第36話『雪女』【怖さ★★☆】
「いってらっしゃいませ」
メイドのコックリさんが深々と頭を下げる。
「夕刻には帰ると思う。行ってくるよ」
俺は玄関の扉を開けて外に出る。
「帰ったら一緒にシチューを作りましょうね」
フローラもコックリさんに手を振りながら俺について玄関を出る。
「はい、今日は寒くなりそうです。お気をつけくださいませ」
今日は怪談小屋で『雪女』を話す予定だったが、北の地方で魔物が大量に発生したという情報が入り、急遽、剣聖のフローラに依頼が舞い降り、冒険者ギルドに向かうことになったのだ。
北の地方と聞いて、俺は嫌な予感を覚える。
北の遥か彼方に魔王の城があるらしい。
白狐で元嫁のクスノハの予知夢で『口避け女』が魔王と関係していることがわかった。魔物の大量発生『百鬼夜行』は魔王軍の進行を意味する。
「マスキさん……冷えますね」
フローラがギュッと俺の手を握る。
「そうだな」
俺が不安そうな顔をしていたからだろうか、フローラが自分から手を繋ぐのは珍しいことだ。
フローラと結婚をして、すぐにクスノハ、コックリさんが家に来て、二人きりの時間が取れなくなったこともある。フローラも寂しい思いをしていることだろう。
「今日の怪談……楽しみでしたので残念です」
フローラが残念そうな顔をする。
フローラは俺と結婚してからは、前のように怪談小屋の隅っこでフードを被って観覧するのではなく、最前列の真ん中で怪談を聞くようになった。
フローラは超怖がりで、俺が話すたびに「ひゃぁ!!」とか「ひぃ~!!」とか叫ぶので、最初は他の客に迷惑かと思ったが、客からは「よりマスキの話が怖くなった」とか「フロラディーテ様の叫び声を聞くために来てます」と割りと好評だったのは驚きだ。
「怪談小屋はハナに任せたから大丈夫だよ」
「ハナちゃんに?」
フローラが首を傾げる。
双剣の上位職『アサシン』のトイレット・サードノック・ハナフォサンは呪具コレクターだ。両面宿灘の指を飲んだハナは、たまに頬っぺたから口が出現し、言葉を発する。下手な怪談話よりよっぽど怖いだろう……。
「よし、雪女の話をしようか」
俺は繋いだ手をギュッと握り返す。
久しぶりの二人きりだ。少しはサービスしないとな。
「ほ、本当!?嬉しい!」
心底、喜んでくれるフローラを愛おしく思う。
俺は寒くなる道のりを歩きながら話し始めた。
【雪女】
寒い北国にモサクとミノキチという狩人の親子がいた。
猟の途中に雪が吹雪いてきて、二人は山小屋で夜を明かすことになった。二人が寝ていると、吹雪とともに女の人が小屋に入ってきて、モサクに「フゥー」と、白い息を吹きかけた。するとモサクの体はどんどん凍り付いてしまった。
「すごいな!口からアイスニードルを出せるのか」
「いや、初級氷魔法じゃないから……」
俺はフローラの天然にもしっかりと受け答えする。
次に女はミノキチの所に行くと、「お前はまだ若いから命だけは助けてやるが、今日のことは誰にも言ってはいけない」と言う。
一人ものになってしまったミノキチの元にある雪の夜、一人の女が一晩の宿を求めてきた。女はオユキといい、ミノキチはすっかりオユキが気に入ってしまい、嫁にとり一緒に暮らし始めた。
「その女が雪女だな!」
フローラが得意気に言う。その通りなのだが、俺も少し意地悪をしたくなる。
ある吹雪の夜、ミノキチは酒によって、オユキにモサクがなくなった夜のことを話してしまった。
「あのときの女はおまえにそっくりじゃったな」
ミノキチはオユキに言う。
そこまで話して、俺は黙り込む。
「……マスキさん?」
フローラが歩きながら俺の顔を覗き込むが、俺は無言で歩く。
ヒュ~。冷たい風が肌に刺さる。
「ま、マスキさん……あの……」
フローラは俺の腕にしがみつき、ビクビク体を振るわす。沈黙に耐えられなくなったようだ。
俺は、頃合いを見て大声を上げる。
「誰にも言うなと言っただろ――!!!!!!」
「ぎゃぁ――――!!!!」
フローラが驚きすぎて、尻餅をついた。
「あはは……すまんすまん」
俺はフローラに手を差しのべる。
「むぅ~マスキさん、たまに意地悪……」
膨れっ面のフローラ。
「うう……寒い」
立ち上がったフローラはあまりの寒さに体を振るわす。
「これを……しかし、寒いな」
俺は着ていた上着を脱ぎ、フローラに被せる。
「マスキさんが風邪を引いてしまいます!」
フローラは上着を俺にも被せ、二人で一つの上着を被る。俺は、こんな恋人同士のような真似が出来るようになるとは、二度目の人生、わからないものだと不思議に思う。
ヒュ~……ヒュ~……。
冷たい風がどんとん強くなる。
「……おや?」
向こう側から若い女性が乳母車を押しながら、歩いてきた。
コツ……コツ……コツ……。
ビュー!!
「ううっ!寒い!!」
「大丈夫か?」
あまりの強風に俺達は歩くことも出来ず、立ち止まる。
コツ……コツ……コツ……。
若い女性とすれ違う。
……コツ……コツ……コツ。
ヒュ~……。
若い女性が遠退くと不思議と風がおさまった。
「ははは……雪女のような女性だったな」
俺はフローラに冗談交じりに話した。
ガタガタ……。
フローラがガクガク震えている。
「どうした?まだ寒いか?」
俺はフローラを気遣う。
「……でた」
フローラが呟く。
「え?」
聞き取れない。
フローラは俺の目を真っ直ぐ見て、今度はちゃんと聞こえるように話した。
「乳母車に乗ってた赤ちゃん……凍って死んでた!!」
『…………』
しばらく見つめあった俺達は、同時に叫び声を上げた。
『ぎゃぁ――!!!!!!!!』
二人の叫び声はいつの間にか晴れ渡った、澄んだ空に遠く響き渡った――。
<つづく>
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