第37話『二十歳の妊婦』【怖さ★★★】

 北にある冒険者ギルド『ナナフシギ』は私の馴染みの冒険者ギルドでもある。私もよく依頼を受けて日夜、冒険者ギルドに通ったものだ。


「ふ、フロラディーテ!?お、お久しぶりです!あなたも高難度クエストに挑戦するのですか?」

 受付嬢のネコミュスメも元気そうだ。彼女とは同い年ということもあり、よくダンジョンについて、夜な夜な語り合ったものだ。


「ネコちゃん久しぶり。昔みたいにフローラと呼んでくれて構わないよ」


「そんな!S級冒険者で、騎士団長で、剣聖で、勇者パーティーで、公爵のフロラディーテ様を……!?そんな呼び方したら、即、打ち首ですよ!」

 ネコちゃんが両手をパタパタさせながら慌てる。

 私はいつの間にか肩書きが増えたようだ……。


「どうした?フローラ」

 マスキさんが心配して顔を出す。


「ままままマスキ様!?あの、陰陽師団殺しで、死霊使いネクロマンサーでありながら、千の魔法を操るという大賢者様のマスキ様!?お目にかかれて光栄です!」

 マスキさんを見て、ネコちゃんがさらに手足をバタバタさせる。


「俺はただの『怪談師』だ。誰が死霊使いだよ……。噂はこれだから困る……」

 マスキさんが困った顔をした。なるほど、噂はこうやって広まっていくのかと妙に感心する。


 私達は手短に手続きを終え、冒険者ギルドを出た。


「あ~!フロラディーテちゃんも来てたの!?」


「おう!」


 店を出たところで勇者ヨミュカ・エリッサ様と戦士のタンクさんに声をかけられた。


「エリッサ様!タンクさんもお久しぶりです!エリッサ様のお陰でなんとか領主やれてます!ありがとうございます!」

 私は深々と頭を下げる。エリッサ様が王に頼んで来てくれたメイドのコックリさんのおかげで領主生活が保たれていると言っても過言ではないのだ。


「コックリさんね!あの子、変わってるでしょ?」

 素直に「変わってる」と言えるエリッサ様を素直にすごいと思う。マスキさんが私の後ろからフォローをする。


「領主の仕事の段取りは的確だし、おまけに家事もしてもらってるよ。俺のやることがなくて困ってしまうほどだ」


「おお!?マスキ、綺麗な嫁さんがいるのにメイドに浮気か?」

 タンクさんがエリッサ様の後ろから口を挟む。


 ドグシ!!


「うぐぅ……」

 エリッサ様のボディーブローがタンクさんに見事に決まった!タンクさんは声もなくその場にうずくまる。


「バカタンク!フロラディーテさんのおっぱいがあるのに浮気するわけないでしょ!」


「おっぱ――!?」

 私は慌てて両手で胸を隠す。


「エリッサも魔物大量発生の調査か?それにしては前のように勇者パーティーの召集案内は来なかったな?」

 すかさずマスキさんが話を反らした。恥ずかしそうにしている私を庇ってくれたのだ。優しい。


「今回は私、お留守番なんだ~。ここへは様子を見に来ただけだよ」

 お腹をさするエリッサ様。

 

「え?エリッサ様、体調でも悪いのですか?」


「あはは……私、妊娠しちゃって……」


 私とマスキさんは目を合わせて驚く。


『え――!!!!』

 

 よく見ると、エリッサ様のお腹が少し膨れていた。


「ま~、なんだ……こいつは不死身だけど、体の中の赤ちゃんはわからね~からな」

 エリッサ様のボディーブローで沈んだタンクさんが、座りながら頭を掻く。


「もう!素直に私が心配って言えばいいのに~!パパは不器用でちゅね~」

 エリッサは自身のお腹をさすりながら話す。


「なっ!!まだパパじゃね~し!!」

 真っ赤になるタンクさん。


「ひゃ~、まさか勇者様が妊娠とは……驚いたな~」

 驚くマスキさんだが、頬は緩んでいた。私もいつかマスキさんの子供を……ハッ!いかんいかん、自分の顔がどんどん赤くなるのがわかり、てのひらで頬っぺたをパシパシ叩く。


「お腹を触ってもいいですか?」


「いいよ!たまに蹴るよ!」


「わぁ~本当だ。少し動いてる!感動です。男の子でしょうか?女の子でしょうか?」

 私はエリッサ様のお腹に手を当てさせてもらい、感動に浸る。


「タンクのエッチが激しくて長かったから、男の子じゃない?」


「バッ!!?お前!そういうことを言うなよ!」

 タンクさんが立ち上がり、エリッサ様に猛抗議する。……エッチが激しくて長いと男の子なんだ……。だったらうちも……。


 都市伝説に詳しいマスキさんが解説する。

「そんなの只の噂だ。妊婦の顔つきがきつかったら男の子、優しくなったら女の子とか、つわりが酷いと女の子とかも全部、迷信だ」


「ほぉ!エリッサの顔はきついから、やっぱり男の子だな!」


「なによ!女の子だったら、今後、洗濯はタンクがやりなさいよね!」


「なんだと!?じゃあ、男だったら、ゴミ捨てはエリッサ担当だからな!」

 相変わらず、すぐにケンカする。


 マスキさんがケンカの仲裁に入った。

「生まれてくる子供で賭け事なんてするな。なかなか生まれなくて大変なこともあるんだぞ」


「え?怪談話?聞かせて聞かせて!」

 エリッサ様は興味津々だ。


「あんまり、面白い話ではないぞ……。昔な、二十歳で妊婦した女の赤ちゃんがなかなか生まれなかったことがあったんだ……」


 【二十歳の妊婦】


 『二十歳で妊娠した女には二つ年上の旦那がいたのだが、彼女が妊娠してすぐに高難度クエストに出て、そのまま命を落としてしまったんだ……』


「え、やだ……」

 エリッサ様はタンクさんの袖を掴み、悲しそうな顔をする。


「バカ。俺は死なないよ」

 エリッサ様の頭を撫でるタンクさん。もう仲直りしている。さすがマスキさん。


 『とても彼女は悲しんだ。何日も何日も泣いて過ごしたが、ある日、日に日に大きくなるお腹に覚悟を決めて立ち直ったんだ』


「この子と共に、あの人の分まで生きていく!」

 って。


 エリッサ様が無言でお腹に手をやる。

 その目は力強く、すでに母の目をしていた。


 『しかし、問題が起きた。数ヶ月、数年経っても赤ちゃんは生まれてこなかった』


「ひゃ!!」

 私は悲鳴を上げてしまった。想像しただけで、そのつらさがわかる。


 『お腹を切って赤ちゃんを取り出すという選択肢もあったが、それではヒーラーを何人も雇わないと母体に与える影響が大きいと断念。結局、彼女はお腹が大きいまま22年の歳月を妊婦のまま過ごした』


「ひゃ~!22年!」

 タンクさんが大声を上げる。


「ムリムリ!」

 エリッサ様は首を横に何度も振った。


 『ある満月の夜、42歳になった彼女は夜に突然、陣痛が起こり、何時間も苦しみながら一人で赤ちゃんを産み落とした』


「あああ……やっと……やっと……私の赤ちゃん……ヒィ!!」

 赤ん坊の顔を覗いた彼女は驚いて尻餅をつく。


 なんと赤ちゃんの顔は死んだ旦那にそっくりだったんだ。赤ちゃんは目をパチッと開け、泣き声の代わりにこう、言ったんだ……。


「……ただいま」


「ひゃぁぁぁ――――!!!!!!!!」

 私は思わずびっくりしてエリッサ様に抱きついてしまった!

 よく見るとタンクさんもエリッサ様に抱きついている。


「あはは……子供の顔がタンクそっくりだったら、私は笑い転げるね」

 エリッサ様だけ、呆気カランとしている。やはり、母になると肝が据わるというか、なんというか……心強い。 


「まぁ、そんな話だ。夫婦仲良く元気な子供を生んでくれよ」

 マスキさんの激励にタンクさんも照れながら答える。


「そうだな。エリッサ、冷える前に帰るぞ。それと、しばらくは飯は俺が作る」


「そうなの?やったね!タンク、愛してる!」

 エリッサ様はタンクさんに肩を抱かれながら帰りの馬車に乗り込む。


「エリッサ様、お気をつけて!」


「大丈夫よ!妊婦は二人分の運を持っているから運が良くなるの!フロラディーテもがんばってね!」


「へ?は、はい!」

 私は(何をがんばるのだろう?)と一瞬考えて、赤くなる。


「まったく、最後まで騒がしい勇者様だな」

 マスキさんが私の頭をポンポンと撫でてくれた。


「はい……マスキさん」

 私は赤くなった顔を隠すようにうつ向いた。


 後日、聞いた話だが、エリッサ様は無事に出産したらしく、気になる赤ちゃんの性別だが、なんと、男の子と女の子の双子の赤ちゃんだったそうだ……。


 <つづく>

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