには、それぞれの

名前が平仮名で書かれていた。

「はい。お待ちどうさん。ついでに期限切らしそうだったから、

オマケにキムチ餃子だ。辛すぎねぇようにチーズも入れた。」

カウンターの奥から、金髪の青年がラーメンのドンブリを並べ、

その横に綺麗に並べられた餃子が、山のように積み重なっていた。

「…げんさん。これはどういったアレで…?」

「おい国語学年1位。語彙力死んでんぞ。」

「さては、また貰いすぎましたな?ファンの皆から。」

3人からの驚きや、ジトッとした視線から、嘘を隠そうと下手な口笛を吹く。

「イヤぁさ…ファンの子らが、〈これでもっと繁盛させて!〉とか言って

チーズとキムチめっちゃくれるの。韓国料理じゃないのに…」

「ま、いいや。いただきます。」

『いただきます。』

3人は、そんな事はどうでも良くなったかのように、頼んだラーメンを放置し、

山のように重なった餃子を食べ始めた。




「毎度あり!また来てな!」

「…晩飯食えねえかも。」

「私も…」

「しょうがない…ちょっと散歩でもしよう。」

手を合わされて申し訳ないと謝られてしまい、店長のげんさん

を叱ろうにも、叱れないムシャクシャと食べすぎてパンパンになった腹を

さすりながら、江が提案する。

「いや、俺はちょっと寄るトコロがあるから…」

「私はついていくね。何か1人だと不安だし。」

明雅以外の二人は、ゆっくりと、山のある神社へと歩いていった。

その二人を、建物の陰から見ている子供がいた。

少しサイズの大きい着物を着ており、背中には、小さな翼がパタパタと動いていた。

「…!あの方なら、僕を…!」

そんな事を呟きながら、二人の後を小走りで着いていった。



その同時刻。

「はぁ⁉あのシュラが、魂合者こんごうしゃを見つけた⁉もう20000年以上無かったのにか⁉」

人に知られぬように、雲の上に建っている学園、清天学園。

人を超えた身体能力、知能、そして、寿命。

その全てを持つ〝天使〟として日本、そして世界の均衡を保つべく、

今までその力を使い、各地で支配を行ってきていた。

そんな中で、ある異常事態が発生した。

「そうだ。我々天使にとって、この天界をも揺るがす問題となる。」

「…今更でも謝るべきでは?」

「無駄だ…全てあのジジイが悪い。無能なルーテンを信じすぎたあまり、

今まで天使を悪魔から守ってきたアイツを壊した。当然の報いだ。」

「…なら、尚更、そのシュラが見つけた相棒とやらを、見る必要があるな。」

背中から身長よりも、少し大きい翼を持つ天使たちが、長机の席に1つずつ

設置されたベルを鳴らした。

その音に呼ばれたのか、近くの空いていた窓の隙間から、二人の天使が

舞い降り、膝をつき、頭を下げた。

「如何がされましたか。清天使会の皆様。」

「悪魔の討伐でしょうか?それとも人間のせんめ…」

『我々、聖天使会全八名の名のもとに、責務を与える。』

二人の口が止まり、ついていた膝を起こし、その場で立ち、胸に手を当てた。

『人間界にて、シュラに戻るよう、あらゆる手段を使ってでも、連れ戻せ。』

数秒の沈黙の後、二人の天使の口元がゆっくりと曲線を描き、

天使とは思えないその顔で、言葉をこぼした。

『御意に。』





「結構歩いたな。」

「そうだね。」

神草山。響谷高校の近くにそびえる、歴史のある山。

山の中にある洞窟では、とんでもない妖怪が封印されているという伝説があり、

偶にテレビでも特集をやっていたりする。

太陽がギラギラと照りつける中、それを遮る木陰に覆われた山道を、

巳雨みうこうは進んでいた。

山に入る前に買ってきた、キンキンに冷えた麦茶のペットボトルは、

雫をポトポトと落としており、近頃雨が降っていなかった山の土に触れ、じわっと

土の中に沈んでいった。

「…柄谷ってさ。好きな人いるの?」

突然、江の後ろを歩いていた巳雨から聞かれた。

「いや…特にいない。それに、俺はそんなに良い人間じゃない。」

「そ、そう。」

巳雨は、自分の短く切った前髪をくるくると弄り、頬を少し赤らめながら、

素っ気なく返事した。

(…?何でいきなり俺の色恋沙汰の話に…あ。)

江は、なんとなく、巳雨の抱くを理解した。

(なるほどな。やっぱり、俺も両親に似たわけだ。)

巳雨がチラチラとこちらに視線を送っているのに、少しむず痒さを覚える。

異性に好意を抱かれたことの無い自分だからこそ感じる感覚の1つだと思っている。

正直、かなり嬉しい。以前から仲の良い一人だからこそ、その好意が本物だと

感じられるのなら、それほど幸福な事だと言える。

「…知ってた?明雅最近、彼女出来たんだって。2組の白沢しらさわさん。」

「…どーりで、今日も普段行く訳のないアクセサリーショップの整理券

予約してたわけだ。」

彼女が、その情報を今、目的があって渡してきた。つまり、普段仲の良いメンバーに

亀裂の入らない様な、いい情報があったという事。

「それで、さ。私、結構前から伝えてないことあるなーって思って。」

でも、それは、彼女を苦しめる選択になるかもしれない。

「…それって?」

「私、結構前から、柄谷の事…」

そう巳雨が言いかけた時、突然、顔に向かって何かが飛び込んできた。

思ったよりも重かったのか、その場にドスッと倒れる。

「むぐっ…⁉」

「え⁉柄谷⁉」

(…良かった。何か知らんが一旦俺への意識は退くムードに持ち込めた。)

真っ暗な視界の中、そんな事を考えながら、顔に飛び込んできたモノを

掴み、起き上がる。江の手の中に居たのは、頭に壊れた天使の輪っかの様な

モノをつけ、少しブカブカした着物を身に着けた幼い少年だった。

「…子供?」

「こんな子地元に居たっけ?」

持ち上げてみたり、高い高いしてみたりして、考えるも、何故自分の顔に

飛び込んできたのかは、分からない。巳雨と二人して頭のに疑問を浮かべていると、

少年が口を開いた。

「お願いです!柄谷江様!僕と魂の契約を交わしてくれませんか!」

いきなり少年の口から発せられた言葉に、ポカンと口を開けるも、

江は、何か流行っているアニメのごっこ遊びなのだろうと結論付け、

少年を抱いたまま、少し付き合ってやるかと心のなかで呟き、

少し優しい口調で喋り始めた。

「そうかー。契約かー。君は一体何なのかなー?」

「僕は死神のシュラと申します!」

「そうかー。シュラっていうのかー。ちなみに何すればいいのかなー?」

そんな会話をシュラと名乗る子どもと交わしながら、チラッと横目で

取り残してしまった巳雨を見る。どうやら、伝えるタイミングを失ったのか、

その場で、もじもじしながら、こちらに声を掛けるべきか迷っているようだ。

(…悪いことをした。でも、応えてしまえば…)

人のこと、しかも友達を置いてしまっているが、それでも尚、今は乗り切るために、

は仕方のない事だった。


そんな、不注意と油断、そしてが、江に災難を与えた。


「それでは、江様!僕と契約を結んで頂きます!」

「うん。いいよー。」

シュラが、自分の額を、江の額に合わせる。

その状態のまま、目をつむり、唱え始めた。

聖火タリック楽園エデン死海デルラン消滅セイア嘘と勇気の象徴は輝き、アルモア・エン・エルデンス

悪魔の晩餐は今、始まるゲリウィル・スポティマ。我が名誉めいよと、その地獄に、汝の魂と我の魂の

喝采キセキは!今!交わされた!」

突如、3人の居る地面が、青く、そして黒く光り輝く。

そう。半分冗談だと思う子供の言葉には、誰かを傷つけた者への、罰となりうる。

「は?」

「柄谷⁉」

3人を包む光はやがて消えたが、消えたと同時に、シュラと、江の腕には、

黒く彫られた、天使の輪と、2つ並び、鋭く光る牙があった。

「これ…ええ…」

「改めまして、よろしくお願いします!江様!」

柄谷江、2年生の夏。突如現れた謎の少年によって、謎の契約を結ぶ。




「ああ…結びましたね。契約。」

「しかも、我々に気づき、高速詠唱を行った…流石、天使への

恨みと怒りは天下一品モノですね。」

山から離れた、街の隅に立つ鉄塔の上。

清天使会より派遣された、二人の天使、ジャイルとウィスは、

宙に浮かぶ、翼の生えた謎の鏡に映し出された、江とシュラの契約が

結ばれた瞬間の一部を写し出していた。

「…しょうがない。まだ魂合したばっかりだ。〝ギフテッド〟の存在を

伝える前に、狩る。」

「同感だ…だが、最悪なことに、今の契約で狩霊屋かりたまやに気づかれた。

シュラは、いや、シュラの契約者をこちらに引き込めば良い。」

「さぁ、面白い事になってきたが…早く終わらせねば、私達の首が飛びかねん。

だから、手っ取り早く、あの小娘を人質に取ることにしよう。」

鏡の端に映った1人の女。二人の天使の視線は、恋を叶えれぬまま、夏を迎えようと

している、宝木巳雨へと向けられていた。


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