第21話 勇者の覚醒
源は最高にハイになっていた。
当然だろう。明確な殺意を持った攻撃にさらされ続けているのだ。平和な日本で生まれ育った源が正気を保つことなど不可能。
しかし、源のスキルは、源の悪ふざけに強く呼応するという代物。つまり、源が浮かれれば浮かれるほど、彼のスキルは強力になるのだ。
源が望んだのか、それともスキルが勝手に動いているのかは定かではないが、彼のスキルは、源の頭の中に脳内麻薬を生成し続けていた。
シェリーの攻撃をスキルにより
死の気配がすぐ隣を
「くたばりなさい! 神を恐れぬ背信者!」
シェリーが地面に手を着くと、攻撃の余波で
「神を恐れぬだと! よく分かっているじゃないか。髪は死んだのだ! わずかな希望に
源の覚悟に応えて、スキルが源の毛髪を一瞬で抜け落とし、後光が差す。その心洗われる光に照り付けられて、液状化した地面が固まる。
固くひび割れた地面を認めて、シェリーはほくそ笑む。
「甘く見るな!
源の後光により乾いた地面から、わずかに残った水分が抽出され、今度はさらさらの砂に変化する。砂は瞬く間に流砂となり、アリジゴクのように源を飲み込もうとする。
「命の力強さを甘く見ているのはお前だ! どんな不毛な大地でも、諦めなければ、生命は芽吹く!」
目をつむり、手を組んでじっと祈る源。そんな源をシェリーはあざ笑う。
「フン。あなたの祈りに応える神など居ません! 我らが神の慈悲に期待し、罪を悔いながら死になさい!」
勝利を確信したシェリー。しかし、次の瞬間、シェリーはあり得ないものを目の当たりにする。
「あれは……植物!? あんな不毛の土地になぜ!?」
不毛の土地。そう、源のハゲ散らかした頭から無数の双葉が芽吹いていた。
その正体は
セラフィナがオババ様への
通常のミントであっても、種を庭にまくと、庭中の植物がミントに置き換わるほどに強い繁殖力を持つ。品種改良して、さらなる繁殖力を得たミントは、いかなる不毛の土地であろうとたくましく育つ。
しかし、シェリーは自分の優位が揺らがないと確信し、鼻で笑う。
「ふざけた真似を! ですが、あなたの頭に植物が生えたからといって何なのです? それどころか、その植物に養分を吸い取られ、よぼよぼになっていくではありませんか。砂による窒息死を恐れての自害。
シェリーの言う通り、ミントに養分を吸い取られた源は即身仏のようになっていた。
もうこれ以上吸い取る養分が無くなったところで、ミントは花を咲かせ、枯れはてる。
残ったのは、即身仏と化して、頭から輝きを失った源と、流砂に飛び散るミントの種。
「ふん。いくらミントの繁殖力が高いとは言え、そこは私が魔法で水分を完全に取り去った完全なる不毛の地。植物など、育つはずが……」
またもやあり得ない光景を目の当たりにしてシェリーは目を見開く。
「な、なぜミントが! ミントが育っている!?」
シェリーが完全に水分を奪い去った流砂。その中でもミントはたくましく育っていた。
さらさらの砂がミントの根で固められ、地面は固さを取り戻す。
即身仏と化した源は、地面から這い出て、ゾンビのようによろよろと、しかし、確かな足取りで一歩、また一歩とシェリーににじり寄る。
自身の攻撃をことごとく無効化された上に、即身仏と化し、ミイラのようになっている源が近寄ってくるというホラー映画じみた状況に、シェリーは腰が抜けてしまう。
「お前が使う水魔法。
「っ!?」
自身の魔法の性質を源に言い当てられて、シェリーは動揺する。だが、それが至極当たり前のことを言っているに過ぎないことに気付く。
「ふ、ふん。何を言うかと思えば。魔力を帯びた他者への干渉は、力量差が大きく開いていても、多大な集中力を必要とする。できたとしても、そんな非効率なことをする者はいない! 魔法を扱ううえで最初に習うことを、意気揚々と!」
え、これ常識なの? 源は内心動揺する。
現在の状況を言うとすれば、足し算のやり方を高校数学の教諭に自慢げにひけらかすようなもの。とてつもなく恥ずかしい状況だった。
しかし、源はそんなことなどおくびにも出さず、続ける。
「ああ。当たり前だな。だが、獣人たちを洗ったとき、お前は水を操って獣人たちを乾かした。その時はお前の魔力が強大だからできたことだと思ったが、それは誤解。お前は彼らの体表にあった、お前の支配下にある水を取り去ったに過ぎない。その証拠に、彼らの体毛はバサバサになっておらず、適度な水分を残していた」
「体毛……まさか、あなた!?」
「クク。そうだ。そのまさかだ!」
シェリーはミントの根元に目を凝らす。そこにあったのは見落としてしまいそうになるほど細い黒。源から抜け落ちた髪の毛だ!
「砂の上にまき散らかされた髪。あなたの魔力を僅かながらに帯びていたその髪から、私は水分を抜くことができなかった。そして、キューティクルに守られた髪は、さらさらの砂からも水分を守ることに成功。でも、繁殖力旺盛なミントには勝てなかった。髪から水と養分を吸い取ったミントは、のびのびと成長したという訳ね……」
そこまで考えて自身の髪を散らしていたとは。
だとしたら、この男は自分の行動をどこまで読んでいたのか。
シェリーは目の前までやってきた源を見上げて、恐怖という感情を思い出す。
しかし、腐っても高位審問官。シェリーは必死に虚勢をはる。
「ふふ。完敗よ。だけど、一つだけ
「なんだ?」
「ミントの種をどうして直接まかなかったの? そうすれば、あなたは即身仏にならず、流砂を止めることができたはず」
「ふん。そんなことか」
なんとなくノリでだ。
喉元からこぼれそうになった言葉を、源はどうにかして抑え込む。
「ミントの種を増やす必要があったというのが一つ。そしてもう一つは……これからお前の体に教えてやる!」
「えっ、い、いやああああ!!」
即身仏となり、カラカラに乾ききった源。
その源の手が、シェリーの腕をつかむ。
「や、やめて。水分が……私のキューティクルがああああ!!」
スポンジが水を吸い込むのは自然の摂理。
では、もし即身仏に健康体の者が触れたらどうなるか。
もちろん決まっている。当然、即身仏に水分を奪われ、ミイラ化するのだ!
「これまで殺してきた者達に
「あ、あ……」
からからに干からびたシェリー。対照的に、髪を含め元の体を取り戻した源は、
「ん?」
そんなシェリーの懐で、あるものを見つけて源はかがみこむ。
「これは……」
源が手に取ったのは、たくあん。セラフィナの作った干物をシェリーが漬けたたくあんだった。
その艶やかな黄金色に、源は思わずかじりつく。
「うまい」
何の気も無く、漏れ出た感想。
疲れた体にスーッとしみこむ、程よい塩分だった。
しばらくボリボリとたくあんをかじっていた源は、ふと思い立って、懐からじょうろを出す。
そして、そのじょうろで干物と化したシェリーに水をやる。
たちまちシェリーは元の姿に戻った。
「……」
水で戻されたばかりで動かない声帯。
だが、視線で源に訴える。
なぜ助けた?
なんとなくフィーリングで悟った源は、肩をすくめる。
「ま、あんたには減刑してもらった貸しがあったしな。それを返しただけだ。たくあんソムリエさん」
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