第2話 黒歴史

 お昼の時間も過ぎて、いよいよドッヂボール大会が開幕しようとしていた。お昼の時間からクラスは緊張した空気に包まれていて、生徒の中には動きづらくなるからと言い弁当を控えめにするという者もいた。恐らくこの大会はただの子供の思い出作りではないことを先生も分かっていたに違いない。


 大会は総当たり戦。より勝ち星を挙げたクラスが優勝というシンプルなものだった。相手のクラスと挨拶を交わし、各々のポジションに付き始める。笛が鳴り、試合は始まった。ジャンプボールで取った自クラスが人が固まっているところに向かって思い切り投げていく。ドス、ドスと鈍い音が鳴り運動が苦手な生徒から当てられていく。まさに弱肉強食といった感じだ。そんな残酷な様子を私は安息の地から優雅に眺めている。紅茶でも嗜みたい気分であったが参加している素振りだけは見せなければなるまい。小刻みに足を動かしてみたり、逸れたボールを小走りで拾いに行って投げる人にボールを渡したりとその場に上手く溶け込むことができていたと思う。しかし、ここで少年(自分)は不測の事態に見舞われることになる。外野が増えたのだ。それも女子が。その時の自分のクラスは運動が苦手なのはほとんど女子だった。男子の多くは戦いの前線で躍動していたが、外野の私の周り、つまりボールをできるだけ持ちたくない人が集まるゾーンには多くの女子が集まっていたのだった。


私がその時考えていたことは覚えていないが、女子に自分のかっこいい姿を見せたかったに違いない。これこそが最大の誤算だった。私はこの大会中一回もボールを投げるつもりはなかった。しかし気が付くとかっこいい姿を見せるという考えに切り替わり、女子がたくさんいるゾーンから離れて外野の最前線に立っていた。


最前線に行く間際にどの女子に向けて言ったかのか分からない自分のセリフを鮮明に覚えている。

「俺が当てたら、中戻ってね」

やってしまった。アニメの主人公でも言わないだろう。アニメなら最初から最前線にいるはずだし、隠していた能力を見せつけるパターンのアニメだとしてもボールを当ててから「中入りなよ」が一番かっこいいに決まっているだろう。それをボールを当てられる確証がどこにもない私が例のセリフを発してしまったのだった。その時、その言葉が何人の耳に入ったか分からないが一人も聞いてないことを祈るばかりだ。


黒歴史はまだ終わっていない。最前線に私が立った時には、中にいる人数は残り少なく猛者しか残っていなかったのだ。先ほどのセリフを発してしまったからには何としてでもボールを当てなければならない。気持ちは高ぶっていて当てられそうな気がした。すると自チームが投げたボールを相手が避けて、ついに自分の手元にボールがやってきた。「へい」とお前が投げるはずがないだろうと言わんばかりに自チームからボールを要求する声が聞こえてきた。しかし、その時の私には聞こえていなかったのだろう。投げる動作を取り始めた時にはもう遅かった。力んで放ったボールは相手の随分手前でバウンドして綺麗に手元に吸い込まれていった。その時の自分の気持ちを表現するにはこの世界にある言葉では足らないだろう。自分の行いのことを指すなら愚の骨頂であったといえる。結局試合は負け、全体の結果としては三位だったような気がする。


 これ以上書くと精神的に参りそうなのでここで私の黒歴史は終わりにさせていただく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ドッヂボール @mizukiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ