第22話 輝天王国の独立
源に敗北したが、情けをかけられて生き延びたシェリーは、激しい怒りを覚えていた。
文明を壊滅させ得る高位審問官。シェリーは無意識ではあったが、そんな力を扱える自分に誇りを持っていた。
しかし、源の使う得体のしれない魔法であしらわれ、その上で情けをかけられたシェリーは、プライドをひどく傷つけられて、はらわたが煮えくり返るほどに憤っていたのだ。
だが、干物と化していた自身の体に水がしみこむのを待つ間に、シェリーは教会の戦闘員の一部に伝達されたある命令を思い出す。
アング王国が数か月前に勇者召喚を実施した。王家は勇者の力を御しきれず、勇者は逃亡。現在、行方不明。見つけ次第、丁重に保護せよ。
得体のしれない魔法に、その魔法の起こりの魔力を一切関知できなかったという事実。
その事実は、源が勇者であることを物語っていた。
喋れるくらいまでに回復したところで、シェリーは、ずっと近くの壁にもたれかかっていた源に鎌をかける。
「先ほどは、突然襲い掛かり申し訳ありませんでした勇者様」
「へっ!? いや、あ、その……」
突然シェリーが声を掛けてきたこと、先ほどとは打って変わって様子がしおらしいこと、そして、なにより、自身を勇者と呼んだこと。
想定外のことが重なりすぎて、源はてんぱる。
一方のシェリーは、その反応を見て源が勇者であると確信する。
声を掛けられたことに驚きながらも、勇者呼ばわりされたことに呆れたりする様子が無かったからだ。
教会が禁忌指定するほどの実力の持ち主である勇者。つまり、源は自身が負けるのも仕方ない相手だったのだ。そんな落としどころを見つけたシェリーは、自分の中で渦巻いていた怒りが霧散するのを感じる。
「よくぞ……よくぞ今日この日まで生き延びてくださいました。右も左も分からない異世界で、この数か月さぞ苦労したことでしょう」
「う、うぅ……」
落ち着きを取り戻したシェリーは、聖職者らしい慈悲深い笑みを浮かべる。
その笑みと自身を労わる言葉に、この世界に来てからずっと源の中で張り詰めていた何かが切れて、思わず涙があふれてしまう。
召喚された初日は散々だった。突然呼び出されて訳も分からない中で、殺されそうになったのだ。
その後、辿り着いた不死の樹海で、事情を理解したセラフィナがかくまってくれた。この世界のことを教えてくれたセラフィナには、感謝をしてもしきれない。
しかし、そのセラフィナも源のスキルが起こす
シェリーの優しい言葉は、そんな源のデリケートな部分に寄り添ってくれたのだ。
さめざめと泣く源を見て、シェリーはほくそ笑む。ここで畳みかければ、源は教会になびくだろうと確信したのだ。
「やはり、さぞお辛い思いをされたのでしょう。わたくしも、先ほどは訳も分からず襲い掛かってしまいました。重ね重ね申し訳ありません。禁忌として封印し続けていた召喚術を
源にとってはこの上ない申し出だった。
この世界で絶大な権力を持っているであろう教会が保護を申し出ているのだ。しかも、こちらは明らかな被害者。後ろめたさを一切感じることの無いニート生活を送ることができる。日本では生活のため仕方なしに仕事をして、激務に追われていた源にはとても魅力的な提案だった。
しかし、セラフィナの言葉が源を引き留める。
魔王国で合流しよう。
世界を見て回りたいという源の願い。それをエルフの森を出てまで叶えようとしてくれたセラフィナ。ここで教会の提案を受け入れるのは、そんなセラフィナに不義理を働いているように源には思われた。
「それは……」
もう少し考えさせてくれ。
そう続けようとした言葉はシェリーの言葉にかき消される。
「聖女様も、勇者様を呼びだしたことに大層心を痛めておいでです。叶うのであれば、聖女様自らが、直接洗礼を授けたいとおっしゃっております」
「行きます! 聖女様に会わせてください!」
聖女。
これまたファンタジーのド定番を前にして、セラフィナへの義理は消え失せてしまう。
セラフィナは謝ればなんやかんやで許してくれるだろうが、聖女は違う。
ここで会う機会を逃してしまえば、聖女に会えることはきっと一生無いのだ。
そんな打算が源の中で働いた。セラフィナへの後ろめたさから目を背けるように、源は聖女がどんな相手かを想像する。
きっと、
まだ見ぬ聖女に想いをはせて、キラキラと目を光らせる源。シェリーは、そんな源を見て、心の中でガッツポーズする。
落としどころを見つけたとはいえ、自身のプライドが傷つけられた事実は消えない。
源は絶対に殺す。
シェリーは内心でそう決めていた。
源が教会の庇護下に入るのであれば、そのチャンスはいくらでも降って湧いてくる。まさしく、願っても無いことだった。
そんな内心を悟られぬよう、シェリーは懐の魔石を破壊する。
イルミの暴走の引き金となる魔石だ。
これで魔王国はパンデミックに見舞われる。イルミの近くにエルフがいるかもしれないという不確定要素はあるものの、魔王国に被害が全く無いということは無いだろう。
こうして間接的に亜人たちを始末することで溜飲を下げて、シェリーは源への殺意を隠したのだ。
「我ら教会を信じていただき、そして汚名返上の機会を頂きありがとうございます。どうか、勇者様を歓待させてください。まずは、聖女様の元まで、快適な旅をご用意いたします」
かくして、アマルナを散々引っ掻き回した源は、教会の総本山である神聖ナチ皇国へ向かうこととなる。
しかし、源がアマルナを後にしてすぐに、アマルナは歴史からその名を消す。
源が脱獄する際に生み出した坊主たち。源が立ち去った後も坊主たちはその輪を広げ続け、日が暮れてしばらく経つころには、住民のすべてが坊主と化した。
人と人の間に上も下も無く、まして、同じ言葉を使う人と亜人との間にも違いなど無い。髪と共に余計なしがらみやプライドを捨て去った坊主たちは、そんな思想を共有し、さらにはその思想を広めていくべきという結論を下した。
その結果、アマルナはアング王国から独立し、輝天王国として国家が樹立したのだ。
魔王国とアング王国と不死の樹海。これら三つの勢力に囲まれた輝天王国は一月もせず滅亡するかに思われた。
しかし、輝天王国は意外にも歴史に長く名を残すことになる。
三勢力の緩衝地帯としての役割を持ったということあるが、最大の要因は坊主の拡散能力だった。
輝天王国が独立した翌日、アング王国へ進軍していた魔王国軍は、予定通り旧アマルナ、つまりは輝天王国の首都に辿り着く。
屈強な魔王国軍により輝天王国は
坊主たちの説法を受け、余計なものを捨て去り、彼らは本当に大事なことに気付いたのだ。その結果、襲撃した軍全体が坊主、つまりは輝天王国の一員となってしまった。
侵略すれば軍事力をそぎ落とすどころか、軍が吸収され、逆に強化させることになる。そんな輝天王国を前に、各勢力は割に合わないと判断し、防衛線を築くにとどめたのだ。
国家の樹立というのは歴史上大きな出来事と言えるが、その裏で教会と魔王国双方の歴史を一変させる出来事が起こっていた。
それは拡散病魔イルミが魔王国の手に渡ったことだ。
歴代聖女の中で、史上最高の頭脳を持つと評されていた当時の聖女。
しかし、その聖女の名は
その聖女が犯したとされる最初で最大の失態。それがイルミの魔王国への流失であり、輝天王国独立よりも大きな歴史の転換点となったというのが通説となっている。
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