ササクレイジー・フロム・ジ・ライディング

幼縁会

ササクレイジー・フロム・ジ・ライディング

 走る度に、浄化される。

 壊す度に、心が洗われる。

 駆け抜け砕き、全てを粉砕する度に乾き切った心が潤いを取り戻す。

 アスファルトを抉る一踏みが。

 高層ビルを貫く突進が。

 自分が全てを破壊して突き進むバッファローなのだと声高に主張して憚らない。

 全てを破壊して突き進むバッファローの群れからはぐれて数年。通販しては木材やコンクリートを破壊してきた潜伏の日々も、今この瞬間のためにあったのだと確かな確信が全身を包み込む。

 身体中を滾るアドレナリンが戦車の砲撃を無傷で防ぎ切り、止め処なく分泌される脳内麻薬が神話の一幕を連想させる嘶きを轟かせた。

 今やパン丸の中で人間として潜伏していた記憶など何の意味もなさない。


「今のビル、四乃森さんの家があったな」


 何の意味もなさない。

 そのはずである。

 全てを破壊して突き進むバッファローの本能に従い、己が道を踏みしだく感触こそが存在意義。なれば、現状に満足して然るべき。

 なれば、何故。


「あの人がくれた干し草、美味かったな」


 心の内に寂寥なる感傷を抱くのか。

 太陽の香りを存分に受け、充分に乾燥した干し草。確かな口触りを二度と味わえないという邪念が、炸裂装甲を物ともせずに貫く戦車の感覚に雑味を混ぜる。

 三峰の名を叫ぶ戦車を発見して方向転換してもなお、心中には鉛の如き沈殿した感情がつき纏う。


「お、このバイク……この前、俺と並走してたヤツじゃん。持ち主は逃げたのか?」


 踏み潰した鉄の馬が太古より蓄積した血をぶちまけ、黒光りする肢体を汚す。数秒置き、ショートした回路がパン丸の肉体を灼熱と赫炎で炙り、背後に炎熱の残光を残した。

 全てを破壊して突き進むバッファローとして感じるべき感情は、快楽。

 しかして、この街で数年の時を過ごしたパン丸として割り込む感情は、罪悪感。

 まるで本能に従った凶行を咎める心が、本能に従う男に否を突きつける。

 今更引き返せるはずもないのに、突き進む果てに後退などあり得ないのに。

 心の内にささくれ立つ気持ちの制御方法を、彼はまだ知らない。もしくは、二度と知る由もない。

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