ささくれ勇者
黒墨須藤
半田、異世界召喚
「開け異界の門よ。女神の加護を持って我らを救う勇者を現したまえ!」
床の魔法陣から、凄まじい風が吹きすさび、稲妻のような白い閃光が走る。
この召喚だけでもかなりの代償を払った。
失敗は許されない。
召喚を行っている魔法使いの顔にも緊張が見える。
もうもうと舞う土煙の中に、人影が浮かんだ。
成功か―。
煙が晴れ、立っていたのは若い男。
色白で目に隈(くま)があり、白い服に黒いズボンを履いている。
「なんだ?ここはどこだ?」
男はキョロキョロと当たりを見回している。
「おお勇者よ。私はこの国の国王です。あなたに魔王を倒して頂きたく、この度召喚の儀にて、異世界より呼び寄せたのです」
「国王?魔王?召喚?異世界?」
男はかなり混乱しているようだ。
無理もない。この召喚の儀は、勇者の適性がある者を同じ時間軸で無理やり転移させるのだ。
それにしても、この男、本当に勇者の適性があるのだろうか。
色白で白い服から見える腕は細く、かなり華奢な印象だ。
睡眠不足なのか、目の下に隈があり、より不健康な印象を強くする。
値踏みするような、ジロジロした視線が気に障ったのか、男はこちらを睨みつけた。
「魔王だとかなんだか知らないけど、自分たちの問題だろ?俺には関係ない。さっさと帰してくれるか」
「それが出来ればやっているわ。既に各国の部隊が派遣され、魔王に攻撃した。でも魔王には通用せず、みんなやられてしまった」
魔法使いが自分の杖を握りしめて言った。
魔王討伐に行った中、唯一の生き残りが彼女だ。
「魔王のバリアの前に、私たちの攻撃は全く通用しなかった」
「そうだとしても、俺が戦う理由にはならないだろ」
男は続ける。
「魔王の目的は?交渉とかしたのか?国のトップが変わるだけで、案外暮らしは良くなるかもしれないだろ」
その言葉に魔法使いが激昂する。
「お前はッ!何も知らないからッ!アイツはいきなり街一つを焼き払い、そこに城を立てた!私の故郷だ!和平や交渉の使者は見せしめに城の前に磔にされ、余興と言って生きたまま焼かれたんだぞ!そんな奴がまともであるものかッ!」
「お主は確かに何の関係もない。ただ単に、もう我らが出来ることは、これしかなかったということだけじゃ」
「放っておいてももうこの国、いやこの世界は滅ぶ。もしお主が魔王に勝てたら、それこそ世界の全てを手に入れて構わん。だが戦わないとしても、我らがお主を元の世界に戻すことはせん」
全てのチップはこの勇者に賭けた。
降りる選択肢もない。男には悪いが、心中だ。
「楽しく歓談中に失礼」
「魔王!」
いかん―!
魔王が羽虫を払うように手を振る。
間一髪、突き飛ばされた勇者は、文字通り魔王の手を逃れた。
途端脚に激痛が走る。
立とうとした脚の、膝から下が片方なくなっていた。
「脆くて助かったなぁ王様。丈夫な足だったら、壁に叩きつけられて、赤いシミになっていただろうに」
ケタケタと魔王が笑う。
魔法使いが杖を振りかざし、魔王に向ける。
杖から閃光が走り魔王に向かうが、当たる前にバリアによって阻まれる。
「無駄だ無駄。我のバリアはどんな攻撃も通さない。……いや、我の攻撃は試したことがなかったなァ。我のバリアと我の攻撃、どちらが強いと思う?」
クハハハと魔王が笑う。
治癒魔法でなんとか止血することが出来た。千切れた脚は木っ端微塵になってしまったようで、見つからなかった。
「おい、ところで先ほど王に突き飛ばされたのは何だ?」
抜け目のない奴、勇者のことを覚えていたか。
ああは言ったが、こんな状態になってしまったら、もうせめて戻してやった方がいいだろうか。魔王に、彼が勇者だとバレてはいけない。
「僕か?」
「そうだ、お前だ」
男はゆっくりと立ち上がった。
「僕はこいつらに召喚された勇者らしい」
一瞬の静寂。
魔王は目の下に大きな隈のある少年を、ギョロっとした目を瞬きさせて見ると、笑い出した。
「クハハハ!勇者!それも異世界からとはご苦労なことだ」
「ああ、とんでもなく災難だ」
「だろうなぁ。転移してすぐに殺されちまうとは、甲斐がねえなぁ」
「いや待てよ、こっちへ来れるということは、あっちへ行けるってことじゃねえか?こっちの世界を蹂躙したら、異世界に移動して、また楽しめるってことじゃねえか」
魔王の言葉に恐怖する。
「王はそういうタイプじゃねえだろう。まあ魔法使いだよなぁ。良かったな、お前は生かしてやる!死んだ方がマシと思える拷問が待っているけどな」
魔王が新しい遊びも、おもちゃも見つけたと笑う。
コツン。
「あ?」
高笑いに水を差すように、魔王に石が当たった。
「災難なのは」
「お前だ」
「おいおい、もう死にたくなったのか?大人しくしていれば、数分長く生きていられたんだぞ?」
魔王が勇者に向き直る。
無理だ。
投石ごときで倒せる相手ではない。
「お前はこの世界では最強だろう。だが異世界から呼ばれた僕が原因で倒される」
「そしてお前が唯一殺せなかった奴に倒される」
「お前は災難だよ、魔王」
魔王は困惑している。
石を投げただけの、ヒョロヒョロの少年の啖呵に。
魔王はいらなくなったおもちゃを、投げて壊すように―
心底つまらないものを見る表情で勇者に向けて手を振り下ろし―
ぐにゃりと体が捻じり潰れ、べちゃっと絞った雑巾のように床に転がった。
「ささくれ」
勇者として目覚めたスキル。
皮膚の表皮がめくれるような効果かと思われたが、バリアに対しても有効に働き、あらゆる攻撃を防ぐ無敵のバリアに穴を開けたのだ。
その効果を投石で確信したらしい。
そしてそれを見た魔法使いが、タイミングを合わせ、不完全な転移魔法をぶち込んだのだ。バリアの中で転移しようとした魔王は、無敵の壁に阻まれ、捻じれるように圧壊した。
その後、魔王を倒した勇者半田は、元の世界に戻ると言った。
魔法使いもぜひ残ってくれと言ったのだが、
「こんな何もない世界で、ささくれを作るだけのハズレもハズレのスキルだけなんて、長居する必要がない」と帰って行った。
それから、生き残った人たちと、荒れ果てた土地を元に戻していった。
水が枯れ、ひび割れた大地に水を戻し、潤いを取り戻した大地は、ゆっくりとだが生命を蘇らせている。
いつか勇者が「ささくれ」る必要なく、この世界を訪れて、何もないと言わない世界を目指して。
ささくれ勇者 黒墨須藤 @kurosumisuto
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