第18話 もふもふはファンタジー
セラフィナから
そして、地下道の出口までたどり着いた源たちは、先にそこにいた獣人たちと合流する。
「セラ、あの人たちは?」
「魔王国の兵士と、誘拐された子供達。あのまま放っておいても寝覚めが悪いからね。どうせ行先は同じ魔王国だし、待っといてもらったんだ」
「あの、セラフィナ、さん」
「ん?」
おずおずとセラフィナを呼ぶイルミ。セラフィナは遠慮するなとでも言いたげに、大げさにイルミの方へ向き直る。
「あの、その……」
「子供が遠慮するんじゃないよ。なんでも聞いて」
ちらちらと獣人たちの方をうかがいながら言いにくそうにするイルミ。セラフィナがイルミを促すと、イルミは覚悟を決めたようにごくりと唾を飲んで、セラフィナの元ににじり寄り、耳打ちする。
「ほ、本当に魔王国に行くんですか? 魔王国は、その、人を食べる亜人がいっぱいいて危ないって」
「ガハハ、坊主。お前そんなデマ信じてたのか」
イルミの話を聞きつけた一人の狼系獣人が、豪快にイルミの頭を撫でる。人より五感の鋭い獣人を相手に内緒話などできないのだ。
「え、いや、ちが……。ぼく、美味しくないよ」
イルミの怯えた反応を見て、声を掛けた獣人はしゅんと耳を垂らす。
その分かりやすい落ち込みぶりを見た他の獣人たちがどっと笑い声をあげる。
「ククッ。駄目っすよ、隊長。隊長は見た目が怖いんだから、注意しないと。ほぉら、スマーイル」
「むっ。そうか……。こんなかんじか?」
「ひぃっ」
目を吊り上げて、口を歪ませ、鋭い牙を見せる獣人。その顔は捕食者の舌なめずりにしか見えず、それを下から見上げたイルミは、恐怖で更に身を縮こませる。
「はぁ。まったく。隊長は相変わらず不器用ですね。ほら、怖がっちゃうんで、戻ってください」
「むぅ」
不満そうに口を尖らせる狼系獣人だったが、ちらりと視線を向けただけで肩をびくりと震わせるイルミを見て、すごすごと獣人たちの輪に戻っていく。
背中を丸めて、耳と尻尾を垂らす後ろ姿は哀愁を漂わせていた。
「悪かったな、少年。うちの隊長は子供好きなんだが、あの見てくれのせいでな。そうでなくとも、教会は我々を弾圧しているし、そういう反応になるのも仕方ない。だが、我ら獣人が……ひいては魔王国が好き好んでそなたらと争っているわけではない。本当に正しいのは何か。自分の目で判断して欲しい」
「ま、そういう訳。あんたの境遇には同情するけどさ、自分ばっかりが不幸だなんて思わないことね。それにね、イルミ。あんた、もう魔王国以外に行くところ無いわよ」
「え、それどういう……というか、そもそも、僕のこと、知ってるの?」
「あー、こいつエルフだから。エルフだから何でも知ってるんだよ」
「そっか。すごいね、エルフ」
「ああ、もう! ゲンは黙ってて! 色々ややこしい!」
「むぅ」
セラフィナに怒鳴られた源は、すごすごと引き下がる。
なんの気は無しに獣人たちの方を見やると、寂しそうに笑う狼系獣人と目が合う。
そこに言葉は無い。いや、言葉など必要ない。
ちらりと
何かの引力に導かれるままに源は獣人たちの元へ行く。
夢にまで見たファンタジー種族、獣人。それも狼系の獣人が目の前にいるのだ。
モフモフしたい。
源はそんな欲求を押さえることはできなかった。
「ん?」
モフモフまで後一歩。しかし、源の足はそこで止まってしまう。
すんすんと鼻を鳴らして、思わず顔をしかめる。
そして、絶望のあまり叫ぶ。
「あんたら、臭いよ! なに、この獣臭! モフモフといったら、太陽の臭いで、ふわふわじゃないの!? あんたら、獣人舐めてんのか!?」
源のあまりに酷い言い草に、狼系獣人が
「うるせえ! 勝手に夢見てんじゃねえ! あんたら人間は甘えすぎなんだよ! 長くても肩にかかるくらいしか毛が無いくせに、シャンプーがめんどくさいだのなんだの言いやがる! こっちはな、全身が毛に覆われてるんだよ! 風呂なんか、一日がかりの大仕事なんだよ! 上がった時に全身をぴっちりと張り付く毛の気持ち悪さが分かるか!? それを獣臭いだって? 当たり前だろ! 俺らは獣人だぞ!」
「知るか! 甘えてるのはお前らだ! えづきそうになるくらいワイルドな臭い漂わせた奴が頭なでてきたら、そりゃ食われるんじゃないかって思うわ。子供に好かれたいんだったら、まずはお前らが太陽の臭いになって歩み寄れ!」
「む……。一理ある、のか?」
源の勢いに押されて、つい頷いてしまう狼系獣人。
いや、流石に無理があるだろ。
周囲の獣人たちはそう言おうとする。しかし、それは
「ふふふ。そうですねー。くさーいくさーい獣人どもはキレイキレイしましょー」
「なにもの、フガッ!?」
いち早く臨戦態勢を取ろうとした狼系獣人だったが、床から突如噴き出した鉄砲水に打たれ、気管に水が入ったせいで喋れなくなる。
「あんたは……たくあんソムリエの衛兵さん!」
鉄砲水を呼びだしたであろう女。その正体は、源の販売したエルフの干物に感銘を受け、彼の減刑を願い出たたくあんソムリエの衛兵だった。
「ふふふ。そうですよー。たくあんソムリエの衛兵さんです。いやー、素晴らしい大根の干物でした。あまりの出来栄えに、我慢しきれず突貫で漬けちゃいましたよ」
そう言って衛兵は懐から黄金色のたくあんを取り出すと、バリっとかじる。
その断面はむらなく漬かっており、突貫で漬けたものにはとてもではないが見えない。
「ほーん。綺麗に漬かってるじゃないか。それがあんたの魔法か?」
「ふふ。ご
「ゲン! 気をつけろ!」
鉄砲水と女がまとうゆったりした白いローブを見て、セラフィナは相手が何者かを悟る。
「そいつは高位審問官! 教会が抱える戦闘部隊のトップ3よ! しかも、その中でも、究極にいかれた狂信者! 次に生まれ変わる時に人になれるよう、亜人は後悔して死ぬべき。そんな狂った思想の下、嬉々として拷問する真正のイカレ野郎! 水魔法の使い手で、よく使うのは、泡でじわじわと窒息死させる拷問! 通称は泡風呂落としのシェリー!」
「イカレ野郎とは心外ですね。私は彼らのためを思って、慈悲の心で手を汚しているというのに」
セラフィナの解説を聞いた源は、シェリーの獣人たちへの仕打ちを見て、思わず叫ぶ。
「クソッ! なんて外道なんだ! 汚れた獣人たちを、こんなぬるま湯で水責めするなんて!」
「ふふふ。そうですよー。彼らが嫌がっていることなど、関係ありません。その汚らしい全身の毛を、人肌くらいの熱さの中途半端なお湯でじっくり責めてあげます」
「くっ! さすがは高位審問官! ぬるま湯で水責めなんて……へ?」
違和感を覚えたセラフィナは、シェリーが操る水に恐る恐る触れてみる。その温度はぬるい。肩までじっくりと長時間浸かっていたくなるような温度だ。
「ふふふ。私がただのお湯攻めで済ますなんて思わないことです。お湯に薬品を混ざて、泡攻めにして差し上げましょう」
「な、なんて非道なやつなんだ! こんなフワモコ泡で全身をこすられたら、くすぐったくて息もできなくなってしまうぞ!」
「ゴロゴロ」
「なんてこと!
むしろ気持ちよさそうにしているのではないか。そんな疑問がセラフィナの脳裏に浮かぶ。しかし、シェリーが次の手を打ったせいで、思考が追いやられてしまう。
「最後に。私が水魔法で余計な水分を彼らの毛皮から抜き取ってフィニッシュです」
「くっ! なんて外道なんだ!」
「いや、牢に捕らわれて汚くなっていたのを、綺麗に洗ってくれただけなんじゃないかな」
「セラ! お前、分からないのか!?」
異端審問官の肩を持とうとするセラフィナに、源がありえないとばかりに目を見開く。
「あいつの狙いは、獣人たちにお風呂の素晴らしさを教えること! あいつのもたらすお風呂の気持ちよさを一度でも味わえば、獣人たちはお風呂の
「そ、そんなっ! 教会がそんな非道な真似をしていたなんて! 僕は一体何を信じればいいんだ!」
「ええ、そんなジュラル星人みたいに遠回りな……。というか、イルミもそっち側なの?」
シェリーの恐ろしさを一人だけ理解できないセラフィナは、ただひたすらに困惑する。
一方のイルミは、これまで信じてきた教会が裏で非道な行いをしていると知り、
「ふふ。私の拷問を見抜くなんて、なかなかやるじゃない」
不敵に笑うシェリー。
しかし、表面上とは裏腹に、シェリーは内心焦っていた。
不意打ちの鉄砲水。それで亜人どもは一掃するつもりだった。
しかし、その攻撃は不発に終わる。戸惑いを押し殺して、泡での窒息攻撃、全身の水分と共に体温を奪うことによる凍死と、アプローチを変えて矢継ぎ早に攻撃するが、いずれも届かない。
それどころか、結果だけを見れば神敵である亜人どもをただただ気持ちよく入浴させてしまうという始末。
恐らく、エルフではなく、イルミと一緒にいた男の仕業。ただの冴えないおっさんと高をくくっていたが、そもそもエルフが一緒に行動している人間がただの人間であるはずが無いのだ。
自分のうかつさに、やりようのない怒りが浮かぶ。それを亜人どもにぶつけてなぶり殺したい衝動に駆られるが、シェリーは抑え込む。
今いるのは死地。
相対しているのは、自分の魔法を無効化できるほど強く、それでいて得体のしれない魔法の使い手。水魔法を適当に振るうだけで倒せる有象無象では無いのだ。
一方的な虐殺ではなく、自身の命もかけなければならない久方ぶりの戦闘の中で、シェリーは相手を見極めようとする。
得体のしれない相手であれば、間断なく攻撃して、反撃の隙を作らないのがベスト。しかし、あまりにも得体が知れなさすぎる。
会話で時間稼ぎをしつつ、相手の魔法を見極めたかった。
魔法の応酬から、情報戦への転換。そんなシェリーの変化をセラフィナは見逃さなかった。
シェリーの言葉から漏れる困惑を敏感に感じ取って、セラフィナはすぐさま魔法を発動させる。
「ゲン! 魔王国で合流! 足止めして!」
セラフィナが地面に手を着くと、直径二メートルほどの竹が源以外の者達の足元から生えてきて、彼らをこの場から離脱させる。
「くっ!」
逃亡するつもりと気付いたシェリーは竹から水分を抜き去り枯れさせるが、遅い。
シェリーが魔法を発動させたときにはセラフィナは既に新たな竹に全員を移し終えていた。
シェリーはセラフィナを魔法の射程範囲に捉えるべく追おうとするが、源の存在に気付いて足を止める。
ただ一人その場に残された源。
セラフィナから足止めを任されたことで、シェリーは彼を
そんな相手に背を向けるわけにはいかない。
セラフィナ達は子供を連れた大所帯。どうしても足は遅くなる。五分で片付ければ、地下水脈を移動して魔王国に入る前に追い付ける。
そう判断したシェリーは源に向かって不敵に笑う。
「ふふふ。死ぬまでの
残された源は、セラフィナからの無茶ぶりに恨み言を浮かべつつも、シェリーを
「神罰だと? ふざけるな。あんたは亜人を見下しているようだけどな、問答無用で襲い掛かってくるようなあんたよりよっぽど話の通じる奴らだったよ。教会の教えだとか、立派なお題目掲げているが、あんたがやってるのはただの虐殺。あんたは亜人なんかよりずっと下の人でなしだ」
自分の根幹を為す信仰を否定されて、あまつさえ神敵である亜人どもよりも下等であると言われて、シェリーの中でブチッと何かが切れる。
「殺す」
その気になれば文明を滅亡させられると言われる高位審問官。そんな彼女の
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