第19話 拡散病魔
拡散病魔。
教会がイルミにつけたコードネームだ。
若干八歳にして街一つを壊滅させたその魔法は、文明を壊滅させる高位審問官に匹敵するポテンシャルがあると評価された。
しかし、保護された当時イルミは心神喪失状態。
魔法の制御は精神の安定と連動している。強力な魔法を所持する精神不安定者など、いつ爆発するとも知れない爆弾でしかない。
だが、イルミの魔法が医学の進歩に絶大な貢献が見込まれるのも事実。
なにしろ、イルミは指先一つで自由に病原菌を生成することができるのだ。その上、病気の進行を加速することまで出来る。臨床実験をする上でその存在は革新的なものだった。
結果、教会はイルミを医学関連の研究拠点に幽閉することを決定。人格否定により自我と感情を抑圧し、短期間で精神を安定させ、ただただ命令に従う実験装置を作成させることに成功した。
それから四年。
イルミの魔法が段々不安定になってきた。そんな中で、実験中のイルミの暴走により、優秀な研究チームが一つ壊滅してしまう。それを契機に、教会が重い腰を上げた。
この四年の間でイルミにより新薬の開発と、それらに付随する技術は飛躍的に向上していた。教会は、イルミが無くとも研究に大きな支障はなく、むしろいつ暴発するともしれぬ爆弾を抱えている方が危険と判断。処分を決定したのだ。
処分の方法は、兵器として活用することとなった。魔王国の奥深くに送り込み、魔法を暴発させ、パンデミックを起こすのだ。イルミが主に使用する病気のワクチンや特効薬は既に開発済み。魔王国にのみ大打撃を与える効率的な兵器だった。
イルミの運搬役として白羽の矢が立ったのは、高位審問官のシェリーだった。シェリークラスであればイルミが教会の支配圏で暴発を起こしても被害を最小限に抑え込むことができる。貴重な戦力を割くことになるが、代替できる者はいなかった。
魔王国との最前線の一つであるアマルナ。そこまでの運送は無事に完了した。残る段取りは、魔王軍にあえてアマルナを占拠させ、魔王国から攫ってきた子供達を魔王国内に送還させるだけだ。その子供に紛れ込ませてイルミを送り込むのである。
シェリーが持っている起爆用の魔石を破壊すれば、イルミは大陸上のどこにいようが瞬時に暴走状態となる。イルミが魔王国に入り込んだころ合いを見てそれを起動させれば、魔王国はパンデミックで大混乱が起こるという算段だった。
魔王国の軍勢を偵察が確認し、いよいよ到達が翌日となった時、想定外の事件が起こる。
源による集団脱獄だ。
脱獄騒ぎを知るや、シェリーはすぐにイルミを追いかけた。もはや教会にとって用済みとなったとはいえ、魔王国にパンデミックをもたらす貴重な兵器。それを見失うわけにはいかなかった。
イルミたちが地下通路を進んでいるのを知り、シェリーは出口付近まで泳がせることにする。
イルミの傍にエルフがいたからだ。
仮にイルミ引き渡しの説得に失敗したとして、樹海の外に出ることができるほどのエルフを相手にするのは骨が折れる。万全を期して、出口付近にある地下水脈までおびき寄せたかった。大量の水のある場所でなら、万が一にも不覚を取るようなことは無い。
そうして、尾行していると、シェリーにとって嬉しい誤算が起こる。
出口付近で亜人の集団を発見したのだ。
亜人を殺せば殺す程、自分の信仰を神に示すことができる。
そう信じているシェリーの中から、エルフを説得するという選択肢は消えていた。信仰を示すことは、何事にも優先するのだ。
隙をうかがい、シェリーは地下水を高圧で吹き上げさせ、亜人たちを始末しようとした。エルフと、もう一人の男がどうなろうと構わなかった。仮に巻き込まれて死んだとしても、それは彼らの信仰が足りなかっただけだ。
しかし、その思惑は源のスキルにより無力化されてしまう。
教会が禁忌とする転移者と、文明を壊滅させうる高位審問官。
最後に彼らの衝突が起こったのは、数百年前の魔王国建国時。その時は戦闘の余波で大陸の北半分、つまりは、現在の魔王国領土が不毛の土地となった。
そんな圧倒的な個同士の戦いが今始まろうとしていた。
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